15章

アンは、ドラム缶風呂にかりながら不思議に思ったことを考える。


何故、ドラム缶に入った水がこんなに早く湯になったのか。


それにこの機械化した右腕はびたりしないのだろうか。


だが、結局考えてみても答えは出ない。


アンは温かい湯に入り、大分リラックスしてきていた。


だが、グレイのことを考えると落ち着いている場合ではないと気を引きめる。


……だけど、グレイを捜すにしてもどうすればいいんだ。


顔まで湯の中へ浸かりながら、アンは考えていた。


しばらく目と閉じ、息を止めているとあることを思い出す。


それから湯の中で両目を開いて、ドラム缶風呂から勢いよく飛び出した。


「おい、私の服のポケットに地図が入って……」


アンは、ドラム缶風呂の周りを仕切る布をどかして、裸のままマナの前に立った。


目の合った二人は、互いに驚愕きょうがくする。


「あなた、そんな格好で!」


マナが慌てて言うが、アンの耳には届いていなかった。


アンは、目の前で起こっていることに目を奪われていたからだ。


それはマナが体から出ている赤い炎で、アンの着ていた服をかわかしていたからだった。


「お前……もしかしてあの男の仲間か……?」


小さい声で、つぶやくように言うアン。


マナはアンの質問が聞こえていないのか、笑みをふくんだ困った顔になっていた。


「あちゃ~見られちゃった。ねぇ、このことはふたりの秘密ってことにしてくれないかな」


体をまとう炎が消え、裸のアンに乾かせた服を着せるマナ。


「さっきは気のせいかと思ったけど。この腕って ……そっか、あなたもあたしと同じなんだね」


マナは、立ち尽くしているアンの機械の腕を取って、悲しそうに言った。


それから、用意していた食事を小さな木のテーブルの上に乗せ、イスに座るようにかす。


その料理は、鶏肉を焼いただけの簡単なものだったが、それを見たアンは自然とよだれが出てしまっていた。


「ささ、早いとこ冷めないうち食べちゃって」


アンは空腹のあまり、炎のことを忘れ、無我夢中で鶏肉にかぶりついた。


皿の上にあった鶏肉が、みるみるアンの口の中に入って行く。


その様子をマナは嬉しそうにながめていた。


「どう? 美味しい?」


「ああ、こんなうまい肉を食うのは初めてだ」


アンの言葉を聞いて、さらに口角をあげるマナだった。


その後――。


アンは、自分のことをマナに話した。


まずは名前とストリング帝国の兵士だったこと。


仲間を失い、腕が機械化させられたこと。


国から逃亡したこと。


一緒に逃げていたグレイとニコのこと。


そして、マナと同じように体から炎を出す男の話を――。


マナはその男の話になったときに、明らかに何か知っている様子だったが、アンは何も訊くことができなかった。


それは、男の話を聞いたマナの表情が、別人のようにしずんでいるのがわかったからだ。


アンが一通り話し終わると、マナがポツリと言う。


「ラスグリーン……」


そのつぶやきを聞いたアンは、首をかしげて、もう一度言ってくれと訊いた。


「ラスグリーン・ダルオレンジ……そのひとの名前だよ」


「ラスグリーン・ダルオレンジ? マナと同じ姓……ということは、あの男はお前の……」


アンが訊きづらかったことを、訊ねようとしたそのとき――。


テントの中に少年が入ってきた。


その少年は、息を切らして慌てた様子で言う。


「マナ姉ちゃん!! たいへんだよ!! キメラの群れが村に近づいている!!!」


それを聞いたアンとマナは、テントから出て行くと、すでに見えるところまでキメラの群れが来ているを確認する。


マナが言う。


「アン! 子供たちを逃がすのを手伝って!!」


アンは、その言葉に力強くうなづいて返した。

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