第152話 サスリナの選択
「そいつも、捕らえろ! 抵抗するなら斬れ」
とドカドカと入って来た大臣が、バカ槍の方を指差しながら、近衛達に命じた。
私は、さっき迄の光景から、目が覚めた様になって、
「何っているの。そいつはバカだけど敵じゃないわ」
と大臣に向かって抗議した。
「いえ、王女様。他国の兵士が女王陛下の部屋に武器を持って入るなど、言語道断、即刻捕まえて、処刑しなければなりません。大体、なんで他国の兵が賊が現れる時に都合よく、いたのでしょうか? ひょっとしらた、賊の一味とも考えられます」
大臣は手を後ろに組み、ふんずり返って、偉そうに答えた。
段々、頭に血が上って来た。
「バカ槍、答えなさい。なんで、シン王国中央天幕の前にいたの?」
とだんだん自分でも口調が荒くなって来たのがわかる。
「マリオリ様から、これが送られて来て、我が陛下の命でお届けに上がったまでのことです」
槍を置いて跪いているバカ槍が答えた。
書状は、
————————————————————
我が陛下
開戦前夜になりましたら、くれぐれも暗殺にお気をつけください。陽動で、陛下ならびに、シン王国女王陛下を狙う不埒者が送られてくる可能性があります。相手は魔族だけとは限りませんので、くれぐれもご用心のほど。
ローレンツ・マリオリ
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と短い物だったが、今夜のことを的確に予見していた。
「ほら、バカ槍は、ただ知らせに来ただけじゃない」
私は半ば、大臣に書状を投げつける様にして見せて、強い口調で抗議した。
しかし大臣は、バカ槍の方に振り向いて、
「どうであれ、他国の兵が、女王陛下の寝室に武器を持って押し入り、武器を振り回したとあれば処刑されるべきです。場合によっては、
近衛達に命じた。
しかし、近衛はチラッと私を見て行動に移さなかった。
同盟国を小国と蔑んだ言葉を聞いてさらに血が上った。
「おい、貴様、何さっきから、型式ばった事ばかり言ってやがる? えっ?
外の近衛、お母さま直属の女近衛が、皆、毒剣でやられているだぞ。そのバカ槍が居なかったら、お母さまどうなっていたか考えたことはあるのか?
それにエルメルシア国王は立派なお方だ。お前みたいな佞臣にとやかく言う資格はない」
と言いながら、太った丸い大臣の背中を後ろから蹴りつけた。
すると
「これ、何を騒いでいる」「でいる」
と言いながら、最高司祭ロキア・アレシオーネとミキア・アレシオーネが入って来た。
◇ ◇ ◇
エレサとか言う王女様には驚いたね。俺をバカ槍と言っていたが、段々と口ぶりが悪くなって来て、最後には声のトーンは女の子なのに、喋っていることは、まるで男。それも酒場にいる様な柄の悪い漢の様になり、大臣を蹴飛ばした。
思わず、目が点なった。
そして横の近衛を見ると、怖がっているのだから、これも驚きだ。
でも、何より驚いたのは、賊の放った煙幕が晴れた時、王女の左目が爬虫類の目になっていたことだ。どこか別の場所を見ているかの様に、何も無い天幕を見つめていたのだ。
そして、大臣たちが入って来たとき、驚いた様になって、普通の目に戻っていた。
’この王女は何者? ’
と思ったのは俺だけだったらしい。
◇ ◇ ◇
「ベルナンド、其方の忠誠心には、いつも有り難く思っておる。しかし、その槍の若者が私を助けてくれたことは事実です。どうか寛大なる心を示してほしい。それから娘の狼藉にも、後でよく言い聞かせておくので、この通り謝るから許してやって欲しい」
と聖霊師達の回復魔法で気が付いた女王が、やんわりと大臣を諭した。
「もったいなきお言葉、陛下の広きお心には、小官、感動いたしました」
と大臣は起き上がって、女王に跪いた。
「エレサ、その若者をエルメルシア王の元に送り届けておくれ。若者よ、命を救ってくれてありがとう。後で私からエルメルシア王にもお礼を言うので、名前を教えておくれ」
と苦しいながらも女王は聞いた。
「レイジ・ミリオンです。緊急とは言え、御寝所に侵入し、もう訳ありませんでした」
とレイジは平伏して答えた。
「へー、バカ槍はレイジって言うだ」
「これ、失礼ですよ ……… グッ」
と女王は叱ったが、また苦しそうにした。
「お母様」
とエレサは駆け寄り、最高司祭が回復魔法をかけ始めた。
しばらく、回復を試みたが、
「これは、聖霊魔法では回復に時間がかかりそうだ。キリア、ソリア、姫様と行き、エルメルシア王のご来駕を仰いでおくれ」「仰いでおくれ」
と最高司祭達は側にいた、次期最高司祭の聖霊師に命じた。
◇ ◇ ◇
最高司祭の回復魔法で、少し痛みが引いた女王は、苦しみを堪えて
「今、この時を逃したくない。……… ファル、シン、エルメルシアが集まる今こそ、魔族の王を駆逐する絶好の機会と思っています。……… しかし、この様な身では兵士の士気に関わる。よって私はある決断をしたい」
と息を切らしながら女王は話をし始めた。額には脂汗が浮き、目は少し焦点が合っていない。
しばらく、間が開いたが、部屋の誰一人として、言葉を発することはなかった。
「私は、今回の、このファル城外の決戦をエルメルシア王に託したいと思う。 ……… そう、シン王国正規軍の指揮権を与えたい」
と語るや、
「なっ、なりません。他国の王に兵権を貸すなど、前代未聞です。あのエルメルシア王とて、人属の子、大軍を手に入れて、どう心変わりするか判りませんぞ。なりません」
と大臣は血相を変えて諫言した。
「のう、ベルナンド、今ここで魔族の王を叩いて、ロッパから追い出さなければどうなるか、考えているか? 」「いるか? 」
と最高司祭が話し始めた。
「それは ……… 」
「シン王国だけで、魔族どもを撃退できるか? 」「できるか? 」
最高司祭は更に詰め寄った。
「……… 」
「ヘンリーは、心変わりなどせぬが、したとしても人属じゃぞ。魔族に蹂躙されるのと、どちらが良いかわからぬ、お主でもあるまい」「あるまい」
最高司祭達は、大臣を睨みつけた。
そこへ、女王がベルナンドに助け舟を出した。
「ベルナンド、多分、……… エルメルシア王は英断を持って、今回の戦いの指揮をとると思う。しかし、我らシン王国としても面子を保たねばなりません。……… なので、若いエレサを副指揮官にしようと思う。そしてエレサにはサルモスとお前をつけることでどうだろうか? 」
’普通の戦なら、サルモスでも良いかも知れない。しかし、この決戦は王クラスの者が指揮を取らなければ、魔族の王の恐怖に打ち勝つことはできないだろう。そして、ヘンリー王の、あの並外れたカリスマ性は恐らく、人属の心を纏め上げる。私には残念だが、あそこまでのカリスマ性はない。エレサ、本来ならこんな危険な目に合わせたくはないのだど、王家が責任を取らなければ誰も責務を果たすことはできない’
とシン王国女王は心の中で思った。
そこに
「エルメルシア王がお見えになりました」
と兵が告げて来た。
◇ ◇ ◇
「陛下、ご容体は如何でしょうか? エレサ殿からお聞きしました。私がもう少し早くレイジを寄越していれば、と悔やまれます」
「王よ、女王陛下の具合は好転せぬ。何かの毒らしいが、我らの回復術では如何なるかわからない」「わからない」
と最高司祭の二人が、女王になり代わり答えた。
更に続けて、
「ヒーナを寄越してくれまいか」「まいか」
と少し頭を下げて懇願した。
「んー」
とヘンリーの顔に苦悶の色がでた。それを察したケイが、
「ヒーナ様、マリオリ様、聖霊師様の御三方の魔法使いはアーデル砦を守っている」
とボソリを答えた。
「相互相乗魔法陣か? 」「魔法陣か? 」
と最高司祭は、背丈ほどもある白い杖を右肩から左肩に、二人同時に移しながら聞いて来た。
「そうです。マリオリがそう言っておりました」
とヘンリーが答えると、
「ならば、キリアとソリアを代わりに送ろう。それなりに聖霊魔法の能力はあるし、叔母上達とも面識がある」「がある」
「判りました。マリオリには書状を認めましょう。しかし、最高司祭様に難しいご容態をヒーナが力になるでしょうか?」
「いや、正直わからない。しかし、このロッパで、薬剤・医術の錬金術において、ヒーナの右に出るものはいないと思う」「思う」
「ところで、其方、威徳をなんとか制御できている様だな。 皆が大変だからな」「からな」
「はい、前最高司祭様とマリオリから忠告を受けました。何とか心のありようを制御しています」
とヘンリーは答えた。
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