第103話 残った希望

 なんとか生き残った僕だけど、あの琴音さんでさえHPもMPも底をつきそうなほどになっている。あのブレスがもう一度来たら……終わりだ!


「ユウキ、くん……」

「琴音さんっ! 早く自分の回復を!」

「え、ええ……《ヒール》」


 なけなしのMPでHPを回復する琴音さん。

 しかし、この状態ではもはやどうしようもない。

 当然ながら、敵は空気を読んで待ってくれたりはしない!


『《グランド・テイル》!!』


「琴音さん僕の後ろにっ!」


 カイザードラゴンはその巨体をなんとも素早く回転させ、ムチのようにしなる太い尾を振り回し僕を襲う。しかしそれは当たらない。物理攻撃なら怖くないんだ!

 だけど、僕一人が耐えたってもう倒しきれない……!

 このままじゃ間違いなく全滅する。

 だから…… そのわずかな隙に僕は叫んだ。


「琴音さん――逃げてください! このままじゃ全滅だ!」

「えっ、で、でも!」

「物理以外じゃ僕もそろそろ耐えきれません! 琴音さんさえ生きてれば隙を見てみんなを起こしてもらえます! またチャンスが生まれるかもしれない!」

「けど、けどっ!」


『滅びよ……』


 ドラゴンが息を吸い込む。

 またあれが来る。

 もう僕には琴音さんを守り切れる保証がない。


「琴音さんっ!!」


「――っ! わかったわ! 《テレポート》!」


 ドラゴンが黒い炎を吐く寸前、琴音さんは瞬間移動のワープスキルによってその場から離脱してくれた。

 僕は双刀を構え、防御は捨てて走る。


「どうせ死ぬなら――少しでも削ってからだッ! 《光輪円舞シャイン・ロンド》!!」


 最近とったばかりの光属性の単発スキル。双刀に込めた祈りの力で邪なる者を切り裂くスキルだ。


「うおおおおおおおおおおっ!」


『――《カイザー・ブレス》!!』


 ドラゴンに連続攻撃を浴びせたものの、やはり僕はもう回復材を使って対抗してもその攻撃には耐えきれず――黒い炎に包まれてHPゲージがゼロになり、倒れた。

 瞬時にデスペナ表示のログが流れ、ここに残ったのはプレイヤーたちみんなの亡骸と、笑い声を上げるボスのみである。

 僕は倒れたままですぐにパーティーチャットを使って呼びかけた。


「琴音さん、大丈夫ですかっ!?」


『ええ、私は平気よ。回復材は尽きたけど、今、MPを自然回復させながら助けに向かう準備をしてるわ』


「よかった……みんなも大丈夫っ?」


 時空黒竜を見上げて、それからみんなの方に首を動かす。みんなはボロボロの状態で当然大丈夫ではないんだけど、しかしちゃんと返事をしてくれた。


「琴音さんだけでも無事でよかったです! でも、すごく強いですね……」

「やーこれは厳しいねぇ。さすがのメイさんもびっくりの初見殺しだよ。けど、この強さならきっと良いレア持ってるだろうね~!」

「あいつのHPは……あと7割ってとこか? まだほとんど削れてないじゃんか。これホントに倒せるのかよ?」

「しかし、貴重な情報は得られたね。先ほどのユウキくんの攻撃はかなりダメージが入っていたし、残りのダメージソースもほとんどメイジたちの光呪文だった。るぅ子くん、調べてくれているかな?」

「はい。《ホーク・アイ》スキルで見てみましたが、あのドラゴンは闇属性ですね。それから一つまだ使っていないスキルがあるみたいです。おそらく体力を削ると発動されるタイプのものかと」

「闇属性か。ならばオレにも適した盾がある」

「そうねぇ~。それに、あのドラゴンちゃんのスキルも大体把握したわ~。炎ならメイさんの氷結呪文でダメージを抑えられそうだし、物理攻撃はビードルちゃんとユウキちゃんにお任せして、状態異常も即座に回復すればなんとかなりそうじゃないかしら~?」


 どうやらみんなの戦意はまだ落ちていないようだ。それどころか、やる気のある人が多い気がする。当然だ。ここまで来て死に戻りなんて悔しいに決まってる!

 だけど、ここから立て直すためにはまず琴音さんにみんなを起こしてもらって、そして体勢を万全に整えてからボスと再戦しなくてはいけない。

 それは、すごく難しいことだった。


「うーん……けどこれからどうしよっか? ここはあんまり広くないボス部屋だし、起こしてもらってもすぐ察知されて攻撃されるよね。となると……無限ループのデスペナ祭りになっちゃうかもしれないよぉ~? キャー! メイこわーい!」


 怪談でも話すような声色で茶化すメイさんに、ほとんどみんな苦笑いである。

 そう、この部屋は狭い。そしてボスはこの部屋からどこかへ行ってはくれない。つまり起こしてもらうならこの部屋の中になってしまうし、そうなると即座にアイツに狙われてしまう。無限ループ……想像も必要ないくらいに勘弁願いたい状況だ。


「あっ、そういえば……うん、よかった。まだ大丈夫みたいだ」


 ひかりとの《リンク・パートナー契約》を確認すると、まだ途切れてはいなかった。けど、これ以上デスペナをもらってリンク値を下げられたら、僕とひかりの契約も切れる可能性がある。それは避けたい。

 みんな思案するけど、でも急に良い案が浮かんだりはしなかった。


「メイさんの素敵な妙案でみんなを助けたいけど~、さすがにちょっと難しいかもっ」

「つーかさ、もう無理じゃないかこれ。一度戻ってもっとレベル上げてきたほうがいいと思うぞ」

「そうだね……ナナミくんの言う通りかもしれない。確かにこの場で起こしてもらうのは難しいかな……」

「ふん。盾のオレでさえほとんど耐えきれないクラスの攻撃だったからな。起きて光属性の盾に持ち替えられれば少しは持つだろうが……」

「そうねぇ~。私が得意なのは闇呪文だから拮抗しちゃうし……」

「なかなか難しい相手と場所ですね。戻る方が利口だろうとは思いますが……」


 やる気だったみんなだけど、状況を理解して冷静になり、撤退の雰囲気になってしまう。


『みんな、ボス前の部屋まで来たわよ。私はどうすればいい?』


 そこで琴音さんからチャットが入る。

 今ここに琴音さんが来ても、すぐあのドラゴンに狙われてやられてしまうだろう。そうなれば、もはや考える余地もなく撤退だ。けど、わざわざそんなことをして琴音さんにデスペナをプレゼントする必要もまったくない。


 みんなが顔を見合わせて……そしてうなずき合う。

 メイさんが代表して言った。


「仕方ないね。一度戻って作戦を練ろうか。琴音~聞こえる? 一度帰って作戦を――」


「……待ってください!」


「練りなお――え? ひかり?」


 メイさんの話に割って入ったのは、ひかり。

 うつ伏せに倒れ、土やら煤やらで汚れてたひかりは――けれど、まだ輝きを失わないその瞳で言った。


「もう一度だけ、挑戦してみませんか?」


と。

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