第112話 彼女が創りたかった世界

「「「「え?」」」」


 僕の言葉にみんながまったく同じリアクションを取る。

 僕は表示されたままのステータス画面を素早くいじり、大量に溜まっていたステータスポイントを――その全てをあるステータスへと一気に振った。

 そのステータスはもちろん――


「よし。今、LUKに全部振ったよ。これでまた幸運剣士を名乗れるかな?」


「「「「……ええっ!?」」」」


「でも、ステポイント全部振ってもまだ200ちょいってところだから、前の五分の一くらいだね。クリも回避もだいぶ下がっちゃったかなー……。これで今までみたいに前衛出来るかちょっと不安だけど、まだまだレベルも上げて頑張りますので、ど、どうか皆さん見捨てないでください!」


 最後の方は敬語になってしまった。

 大真面目にそう言った僕に、みんなは……MOMO*さんでさえポカンと口を開けて。


 それから、みんな一斉にドッと笑い出した。


「あはははははっ! もー! やっぱりユウキくんはメイさんが見初めただけあるよっ! メイったら惚れ直しちゃったよ~あなた♥」

「ったく、とんだ大馬鹿だよなお前。でも、馬鹿すぎて逆に清々しいわ。せっかくバグも直ったってのに、またLUKガン振りとか。そんなやつどこにもいねーよ」

「ええ……ユウキくんはやっぱりとても素敵ね。だからこそ私、もっと早くあなたに会いたかったって思うわ」

「みんな……」


 メイさんもナナミさんも琴音さんも、ちゃんと僕を受け入れてくれた。

 指輪もなく。

 ありのままで。

 そして、またLUK剣士なんて道を選んだ僕のことを。


 そしてひかりは――


「ひかり……僕は前よりだいぶ弱くなったと思うし、ひかりのことも今までみたいに守れないかもしれない。格好悪いところを見せると思う。それに……契約だって……解除されちゃったけど、まだ、僕と相方でいてくれる?」


 尋ねてみた。

 するとひかりは何度か目をパチパチとまばたきして、


「――ふふっ」


 とても、優しい顔で笑った。

 そして続ける。


「ユウキくんは、ここでわたしが『いいえ』って言うと思ってますか?」

「え? い、いや……」


 訊いておいてなんだけど、そんなこと想像もしていなかった。

 ひかりはくすくすと笑って、その胸元にそっと手を当てて話す。


「わたしは、ずっとユウキくんの相方でいたいです。LROが終わるその日まで……学校を卒業するその日まで。それに、その後も…………だ、だから答えは『はい』です!」


 そう言って、僕の手をそっと取ってくれるひかり。


「……ありがとう、ひかり。メイさんも……ナナミも……琴音も……ありがとう」


 ちょっと泣きそうになる。

 こんな相方がいる自分が――こんな仲間たちに会えた自分がすごく幸せ者に思えて。それがどこか気恥ずかしくて。でも、胸の中が熱くなるくらいに嬉しい。


 そこで誰かに服の袖を引っ張っられる。

 見れば、スケッチブックを持ったMOMO*さんがいて。


『ユウキさんにはご迷惑をかけているのに、こんなことを言って申し訳ないのですが……でも、私はエラーが出て良かったと思ってます』

「え?」

『ユウキさんに出会えて、ユウキさんが皆さんとその繋がりを育むのを目の当たりにすることが出来て、本当に本当に嬉しいです。私がこのLROを作ったのは、ユウキさんのような人が見たかったから……かもしれないのです』

「MOMO*さん……」

『勝手なことを言ってごめんなさい。皆さん、これからもLROで、勉強にスポーツに冒険に……精一杯、青春を楽しんでくださいなのです。それが、私の願いなのです』


 スケッチブックから覗くMOMO*さんは本当に嬉しそうに微笑んでいて、そしてちょっぴり涙をにじませていた。

 するとそこへ、どこかで見たことのある一人の女性が走ってやってきた。息切れしており、かなり疲れているのが見てとれる。


「あれ? あの人って、入学式のときの……」


 思い出す。

 入学式のあの時、講堂の上で挨拶をしていた人だ。

 視界に表示される名前は《[GM]レナ》。

 そんな僕の視線に気づいたMOMO*さんが不思議そうに背後を振り返り、そしてびくっと身を震わせた。それからスケッチブックをしまって慌てて逃げだそうとするも、


「待ちなさい!」

「あぅっ! レ、レナちゃっ?」

「はぁ……はぁ……やっと捕まえましたよ。夏休み中に色々とやることもあるんですから、会議を無視して一般プレイヤーと交流を深めないでください」

「うう、うううう~」


 レナさんに首根っこを掴まれて苦しげな声を上げるMOMO*さん。何気に初めてMOMO*さんの肉声が聞けたことに僕は気づき、可愛い声だったなぁなんて頭のどこかで思っていた。

 レナさんは大きなため息をついてから僕たちの方を見て、


「ご迷惑おかけしました。特にユウキさん。長い間修正が出来ず、苦しい思いをさせてしまって本当に申し訳ありません。それに指輪のことも。お詫びのしようもありません」


 そう言って、僕に向かって深く頭を下げた。

 僕は慌てて声をかける。


「い、いえそんなっ! 頭を上げてください! もう大丈夫ですから! そ、それにMOMO*さんにはすごく良くしてもらえましたからっ!」

「そうですか……ありがとうございます。後日改めてキチンと謝罪させていただきたいと思います。では、私たちはこれで。どうか生徒の皆さんも、楽しい夏休みをお過ごし下さい」


 ペコ、とまた頭を下げて去っていくレナさん。その手にがっちりと捕らえられてMOMO*さんは涙目で引きずられていく。

 そんな妙な光景を前にして、僕は「あのっ!」と声をかけてしまった。


「? 何か?」

「えっと、あの……MOMO*さんは、結局どういう……?」


 ずっと気になっていたことだ。

 MOMO*さんは、普通のGMとは明らかに違う。

 普通のGMは天使のような姿でパトロールしたりトラブル解決することはあっても、一般プレイヤーになりすまして遊んだりはしない。それに、代表の代わりとして入学式の挨拶をしたような人が、わざわざ自ら捕まえに来るような人だ。一体MOMO*さんは何者なんだろう。

 そんな思いで声をかけた僕に、レナさんは答えた。


「まだご存じではなかったのですか。この方は私の上司にあたる方で、LROを企画・開発した主任ゲームクリエイターです。立場ある身でいつもこのようなことをされるので困っておりまして……また見つけたらご連絡ください。すぐ捕縛に参ります」

「あううう~……」


 また一礼して去っていくレナさん。

 引きずられたままのMOMO*さんは慌てて手に持ったペンを走らせ、『夏休み楽しんでくださいなのです~~~~』とだけ書いたスケッチブックを見せたまま小さくなっていく。

 僕は困惑して、そしてつぶやいた。


「主任ゲームクリエイターっては…………え? じゃあもしかしてあの人、天才ゲームクリエイターの紫鳳院さんっ!? えええええっ!? そ、そんな人と話してたのか僕!」

「す、すごい人だったんですね、ユウキくんっ」

「わ~! メイさんの憧れの人の一人だよ~! そういえば紫鳳院さんは極度の人見知りで面と向かって人と話せないって聞いたことがあるし、だからスケッチブックでやりとりしてたんだねっ!」

「あー……あたしも聞いたことある……けど、あんな変なヤツだったのか。つーかあの人もリアル準拠の外見してるんだろ? どう見てもあたしと同じくらいだったぞ。年齢いくつなんだよ」

「なんだか親子――いえ、だらしのない姉としっかり者の妹、みたいなね。ちょっとおかしい」


 琴音さんの発言にみんな同意したんだろう。

 まだ聞こえてくる紫鳳院さん……いや、MOMO*さんの「うう~」という声にみんなして笑い出してしまったのだった。


 同時に感謝する。

 あの人がこのゲームを作ってくれたからこそ、僕はこの世界でリアルよりも自分らしい自分になれた気がしたから。

 そして、みんなに会うことが出来たから。

 いつかまた会うことが出来たら、きっとお礼を言おう。

 そんなことを思いしながら、僕はGM二人の背中を見送っていた。

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