第71話 自慢の相方

 便利な転送であっという間にひかりの教室前に。

 すると予想通り、教室前の廊下にひかりが立っていて、僕は声をかけようとしたけど、


「ひか――あれ?」


 そこで、ひかりが隣の誰かと話をしていることに気づく。

 それは男子生徒で、視界に表示された名前は《カズヤ》。《シーフ》の人みたいだ。

 ひかりのクラスは女子専用クラスだから、たぶん、わざわざ他のクラスからひかりに会いに来たということなんだろう。


「頼むよひかりちゃん。オレ、ずっとひかりちゃんと遊びに行ってみたかったんだ。こう見えて結構強いし、どこのフィールドでもダンジョンでも連れてくよ? 学園クエストを一緒にやるのもいいしさ。ね?」


 その男子はひかりにとても親しそうに接していて、その光景を見て、なぜか僕は近くの廊下の角に隠れてしまった。

 

 ――ひかりの知り合い、なのかな?


 こそこそとそちらを見ると、ひかりはちょっと申し訳なさそうに頭を下げて言う。


「あの、お誘いは嬉しいんですけど……ごめんなさいっ。わたし、約束があるのでっ、あの、そ、そろそろいかないとなんです」

「ちぇっ。それってあの幸運剣士との約束?」

「あ、ユウキくんのこと、ご存じなんですか? はいっ」


 ひかりがそこで嬉しそうに笑って、けど、その男子はムッと顔をしかめて言った。


「いいよなぁあいつは。たまたま振ったLUKが予想外に双刀やスキルと相性が良かったからって、生徒会にもチヤホヤされて、ひかりちゃんみたいな子が相方になってくれてさぁ。LUKなんて誰も振らないステに振って注目されようとでもしてたのがラッキーだったってことか。あーあ、オレもLUKに振ってみようかな。そしたらひかりちゃんみたいな子とリンク・パートナーになれんのかなぁ」


 嫌みな言い方だな……とは思ったけど何も言わないでおく。

 どんなMMORPGでだって、出る釘は打たれる。トッププレイヤーなどになって注目されてしまえば、どうしたってこういう人は現れることを僕は過去の経験で知っていた。ま、それはリアルも同じだろうけど……。

 と、そこで僕は、先ほどシルスくんが言った言葉の意味がわかったような気がした。


 ――モテたくないやつって、そういうことか……!


 なんて納得していたら、男子生徒は続けて言った。


「ていうかさ、ユウキだっけ? そいつの何がいいの? 特別イケメンなわけでもないし、幸運っつったってそこまで強いわけでもないでしょ? オレだってもうすぐアサシンに二次転職するしさ、そしたらPVPで勝負でもしてどっちが強いか証明出来るよ。ひかりちゃんすげー可愛いんだからさ、あいつにはもったいないよ!」


 本来なら、たぶんそういうことを言われると怒るのが当たり前だろう。

 けど、正直なところ僕はあまりイラッともしなかった。

 だって、あいつの言う通りだと思ってしまったからだ。

 僕はLUKが予想外の効果を持っていたからなんとかなってきたわけで、もちろんイケメンでもない。それにひかりはとびきり可愛くて、いつも明るくみんなを支える優しい女の子だ。

 そんなひかりが僕の相方になってくれたなんて僕にはもったいないと、僕自身が毎日のように思ってる。怒れるわけもない。

 するとひかりは小さく微笑んで、


「……そう、ですね。そうかもしれないです」


 とそう答える。

 男子生徒は「だろ!?」と表情を明るくして、ハッキリ言われた僕はさすがに結構なショックを受けてしまった。

 ひかりはすぐに続けた。


「だけど、それは逆なんですよ。わたしなんかには、ユウキくんがもったいないんですっ」

「え……」


 途端に男子生徒が呆然と固まり、僕もまったく同じ状況になった。


「わたしは、LROが初めてのネットゲームでした。だから、よくわからないうちに変なプレイスタイルになっていて……最初の頃は、クラスメイトのみんなともあんまり一緒に遊べませんでした。《クレリック》に転職して、クラスイベントでクエストをしたとき、わたしのパーティーだけ途中で全滅しちゃったことがありました。支援職だと思われてたわたしが、役に立てなかったからなんです」

「へ、へぇ。けどさ、クレだからってひかりちゃんだけが責任を感じる必要ないでしょ? 他のやつだってまだ弱かったんだろうし」

「……あの、わたしがどんな《クレリック》か、ご存じですか?」

「え? どんなって?」

「わたしは殴りクレなんです。支援がほとんど出来ないんですよ」

「……え!? そ、そうだったの!?」

「はい。だからあれ以来、わたしはみんなに迷惑をかけちゃうかなって、一緒に遊ぶのを遠慮しちゃったり、みんなもそれをわかっていて、わたしを気遣ってくれたりして……けど、それがまた申し訳なくて……」


 その頃のことを思い出しているのだろう。ひかりの目が憂いているように見えた。

 それからひかりはそっと顔を上げて話す。


「でも、ユウキくんは違ったんですっ。わたしがこんな変な子だって知っても、笑ってくれました。そんなの気にしなくていいって。それからずっと一緒にいてくれました。ユウキくんのおかげで、わたしはLROが大好きになれたんです。そんなユウキくんだから……わたしには、やっぱりもったいない人なんです。自慢の相方さんなんですっ。でも……だからわたし、もっと成長して、一緒にいてもおかしくない相方さんになれたらって、そう、思うんです」


 少しだけ頬を赤らめながら、ひかりは笑ってくれていた。

 胸が高鳴る。

 さっきは一瞬だけショックを受けてしまったけど、でも、それがバネになってしまった。僕はあんまり嬉しくて胸が熱くなっていた。ひかりがそんなことを考えてくれていたなんて、本当に、僕にはもったいない相方だって思えたから。

 けど、ひかりの前の男子は――


「ふ、ふぅん。そっか、アツアツだなぁ。オレの入る隙なんてないってことだね?」

「え? あ、あの、ごめんなさいそういう意味じゃなくてっ。でも、声をかけてくれて、ありがとうございましたっ」

「フラれちゃったけどね? ま、残念だけどまた今度誘おっかなー。それじゃあね」

「あ、さ、さようならです!」

「うん、バイバイ」


 ペコペコと頭を下げるひかりに手を振り、男子生徒は転送ゲートの方へやってくる。僕は慌てて顔は引っ込めた。

 するとその男子は、転送ゲートに入る直前――


「……ちっ。面白くねぇな」


 舌打ちをしてそんな暗いつぶやきを残し、消えていった。

 またおそるおそる顔を出す。

 するとひかりは胸に手を当ててホッとしたように息をついており、それから慌てて転送ゲートの方に駆け寄ってきた。たぶん、僕との約束を思い出したんだろう。

 少し迷って、でも僕はその廊下の角からひょっこり姿を現して手を挙げる。


「えと、ひかり」

「わっ! ユ、ユウキくん? あっ、もしかして迎えに来てくれたんですか? ごめんなさい遅くなっちゃって!」

「あー、う、うん。ちょっと気になって僕の方から来てみたんだけど。でも、誰かと話してたみたいだったから、邪魔にならないようにちょっとあっちをフラフラしててさ」


 中途半端なウソをつく僕に、けどひかりは疑う素振りもなく「そうだったんですか」と笑顔を見せてくれた。


「待たせちゃって本当にごめんなさい。初めて会う人だったんですけど、一緒に遊ぼうって言ってくれたんです。でも、ユウキくんとの待ち合わせもありますし、メイちゃんとナナミちゃんも待っているからって、お断りさせてもらいました」

「あ、そうだったんだ……。でもさひかり、別に、クラスメイトたちとも一緒に遊んでいいんだからね? もし僕に遠慮してるなら、そういうの気にしなくていいからさ」


 言って、ちょっぴりだけ胸が痛んだ。

 ずっと思っていた。

 ひかりはいつも僕と一緒にいてくれるけど、それは僕に気を遣っているんじゃないかって。

 するとひかりはこう答える。


「……えへへ。遠慮なんてしてませんよ? むしろ、わがままばっかり言ってます」

「え?」


 ひかりは僕の目の前まで来て、下から覗き込むようにニコっと笑いかけてくれる。


「だって、わたしはユウキくんと一緒に遊ぶのが好きだからそうしてるんです。メイちゃんとナナミちゃんと、みんなで遊ぶのが楽しくて、大好きだからそうしてるんです。そんなわたしのわがままに、いつもユウキくんたちが付き合ってくれていて、わたし、毎日がすごく幸せなんですよっ」

「ひかり……」

「でも、気に懸けてくれてありがとうございます。機会が出来たら、クラスメイトのみんなとも遊びたいなって思ってたんです。だから、ユウキくんもわたしに遠慮せずそうしてくださいね? ユウキくん、女の子たちからも人気あるみたいですし……」

「え? い、いやそんなことはないけどっ」

「ふふ。あ、そろそろたまり場に行きましょうっ。今日は大切な日じゃないですか。メイちゃんとナナミちゃん待ってますよ。ほら、早くこいってwis来てます」

「え? ――うわっ! ほ、ほんとだ気付かなかった!」

「行きましょう、ユウキくんっ」

「う、うん」


 ひかりが僕の手を取り、二人でゲートの方へ向かう。


 ああ、もうどうしよう。

 この子は天使か何かなのだろうか?

 ひかりと一緒にいればいるほど、ひかりがどれだけ良い子なのかわかって感動する。

 そのたび思う。

 僕は、やっぱりひかりが――


「ユウキくん? どうかしましたか?」

「え? あ、なんでもないよ。よし、早く行こう!」

「はいっ!」


 ひかりは僕を自慢の相方と言ってくれたけど、それは僕の台詞だと思った。

 熱くなる胸を押さえつつ、僕は自慢の相方と一緒にいつものたまり場へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る