ヒーナの危機
第61話 軍足の音
「ジェームズ、ちょっとお呼びが掛かった。席を外すけど、ケイをよろしく」
マリオリがヘンリーに用事があるらしく、呼びに来た。
僕、ヒーナ、ケイで喋っていたら、失礼なアホが、ケイの手を取って、ダンスに誘おうとした。ケイは、くるっと回って、アホを羽交い締めにしていた。
「ダンスの相手は、決めてますので」
とケイが、そのアホの耳元に後ろから、ぽそっと呟いたら何度も頷きながら、一目散に逃げていった。
僕たちは、声を出して笑っていると、アーノルドの背中を見ているシェリーの肩に、また他のアホが手を掛けた。シェリーは全く動かずに、そのアホは、すっ転んだ。そのアホは何が起きたのか判らず、これまた一目散に逃げていった。
それを見て、もう可笑しくって、笑いこけた。
すると、
「あら、エリーナ王女、こんな時間に起きてて良いのかしら」
とヒーナが僕の後ろを見て、声に出していた。
僕も後ろを振り返って見たけど、エレーナ王女は見当たらなかった。
「変ね、王妃様が居ないわ。……いつもは、この時間はとっくに寝ている時間なの。ジェームズちょっと、これ持ってて」
とグラスを僕に押し付けて、会場の外へ行った。
◇ ◇ ◇
「エレーナ王女様、何処ですか?」
とちょっと声を大きくして、呼んでみた。
ぱたぱたぱた
―――廊下の先の曲がり角で、歩く音―――
「エレーナ王女様、王妃様に叱られますよ」
とヒーナは、音のする方に早足で歩いていった。
バタン
―――扉を閉める音―――
「そこは、王女様のお部屋じゃないですよ」
曲がり角の先の扉を一つ一つ確認していった。
「王女様、隠れんぼは明日の朝にしましょうね」
と部屋一つ一つを、ドア越しに確認していった。
そしてある部屋の前を確認していると、
「くすくすくす」
と女の子が笑っている声がした。
「王女様、ここかな?」
と言って、ゆっくりとドアを開けたが姿が見えない。
目を凝らすと、テーブルクロスの後ろに小さい子が入っていく様に見えた。
ヒーナは、暗がりの部屋の中に入って、
「エレーナ王女は、ここですか?」
と聞いた。
「あたいは、王女じゃないよ〜」
と女の声がしたと思ったら、自分と同じくらいの女性に鳩尾を打たれ、気を失った。
「おい、殺さなかったろうな」
と男の声。
「はーい、殺してないです。殺したほうが面白かったのにな」
と締まりのない返事を女が発した。
◇ ◇ ◇
晩餐会の中盤ほどになった時、マリオリは、ヘンリー、オクタエダルに緊急の報告があると会議開催を要請した。
三人は晩餐会会場の上にある小さい応接室のソーファーに腰掛けていた。
「ご多忙中、申し訳ございません。しかし、かなり緊急を要しますので無理を承知で開催させていただきました」
マリオリが開催の謝罪を言ったが、それがより一層、緊急重要報告であると示している。
ヘンリーとオクタエダルは頷いた。
「この所、ローデシアが騒がしいことは、ご承知のことと思います」
マリオリが内容を話し始めた。
「マース山系の八箇所に軍事拠点が築かれたのが約半年前です。当初は演習のためと思われていましたが、数日前、各拠点からほぼ同時に歩兵と騎兵が出撃しました。そしてその後の観測状況から、マース山の南側に向かって移動しております」
マリオリは手振りを加えて説明した。
「南側、ここアルカディア側ということだな」
とヘンリーが聞いた。
「御意」
マリオリが手短に答えた。
それを聞いていたオクタエダルは、ソファーに深く座り直しながら、
「ふむ、相わかった。この晩餐会は、後、二時間程度で終了する。いきなり公表しては混乱を招くじゃろうから、各国大使に対して、個別に儂から話をしようぞ。特にシン王国とファル王国には、避難民受け入れ要請を願ってみようぞ」
とオクタエダルは即決した。
続けて、ヘンリーに向かい、今度は少し前かがみになり、
「ヘンリー、このアルカディアには軍がないため、それを率いる者もおらん。しかし、儂の権限で臨時に統率するものを決めることはできる。今ここで、統率できるものは、ヘンリー・ダベンポート王しか居らぬ」
ヘンリーが何か言おうとするが、オクタエダルは手で制止して
「王よ、もし奴らが、このアルカディアに進軍してくるなら、相当の準備をしておろう。儂が考えるにこの戦いで、アルカディアはかなりのダメージを受ける。その中で一番重要なのは、人属を如何に逃がすかじゃ。王の父王、母君そして近衛達が行ったようにじゃ」
オクタエダルの眼光が鋭くなった。
「しかし、ヘンリー、このことは絶対に忘れるな。この戦いは、前哨戦じゃ。必ず、この厄災はまだ続く。その時、希望の旗となるには、相応の者でなくてはならない。それは、ヘンリー・ダベンポート王でなくてはならない。良いか、この戦で命を落とすことは許さん」
オクタエダルは、人指で天を指すような仕草で私の胸を指しながら、警告してきた。
「解りました。では早速、マリオリと早急に策を練ります」
「ふむ、頼んだぞ。奴らが国境を侵入したと同時に、儂は王の統率権を決定する。良いか、人属を生かすため策を考えることじゃ。マリオリ殿、よろしく頼む」
オクタエダルは、ヘンリーからマリオリに視線を移しながら話した。
「もったいなき、お言葉。直ぐに策を練ります」
とマリオリは答えながら、オクタエダルの洞察力と決断の早さに舌を巻いた。
オクタエダルは、部屋を出ると、ロニーを呼び、各国大使を順番に呼んでくるように伝えた。そして、双子の聖霊師に魔法通信で話し、シン王国への避難と協力の執り成しをお願いした。
◇ ◇ ◇
‘あれ、おかしいな。ヒーナが戻ってこない。エレーナ王女を寝かしつけに行ったのかな’
と思いながら、僕は少し待っていた。
しかし、晩餐会も終盤の社交ダンスの曲が流れ始めて、段々と不安になってきた。
そこで、魔法通信で呼びかけて見たが返事がない。
「ご主人様、ヒーナ様は? ご気分でも優れないのでしょうか、見てまいりましょうか?」
とシェリーが心配してくれた。
「申し訳ない。ちょっと見てきてくれないか。 飲み過ぎたのかもしれない」
シェリーが頷いて、パウダールームを見に行ってくれた。
しかし、ヒーナは何処の誰のよりも効く、薬を持っているはずだが。
するとボーイが近づいてきて、
「ちょっと良くわからないのですが、紳士の方がダベンポート様にお渡ししてくれと、仰ってました」
と魔法便の封書と大きな紙袋を渡してくれた。
僕は、ポンと弾いて、秘匿魔法を解除して開いて見た。
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君の大事な婚約者を預かった。
返して欲しければ、君の賢者の石を持って、明々後日の正午までに
アルカディア南の岬に一人で来い。
二人の従者は連れてくるな。
君も、生きたまま切り刻まれた、婚約者の肉塊は見たくはないだろう?
君のファンより
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音楽が、人の雑踏が、グラスの当たる音が、すべての音が、耳から消え失せた。
視界がその手紙にだけ集中し、周りが真っ暗になった。
ハッと思い出し、紙袋をひっくり返すと、ヒーナのいつものポシェットが入っていた。
怒り、それしか無かった。ムカムカする怒り。腹の奥からこみ上げる真っ赤で、どす黒い怒り。
僕はヒーナのポシェットを肩に掛けて、晩餐会の会場を飛び出した。
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