第70話 関所破り
「昨日の檻車襲撃が、村の兵たちに伝わったのだろう、慌ただしくなっていた。ただ、兵士達の数は変わらず、騎兵三十騎と言うところだ」
僕は、今朝シェリーと、丘に登り敵状視察と矢を射込む場所の確認をしてきた。その時の状況をレオナ、アーノルドに聞かせ議論しているところだ。
「後から敵の増援が来る可能性が高く、今、村を突破しなければ、ここが発見されるのも時間の問題でしょう」
とのレオナの意見に皆、納得した。
今日、村を突破することで合意した。
ただ少なからず、村への損害が出ることが予想される。その説明は僕の役目だ。僕は、村の長それに神父と心苦しい相談した。
「皆さんも含めてシン王国に避難するために、村の建物に被害がでます。申し訳ありませんが、選択の余地はありません」
と僕は申し出た。
「私達が、連れ拐われたとき、すでにあの村は無くなったも同然です。こうして生きていられるのも、ダベンポート様のお陰です。建物など取るに足りません」
と村の長と神父は了承してくれた。
◇ ◇ ◇
僕たち避難隊の護衛を二つに分けて、一部を後方の市民と学生の守りに、一部を僕たちと一緒に村攻略隊とした。
レオナには、避難民の守りをお願いした。少し意見が有ったようだが、作戦中にも他の敵が近づく可能性があると説得した。
僕は三人で、村の入口の広場に立った。
僕の右側のアーノルドは竜牙重力大剣を背に持ち、両腕を組んで立っている。
左側のシェリーは戦闘服に銀髪を束ねて、腰の背後あたりに鞘に収めたエルステラを横にいる。そして、左手を剣の柄頭に載せて、右足を少し前に出して斜に構えている。
そして、僕は徒手で揉み手をしながら、如何にも交渉をする風で対峙した。
「おい、お前ら何処に行くんだ?」
と村の木製の門の櫓から兵士が誰何してきた。こちらが三人ということもあり、バカにしているようだ。
「アルカディアからの避難民です。どうかここをお通しください」
と僕は声を大きくする呪文を使って、兵士に返した。
「お前らだけか?」
と櫓の兵士た言った後、顎で下にいる兵士に合図した。
「いえ、まだ森に千人ちょっとおります」
と僕は、後ろの森を指差しながら答えた。
「ここを通すわけには行かない。アルカディアの住人は、全員ローデシアに行ってもらう。痛めに合わないうちに、森の奴らも連れてこい」
と大柄な態度で言ってきた。
「こちらには、聖教会信者も多くいます。隊長のお慈悲を持って、お通しください」
と僕は頭を下げてお願いした。できれば、余り犠牲者を出したくないのだが、これは最後通告である。
「だめだ。俺らには教会も聖職者も関係ない。異端審問官が怖くて騎士などやってられるか」
と隊長格の男は、手で払うような仕草で演説を宣った。
そこへ、一人の兵士が隊長格に耳打ちした。
「お前ら、昨日檻車を襲った奴らだな。引きずりの刑にしてやる。女は可愛がってやるぜ」
と隊長格の男はニヤニヤしながら言った。
どうして、こういう奴らは同じ発想なのか。シェリーから痛めに合うだろうな。
「では、力ずくで通らせてもらいます」
と森から二十人ほど、武装した護衛たちが出てきた。
「全員、殺せ。狩りの時間だ」
と隊長格の男は部下に指示した。
三十騎程の軽騎兵が馬に乗って、村から出てきた。丘から確認したときの兵数と大体合う。しかし、魔法通信を妨害している魔法使いが居るはず。
軽騎兵は、横列隊形で抜刀し、こちらに突進してきた。
避難隊の護衛達は弓で応戦し、僕も時空矢で十騎ほどを仕留めた。
残りは、シェリーとアーノルドで片付けて、あっと言う間に終わる。
「村に隠れているローデシアの魔法使い。出てこないと村ごと焼き払うぞ」
と声を大きくして、警告した。
反応がないので、村の中心に雷を落とす。凄まじい音が数回響き渡った。すると、三人の魔法兵が手を上げて出てきて、降参の意をあらわした。
僕は透かさず、拘束水で、魔法を封じ込めた。
「シェリー、対岸のシン王国の兵に緊急要請を出してくれ。双子の聖霊師の要請であることも付け加えておくれ」
と隊長格の男にゲンコツを数発入れているシェリーにお願いした。
僕は、‘シェリーの掌だったら、死んでるよ。良かったな’ と心の中で、隊長格の男に運の良さを称賛した。
対岸の答えは、一時間ほどで、船を向かわせるということだ。こちらに人数が予想以上に多いため、船を調達するそうだ。
そこへ、レオナから伝令が来た。『後方から約一万のローデシア軍が接近中、市民、学生を移動させたい』と言う事。僕は、受け入れ可能と答え、アーノルドを向かわせた。そして、シェリーと二十人の武装護衛とともに村に入り、敵が潜んでいないかを調査し、迎撃体制の構築を早めた。木の柵を石に変え、空気壁を配置。中央を通路に残し、両側を底なし沼に変え、沼の所々を隆起させて、騎馬が突撃できないようにした。
一万の軍。ここで乗船までの間足止めしなければならない。
遠くで、ファイアフレームの爆発音。市民たちが森からパラパラと出て、
レオナが馬に乗り槍を構えて、凄まじい速度で敵を分断しようとするが、魔法歩兵の密集隊形に阻まれ思うように行かない。
アーノルドも馬から竜牙重力大剣を振り回し、重力波をうつが、これも魔法歩兵の盾が弾き、余り効果がない。
さらに軽騎兵が二人を牽制している。
大部分の市民が広場中央まで着たところで、敵の重騎兵が横から出てきた。このままでは市民が狙われる。
‘ヒーナと聖霊師があの中に’
僕は、カッとなって、重騎兵に時空矢を放った。しかし、致命傷にならず、かすり傷しか負わせられない。空間が曲げられた。敵に錬金術師がいる。
混戦状態では、拘束水や範囲魔法は使えない。
“シェリー、アーノルド、重騎兵が市民に突っ込む、牽制できないか”
と二人に頼んだ。
“了解”、“解ったぜ”
と返答が帰ってきて、アーノルドが重騎兵に突っ込んでいく。
そしてシェリーは、エルステラを抜き同じく重騎兵に突っ込む。
しかし、重力波を撃っても、重騎兵の盾は弾き、シェリーが相手の背中に移ろうにも棘のある甲冑で掌を当てられない。そしてエルステラで切りつけても、その盾には掠り傷しか与えられない。
馬も騎士も特殊な甲冑で身を包み、盾は、魔法を弾き、矢も剣も弾く。ランスは、レオナの槍よりも遥かに太く、長く、そして、異様な色で光っている。恐らく、魔法の壁も物理的な壁も突き崩す魔法が掛かっている。
重騎兵は、沼地を避けるように、長蛇の隊列で大回りをし、魔法歩兵の前に出た。場所があまり広くないため、突撃隊形をとるのに手間取っている。
あの重量の何もかも突き崩す奴らを相手にどう対処すればいいだ。
‘自分より力が大きな敵は、いなす、躱す、逸らす、そして相手の力を利用する。柔よく剛を制すが良い’
レン老師から聞いた言葉を思い出した。
“シェリー、重騎兵と市民の間に立って、玄武結界を最大限に、アーノルド、シェリーの右横に立って、前方に斥力重力波を、僕も左に行くから合図をしたら三人で敵の攻撃を躱す”
“解りました”、“解ったぜ”
シェリーは瞬間移動で、市民と重騎兵の間に立ち、アーノルドも馬で追いついた。僕は矢を使って、櫓から二人のところへ移動した。
「メリルキン、止めよ」「止めよ」
と双子の聖霊師は、声を上げた。
メリルキンは、双子の聖霊師を両手に抱えて、ヒーナと一緒に走っていた。
メリルキンは止まり、抱えている双子の聖霊師に
「早く避難をしなければ、危ないと思います」
「どのみち、あの重騎兵の突撃を受けたら、終わりじゃ」「終わりじゃ」
と双子の聖霊師は言った。
「我等も若い者に力を貸すのじゃ。良いか、若い者に活力を与えるのじゃ」「与えるのじゃ」
「ジェームズ、シェリー、アーノルド」
とヒーナは祈った。
「ヒーナ、お前の祈りは必ず届くぞ」「必ず届くぞ」
双子の聖霊師たちは、メリルキンに抱えられながら、活力の祈りを歌いだした。
三人がいる地面に術式が展開され、三人に活力がみなぎる。
シェリーはエルステラを右手に持ち、剣先を重騎士に向けて祈った。
‘土竜よ、大地の聖霊よ、私に、エルステラに力を’
大地から聖素が湧き出し、シェリーは聖素を気として、エルステラの剣先に込めていく。
重騎士はランスを構え、駆け出した。突撃隊形になり速度を上げていく。
僕は空気壁をエルステラの剣先を頂点にして三角形に発生させた。敵の錬金術師に消されても多重に掛け続ける。
重騎士が目の前に来た。ものすごい重圧を感じる。
エルステラが輝き玄武結界が最大限に出される。
先頭のランスが到達した。
空気壁のほころびが、拡大しないように呪文を多重に掛ける。
アーノルドが、竜牙重力大剣を振りかざし斥力重力波を放つ
先頭のランスが逸れた。
続いて第二波、玄武結界を破ろうと突っ込んでくる。
シェリーが、大地から湧き出る聖素を、気のすべてをエルステラの剣先に込めて玄武結界を保つ。
そして、第三波、アーノルドが魂心の斥力重力波を前方に放った。
ランスを持った重騎士は、右か左にそれる。
重量があるため、止まったり、方向転換ができずに、そのまま底なし沼に突っ込んでいく。
そして、重騎士の波は、消えた。
「お見事!」
とレオナが馬を飛ばしてやって来た。
間もなく、後ろの市民も村に到達する。
「さぁ、こちらへ」
とレオナは、僕を馬に上げて、アーノルドはレオナが連れてきた馬に乗り、ヒーナを抱え上げ、シェリーはいち早く、メリルキンの横に瞬間移動し、双子の聖霊師の一人を抱えてメリルキンと走った。
皆、村へ滑り込んだ。
―――重騎士が巻き上げた砂ぼこりが収まるまで、しばらく時間があった―――
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