第101話 ラストバトルへ

 と、そこで琴音さんがひかりに言った。


「それにしてもひかり。あなた、なぜ《モンク》ではなく《プリースト》になったの?」

「え?」


 そこで琴音さんにそんなことを言われ、僕とメイさんとナナミから転職祝いにと贈った新しい法衣を着ていたひかりは目をパチパチとさせた。

 そう。実はひかりはつい先日、このダンジョン攻略のために二次転職のクエストをクリアして、今は琴音さんと同じ《プリースト》になったばかりなんだ。まぁ、服以外は狐耳とか装備は普段と一緒なんだけど。


「あなたみたいな殴りなら、プリよりも《モンク》の方が合っていたと思うわ。なのになぜプリになったの?」


 その言葉にメイさんたちも耳を傾ける。それは僕たちも気になっていたことだ。

《モンク》は《プリースト》と同じ聖職者でありながら、その聖なる力を呪文の力ではなく戦闘力に変換出来るジョブであり、肉弾戦や武器の使用も得意だといわれている。まだ《モンク》になっている人が少なくて情報もないからなんとも言えないけど、確かにSTRを上げているひかりにはプリよりもモンクが合っているだろうとは思った。

 ひかりはぼそぼそと小声で言った。


「えっと、それはその……こ、琴音さんと同じが良かったんです……」

「え?」


 琴音さんが大きく目を開いて呆然とした。


「それは……つまり、どういう意味?」

「あ、えっとですねっ。その、琴音さんはわたしのことをライバルと言ってくれますし、勝負も、まだ終わってませんっ。だからわたし、琴音さんとは対等でいたかったんです! そのためには、《プリースト》がいいかなって思いました!」


 ひかりの口から語られた真実。

 それを聞いて、呆然としていた琴音さんは一拍を置いて言った。


「……それだけのために、今度は殴りプリなんて茨の道を進もうと言うの?」

「えと、そ、それだけじゃなくてですねっ! 琴音さんとか、他の《プリースト》さんて、みんなすごく可愛い装備をしているじゃないですか? だ、だからわたしも、ちょっと、そういうのを着てみたいなぁっていうのもあって…………です…………」


 声尻が弱まっていくひかり。

 ほんのり赤くなっていくその顔に、僕たちはちょっとだけ間を置いて、そして笑った。みんなも、琴音さんですら同じ反応だ。


「え、え? わ、わたしおかしなこと言いましたかっ?」

「うぅんおかしくないよひかり~! もー相変わらず可愛いなぁ♥ プリになって装備出来るものも多くなったし、メイさんまたいっぱいひかりにプレゼントしちゃうぞ♥」

「ええ~! そ、そんないいですよメイちゃんっ」

「遠慮しない遠慮しない! あはは、そういう理由での転職だってありだよね! ひかりにはモンクよりプリの装備の方が似合うもん! モンクだって可愛いけど、ひかりはやっぱりプリだよ! メイさんが保証しますっ!」

「そ、そうですか? えへへ……」


 メイさんにくっつかれて照れ笑いするひかりを見て、みんな和やかな表情を浮かべていた。

 たぶん、みんなひかりのことを心配する気持ちがあったんだと思う。けど、ひかりが勝負のためとかだけじゃなくて、ちゃんと自分のためというか、それで転職を選んだことに安心したんだろう。それは僕だって同じだ。


「よーし! さぁみんな、休憩はこれくらいにして10Fもさくさくーっとクリアしちゃおっか!」


 テンションの高いメイさんの言葉に、みんなが一様に明るく応える。

 そうして僕たちは、ついに最後の地下10Fを探索し始めた――。



 ――ひかりが持ってきてくれたサンドイッチと紅茶などで休憩を挟みつつ、攻略を続けて早数時間。

 視界隅に表示される時刻は16:27。

 僕たちはいよいよこの場にやってきた。


「この先が……ボス、か……」


 一度双刀をしまって呼吸を整える。

 そこでメイさんがみんなに「準備してねー!」と声をかけ、ひかりと琴音さんがみんなを回復させて、ナナミがみんなに回復材を配っていった。一緒に攻略してきた他のパーティーの生徒たちもそれぞれに準備を始めている。これくらいの人数がいれば攻略も可能だろう。

 改めて視界のマップを確認。

 既に地下10Fの探索はあらかた終えて、未踏なのはこの先のマップのみ。そこはマップのちょうど中心にあり、形も他のマップとわかりやすく違うことからボスの居城であることは明らかだった。というか、さっき我先にと突っ込んでいったいくつかのパーティーが悲鳴を上げて音沙汰がなくなったし、この場所からでも巨大な黒い影が動いているのが確認出来る。もはや間違いようもない。


 そこで僕は、休みながら改めてみんなの顔を見渡して見る。

話し合っているレイジさんとビードルさんはワクワクしているのがすぐにわかる。強い敵と戦う前の高揚感。二人はやっぱり根っからの戦闘タイプの人たちだ。

 メイさんはリーダーシップを発揮してみんなに指示を出し、琴音さんがスキルでみんなを回復させ、ナナミがカートの中からあれこれと取り出したアイテムを、ひかりと楓さんが一緒になって配り歩いている。ひかりが作ってきてくれたおにぎりやサンドイッチも士気を上げるのに大いに役立ってくれていた。


 そんな中でどうしても僕の目が行くのは、やっぱりひかりだった。


「……ひかり」


 この《古代竜の巣》ダンジョンの本格的な攻略を始めてから、ひかりはずっと頑張っていた。

 元々何にでも一所懸命に取り組む性格ではあると思うけど、ここではそれが顕著に思える。それはやっぱり、琴音さんとの勝負が関係している気がした。

 ひかりもきっと、とっくに気づいているはずだ。

 琴音さんの支援の実力と、その重要性に。

 だからこそ、自分でも何かしたいと頑張っているのだろう。そんな健気なひかりを僕はどうしても贔屓して応援してしまうし、結果に繋がってほしいと思う。

 やがてみんなの準備も終わり、装備やアイテムの確認を済ませたところで、僕たちはいよいよボス部屋に突入することになって隊列を整える。周りのパーティーの人たちも僕たちのパーティーに合わせてくれるとのことで、合計で三十人程度の数で挑むことになりそうだ。その方が戦いも安定するしありがたい。

 チラ、と視線を移せば、杖を握ったひかりは前を見据えて緊張しているようだった。

 何か声をかけたほうがいいかもしれない。

 そう思ったとき、ひかりのそばにメイさんが近づいていった。


「ひかり、ひかりっ」

「メイちゃん? どうしたんですか?」

「うん、あのね――」


 メイさんはぼそぼそとひかりに耳打ちをして何かを話し、ひかりは静かにそれを聞いて、やがてハッとしたように目を大きく開いた。


「メイちゃん……」

「大丈夫だよひかり♪ 楽しんでいこう、ねっ!」

「……はいっ!」


 そこでひかりが笑顔を浮かべてくれたから、僕はホッと一安心する。

 するとメイさんは、僕に綺麗なウィンクをしてから小さなピースサインをくれた。


「メイさん……あはは」


 ずっとお世話になってきて思うけど、メイさんは本当にいつもみんなのことを見てくれているすごいギルドマスターだ。この人にはやっぱり敵わないし、僕がLROの中で一番信頼している人だと思う。

 メイさんは言った。


「さぁみんな、次でいよいよこのダンジョンも終わりだよ! 夏休みいっぱいをかけて攻略させようともくろんでいた先生たちや運営の人たちを驚かせちゃおうぜっ☆」


 僕たちだけでなく、他のパーティーみんなにも向けた言葉。

 僕たちは全員で声を上げて応え、揃ってボス部屋へ突入する!

 その途中に琴音さんが言った。


「ひかり。最後までお互い全力でいきましょう」

「琴音さん……はい! 絶対クリアしましょうね!」


 やる気全開のプリ二人を連れて、僕たちはついにその部屋へ飛び込んだ!

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