第76話 戦う決意

《王都セインガルド》


「――っとと。ひかり、大丈夫?」

「はいっ」


 転送を終えて王都に戻ってきた僕たち。

 何度経験してもこの転送という体験は非常に面白いもので、一瞬だけ目の前が暗転したかと思いきや、まばたきを終えた次の瞬間には別の場所に移動している。しかも微妙に浮いた状態から転送されるため、毎回ふわっと着地する感覚が新鮮だった。

 そうして王都の街――見慣れた正門入り口に戻ってきたわけだけど……


「――あ」


 思わず声をあげる僕。

 というのも、そこで僕たちを待っていたのはメイさんたちだけではなく、他にも三人の男子生徒が並んでいた。

 見覚えがある。

 そう、彼らは先ほど僕たちにモンスターを押しつけて逃げてしまった三人だったからだ! 当然、そこにはあのカズヤさんの姿もある!

 ひかりもすぐその人たちに気づいて、僕と同じような反応をした。


「えーと、なになに? ユウキくんとひかりのお知り合いなのかな?」


 妙な空気に困惑するメイさんが不思議そうに尋ねてきて、僕は「ええと……」と言葉を濁す。

 そこでひかりの方から彼らに近づいていき、


「えっと、あの、わたしたちに何か……?」


 すると、カズヤさんはキッと鋭い目つきで僕を睨みつけ――



「おーいみんな! こいつチート使ってやがるぞ!!」



 そんなことを大声で叫び、周囲の注目が集まる。


「なんだなんだ?」

「チートって?」

「つーかあれ生徒会じゃね?」

「あれ、幸運剣士の人もいるじゃん」

「チートって幸運剣士の人が?」

「え? まさかチートで強くなってたってこと?」

「つまりどういうことだってばよ」

「よくわかんねーけどなんかヤバイんじゃね?」



 動揺する僕。

 一瞬、何を言われたかわからなかった。


「……え、えっ?」


 けど――カズヤさんは間違いなく僕を指差してそう叫んだ。

 さすがにワープアイテムを使った際の帰還場所だけあって、その場にいた大勢の生徒たちがざわつき始める。

 おそらく、人が多い場所をわざと狙っていたんだ。

 カズヤさんは注目を浴びながら続けて言った。


「オレは見たんだ! さっき例の新しいダンジョンの1Fボスとこいつが戦ってたのを! スクショだって撮ってあるぞ! こいつ、ほとんど一人だけでボスを倒したんだぜ!? 生徒会長さんたちだってボッコボコにやられたドラゴンのボスをよ!」


 その言葉に、より群衆のざわめきが大きくなる。


「しかもこいつの攻撃は全部クリダメ! ドラゴンの攻撃なんかほとんど回避してやがった! ありえないっての! いくら幸運剣士っつったってボス相手におかしいだろ! あんなもんチートだチート! そうだろみんな!!」


 カズヤさんの叫びに、残りの二人も「そうだそうだ!」と続き、周囲のどよめきはさらに強まった。


 痛い。

 僕に向けられるその奇異の視線は、まるで突き刺すような痛みがある。

 背筋を冷や汗が流れ、動悸が激しくなっていく。

 

 いつか、こういう日が来るかも知れないと思っていた。

 でも、それが今日、こんなときに突然来るなんてわかるはずもない。

 

 ――どうすればいい。

 ――なんて答えればいいんだ?

  

 そんな動揺が収まらない僕の方をそっと掴んだのは、レイジさんだった。


「……なるほどね。そういうことか」

「え? レ、レイジさ――」

「大丈夫。任せておいてくれ」


 レイジさんは笑って――けれど、次の瞬間にはその目が変わる。

 初めて見るレイジさんの怒りがこもったその目に、僕は声を失ってしまった。

 レイジさんはスッと僕の前に出ると、静かに口を開けて言う。


「待ってくれないか。君たちは一体何を根拠にそんなことが言えるんだい」

「げ、か、会長……」


 堂々としたレイジさんの姿に、カズヤさんたちがたじろぐ。

 レイジさんは凜々しく顔を引き締めて、周囲のみんなを諭すように声量を上げて話す。


「みんな聞いてくれ! 僕たちはこの目でユウキくんの勇敢な戦いを見た! あと一秒でも違えば、やられていたのはユウキくんの方だったはずだ! それほど熾烈で厳しい戦闘だった! 全力で敵にぶつかり、魂を込めて仲間を守ろうと戦った彼の――ユウキくんのあの姿を見て……よくもそんなことが言えるッ!!」


 レイジさんの叫びにみんなが静まり返り、カズヤさんたちも気圧されていた。僕たちでさえ、その気迫に震えてしまう。

 それに楓さんが一歩踏み出して続いた。


「それよりもぉ……あなたたちの方こそ、ルール違反なんじゃない?」

「は? な、なんだよ、ルール違反て!」

「とぼけるつもり~? 私たちの前にボスをおびき寄せておいてぇ、後はワープで逃げて“MPK”を図ったんじゃないかしらぁ~? ちなみに私、あのときのSSスクリーンショットもちゃ~んと撮ってあるわよ~?」

「うぐっ……!」


 カズヤさんたち三人が激しくうろたえる。


「私たち生徒会からの承認付で、先生方や運営さんたちに提出したらどうなるかしらね~?」

「ぐ、ぐぐ……!」


 なんとも綺麗な笑顔の楓さんによる追撃で、カズヤさんがさらに狼狽して身を引く。その額からは大量の汗がダラダラと流れ落ちていた。

 そこへさらにビードルさんとるぅ子さんまで続く。


「お前たち……男としてみっともなくはないのか? 恥を知れ」

「生徒会として、そちらのお言葉は聞き捨てなりません。あなた方が何かの目的でユウキさんを陥れようとしていることはもはや明白です。生徒会して正式に抗議しますよ」


「う、うううう……」

「お、おい……どうすんだよカズヤ……」

「や、やばいんじゃないのかこれ……」

 

 三人は小さく肩を寄せ合ってひそひそ話を始めていた。

 ほとんどの生徒たちから全幅の信頼を寄せられているレイジさんの言葉と、続く楓さん、ビードルさん、るぅ子さんの発言によって、周りの生徒からたちジロジロと訝しげな目で見つめられたからだろう。

 レイジさんたちは僕の方に振り返り、レイジさんはうなずいて、楓さんはウインクをして、ビードルさんは腕を組んだままで、るぅ子さんは小さく笑ってくれた。


「レイジさん……楓さん……ビードルさん……るぅ子さん……」


 僕は……まだ生徒会のみんなにはLUKの力を、僕の強さの秘密を明かせていない。そのことが心のどこかに引っかかり続けていて、でも、そんな僕にみんなはこんなに優しくしてくれる。

 みんなが僕をかばってくれていることが、本当に、すごく嬉しかった。ひかりもメイさんもナナミも、どこか安心した顔で僕を見つめてくれる。

 そのときわかった。

 僕はまだ、ひかりやメイさん、ナナミとは違って、生徒会のみんなを心から信じ切れてなかったんだ。

 だから、自分の力のことを話せないでいた。

 なのに、そんな僕をみんなは……。


「…………ありがとうございます」


 お礼の声は小さくて、きっと聞こえなかっただろう。

 けど、ちゃんと聞こえるように伝えなきゃいけないことがある。

 そのときは僕は、そのことを心に決めた。


 そして明らかに分が悪くなった中、それでもカズヤさんは逃げずに言った。


「う、うるさいうるさいうるさいっ! オレだって見たんだ! あんなボスを一人で倒せるやつなんてチートに決まってるだろ! この卑怯者っ! や、やっぱりお前はひかりちゃんの相方にはふさわしくないんだよ!」

「え……?」

「一体どんな手を使ってひかりちゃんを騙した! どうせひかりちゃんが可愛くて優しくてスタイルも良いから身体目当てなんだろっ! お前なんか……お前なんかっ!」


 震える足で、それでも真正面から僕を睨みつけるカズヤさん。


 ……その言動でなんとなく解ってしまった。


 きっと、この人はひかりのことが好きなんだ。


 だから、僕なんかがひかりの相方であることが悔しくて、遊びに誘ったのを断られたのが悔しくて、それで、こんなことをしてしまったんじゃないだろうか。


「…………あの」


 何か言わなきゃいけない。

 そう思って僕は口を開いたけど――



「……謝ってください」



 つぶやいたのは、ひかり。

 僕もカズヤさんも、互いに「え?」とまばたきをした。

 ひかりはカズヤさんの方を見て、再度つぶやく。


「ユウキくんに――謝ってください」


「え、え……」


 カズヤさんが激しく瞳を揺らして動揺していた。

 ひかりが、その目からポロポロと涙をこぼしていたからだ。


「どうして……そんなこと言うんですか?」

「ど、どうしてって……だって……」

「わたしのことなら……何を言われても、いいです。でもっ、わたしの大切な人を悪く言わないでくださいっ!」

「ひ、ひかりちゃん、ちがうんだ。オレ、そんなつもりじゃ」

「お願いします……わたし、あなたのことを嫌いになりたくないです……」


 ひかりはぎゅっと僕の服の裾を掴んでうつむき、その目からこぼれおちた涙が地面に吸いこまれて消えていく。


「ひかり……」


 涙を拭い、すすり泣く声が聞こえる。

 頭がスゥッと静かになった。


 ――ひかりを泣かせた。


 それだけで、十分だ。


「――カズヤさん」


「な、なんだよ……なんだよその目はっ!」


 カズヤさんが僕を指差す。

 僕は今、どんな目をしてるんだろう。それはわからない。

 けど、僕は実のところ怒っているわけではないし、カズヤさんを哀れんでるわけでもないと思う。

 むしろ、尊敬すらしていた。

 そんなにも誰かを想える、この人を。

 だから、一歩踏み出して、言う。



「僕と、PVPで戦ってもらえますか?」



 カズヤさんだけでなく、周りのみんなも全員が呆然となった――。

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