53話 忘れられた国
引き下ろされるフード。現れたのは、目を疑う姿だった。
髪は短く、つい先程まで結っていたかのように歪である。押し殺すような声とは裏腹に、その瞳は活発。しかし粗雑とした顔つきではなく、人形のような精巧さを持ち合わせている。
「ナビ子ちゃん……?」
王の顔は、村にいるナビ子と全く同じだった。双子と紹介されても違和感はない。それどころか、同一人物である。寸分の狂いもない、鏡に映したように。
「ポリさんと同じ趣味の人が、ここの村長だったようですね」
王、もといナビ子がさっとフードを被り直す。しかし手遅れである。ら弁解することは不可能に近かった。
「な、ナビ子ちゃんは村にいる筈ですよ、村長さん! ここと村は結構離れてるし、ジビナガシープだって近くには――」
結構、とクローイは口にするが、村のナビ子曰く、一一七番植民地ここと向こうは十キロメートルの距離だと言う。決して歩けない距離ではない。
しかも、国の周辺では突入までの数時間を調査に当てている為、仕込みは十分可能だ。
「……違う」
村長が呟く。
「同じB型だけど、うちのナビ子じゃない。多分……胸のサイズが、ちょっと……」
「どこで判断してるんですか!」
クローイも王も、軽蔑した様子である。対する村長は、すっかり王に視線を奪われていた。その目は、道行くキャラバンを狙う少年のようである。
「あの時の……俺を呼びに来たナビ子さんですよね。王が呼んでるって。なんで王様の真似なんて」
「王様の真似と言うより、振りでしょう。おそらく村長は――」
視線が王へと注がれる。彼女はフードを握り締めて、唇を結んでいた。先程までの余裕ぶった表情はない。じっと村長を睨みつけている。
サミュエルの中の「王」像、それがみるみるうちに崩れていく。落胆するサミュエルの視界に、チラリと小さな輝きが映った。朽葉色の袖の中、ランプの光を反射するそれは、紛れもなく――。
ヒュと風を裂く。
咄嗟に腕を出すと、そこに銀のナイフが突き刺さった。鈍い痛み。思わず怯む。その隙に王が距離を詰める。サミュエルを押し退け、王の手は村長を渇望する。
まだ諦めていない。諦めきれないのだ。
マルケンが肩を、クローイが腕を押さえ込もうとする。それでも王は歩みを止めない。身体を引き摺るように、這いずるように前進する。
だが、どれだけの意志と決意を秘めていようとも、所詮は非戦闘員――振り解くには至らず失速し、やがて壊れた機械人形のように身体を震わせるだけとなった。
「どうか、どうか……見逃してください……」
か細い声が、王の唇から零れる。支えがなければ、今にでも崩れ落ちてしまいそうだ。
「このままでは民が……全てが衰え、消え失せてしまいます。私はただ、この村を救いたい……ただそれだけなのです……」
「だとしても、許されることではないな。自国の民を守りたい、大いに結構。しかし、だからと言って免罪符にはならない。たかが『ナビ子』、それが『プレイヤー』を害し、それどころか独断で村の運営を行うなんて――」
「なら、どうすればよかったのです! このまま村が滅ぶのを見届けろと、そう仰りたいのですか!」
「そうだ」
きっぱりとマルケンは言う。王の目が零れんばかりに見開かれた。
「ナビ子の使命はナビゲーション。それ以上でも、それ以下でもない。プレイヤーが村を放棄すれば、そこで役目は終わる。そうでしょう?」
視線が村長へと向けられる。男の表情は読み取れなかった。
村長は沈黙する。じっと何かを考え込んでいたが、やがて緩慢と面を上げた。
「ナビ子さん、言ってましたよね。この村を直したい、再建したい。だから俺に、家や施設の設計図を描いてほしいって。……ちゃんと、改めて教えてください。今この村がどのような状況にあるのか」
対話。この男は、それを何よりも大事にする。
毎晩行われる定例会議。進捗等の情報共有。必要以上に村人を気に掛け、時に不要なことで頭を悩ませる。彼にとって会話は、権威よりもずっと大事なのだ。愚かしい程に。
王は唇を結ぶ。長くだんまりを決め込んでいたが、彼女は意を決したように頭を振ると、
「……マルケン巡査部長様、貴方の推測は合っています。王――本来の王であった、この村の運営者、プレイヤーは、長期間ログインしていません。この国は放棄された村。時が流れ続ける世界で、時を止めた村。忘れられた国なのです」
王はすっかり抗う意志を失っていた。萎れた様子で物を語る。その姿は哀れとしか言いようがなかった。
「この村の行く末は廃墟。それもやがて朽ち果て、野に還るでしょう。努力も思い出も、全部なかったことにして」
「何か方法はないんですか。この村――国と村人と、ナビ子さんを救う方法は」
村長の手に力が籠る。
「ナビ子達が、村長に代わって村を運営する権利を持たされているってことは、何か意味があると思うんです。俺の設定の件も、結局そうでしたし」
「ああ、例のバグ。……バグに意味を求めても、仕方ない気がしますけどねぇ」
応じるマルケンの声は冷淡だ。設定にバグ、サミュエルには到底理解し得ない話である。しかし彼が、マルケンが呆れる程真摯に向き合っていることは確かだ。
その姿勢に感化されたのか、王の唇がゆっくりと動いた。
「……ないことは、ありません」
しかし。
そう呟く顔に影が降りる。気が進むものではないようだ。出来ることならば避けたい、そのような手段であることは容易に推測できる。
「常に時が流れ続けるMMOサーバー、それゆえの特徴があります。一定期間、プレイヤーのログインが認められなかった村は、プレイヤーの所有権を失う――つまり、NPC村と同等の存在になるのです」
「そ、それと何の関係が……?」
戸惑う村長。対してマルケンは合点がいった様子で口を挟む。
「NPC村はね、略奪とか交易を行う他に占有も出来るんですよ。一定の手順を踏めば、自分のものに出来る。……そういうことでしょう」
「自分のものに……」
村長の声は堅かった。
これだけ大きな国を手に入れるとなれば、村づくりも大いに発展する。
村長も人間だ、欲はある。しかしなぜか、サミュエルはそれに前向きにはなれなかった。
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