第50話 重大発表

―――宿の一つしかない大きめの窓からの朝日はとっくに終わり、けだるい太陽は中天に差し掛かる。窓辺には花が飾られ、それが、ほんの少しだけ豪華さを演出している部屋の中には、ちょっと大きめのベットが一つ。その周りには服が脱ぎ散らかされ、明け方近くまで激しく波打っていた掛布は、今は緩やかに上下に息をしている―――


コツ、コツ

とノックの音。


 僕は、その音で目を覚ました。

 さっきまで、夢で学生の頃のことを思い出していたらしい。


「ご主人様、お客様がお見えです」

シェリーがドアの外で、呼んでいる。


「あっ、今行く、ちょっと待っててくれ」

と言いながら、僕の胸の上で寝ているヒーナを、ユックリと、退かしていく。


 昨日、メリルキンの店を後にし、僕とヒーナは宿に戻った。


 久しぶりに会った二人は、それまでの埋め合わせをするかのような夜を過ごした。


 そんな事を考えながら、僕は、上半身を起こしたとき、


「げっ」

ヒーナが、僕のあれを掴んできて、つい声を出してしまった。


 そして、布団の中から、イタズラっ子の様な、楽しそうな目でこちらを見ている。


「もうちょっと、一緒に居て」

とヒーナが言ってきた。


「そうもいかないよ。ごめん」

と謝った。


「しょうが無いなぁ」

とヒーナは起き上がって、掛布をバッと剥がした。


 僕の目の前に形の良い、三次元カーブの胸が現れて、真っ裸の二人がベットの上に座っている。


「ヒーナ、頼むよ」

と僕は懇願した。


 二人でふざけあっていると、


「ご主人様、ヒーナ様、どうしますか?」

とシェリーは、さらにドア越しに聞いていた。


 シェリーは僕たちの関係を知っていて、そこは、メイドに徹している。


「今いくよ。今行く」

と返事しながら、大急ぎで服を着た。


 ヒーナはまた掛布を被っている。


 僕がドアを開けて、振り返り、

「じゃー、ちょっと行ってくるよ」

と声を掛けると、白い小さな足が布団の中に隠れていき、手だけで、バイバイの仕草で返してきた。


 僕を訪ねてきた客は、千年聖霊樹でシェリーの剣を作ってくれた鍛冶屋だった。

 千年聖霊樹で作る武器は、非常に制作に手間がかかるために量産は難しい。そこで、聖霊具の方を製造して、僕の店で販売できないかと持ちかけていた。


「お待たせしました」

と少し謝罪した。


「そんなに待ってないだなもし。それで、聖霊具の件だなもし。このくらいの短刀ならシン王国から輸出しても問題ないことが確認できただなもし」


 僕は、鍛冶屋が出してくれた短刀を確かめた。非常に良い出来ばえである。聖素を多く含む、水で研磨されているため、魔物に対して殺傷力が高い。一般の人が護身用に持つには丁度良い。


「とても、いい出来栄えと思います」

と言いながら、横にいるシェリーにも見せた。今は秘書に徹している。


 納品の条件や仕入れ金額を話し合い、商談が成立した。早速、本店の方に納品してくれることが決まった。


 商談も決まり、鍛冶屋が帰った頃、ヒーナが降りてきた。

 オレンジを基調とした服で、髪の毛はいつものようにお下げにしている。

 何時も下げているポシェットがちょっと浮いているが、薬剤などが色々と入っているらしい。

 こればかりは、王侯貴族に呼ばれたパーティでも離したことはない。


「シェリーさん、おはようございます」

とヒーナは、もう朝とは言えない挨拶をしている。


 シェリーも

「おはようございます」

と返した。


 その後、コソコソと女だけの会話が始まった。


 僕は、お茶を飲みながら、

「シェリー、アーノルドは?」

いつも、どっかにいるアーノルドが見当たらないの聞いてみた。


「二日酔いです。しばらくしたら、降りてくるでしょう」

「ふーん」


しばらくすると、

「あー、頭、痛えぇ。あるじ、薬くれ、二日酔いの薬」

と二日酔いのアーノルドが頭を抱えて降りてきた。


「私が、持っているわ」

とヒーナが、ポシェットから出して渡した。


 ヒーナは薬剤専門の錬金術師だ。今は賢者の石を奪われているが、このくらいの薬なら、その力を使うまでもない。


「ありがとうよ。ところでよ、ヒーナ。お前、夜、声が大きいぞ」

と言ってきた。


 ヒーナの顔が、見る見る赤くなり、耳の先まで赤くなっていた。


「聞こえるわけないでしょ。ご主人様は音消しの術くらい掛けていらっしゃいます」

とシェリーが、フォローになってないフォローをしてきた。


 僕の顔も火照ってきた。


 さらにシェリーが

「持てない男が、僻み言っているわ。大体、知ってたって、黙っておくのが紳士ってものよ。それに貴方だって、よく娼館に行っているじゃない」

とシェリーが、アーノルドの秘密を暴露し始めた。


「ばっかやろう。それは、……その、……あれだ」

「えつ、そうなのかアーノルド。時々、夜、いないのはそうだったのか。僕にくらいは教えておいて欲しいな」

「えっ、教わってどうするの?」

とヒーナが紅茶を飲むのを止めて聞いてきた。


「いや、別にどうする訳でもないよ。ほら、男友達として知っておいてもいいかな〜と思って」

「だから、何を知って置く必要があるのさ」

とヒーナは、カップを置いて聞いてきた。


「シェリーおめぇが、余計なこと言うから、話がこんがらがって来たじゃねぇか。大体、俺の気持ち分かってねぇくせに」


 この言葉にピーンと反応したのは、ヒーナだった。

「えっ、今の言葉、なんか、すごーい、重大発表だったような」


 そのヒーナの言葉に、今度はシェリーが、反応する。

 見る見るうちに真っ赤になり、銀髪を後ろに束ね始めた。


 そして、アーノルドの目の前に瞬間移動して、


「きっ、貴様、そ、そこに直れ、成敗してくれる」

と言って、掌の突きを入れた。


「おっと、何だよ」

とアーノルドは、サックっと避けた。


 シェリーは、次々と掌を繰り出すが、ことごとく避けられる。


 僕とヒーナは、横で見ていたが、小さな声で、

「シェリーは、何であんなにムキになっているのかな」

とヒーナに話した。


「分かるじゃない。ああ、そうだジェームズ、シェリーに月の物が来たって、そんなに精密に創造したの?」

「月の物って、えっ、女性の?」

と僕はヒーナの顔を見ながら、確認する様に聞いた。


 ヒーナは頷いた。


「君も見てた通り、最初、男として創造したんだよ。それが、母上がやってきて……」

「そうよね。さっき聞いたの。闘うのに問題があるから、どうすれば良いかって。私が調合した薬を渡しておいたわ。あと……」

ヒーナは耳もとで、話してくれた。


 宿の主人が、

「お客様、お客様、どうか、ここではご勘弁を、どうか……」

と懇願していた。

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