第33話 言えなかった秘密

 濡れるの構わず湖へ入った僕は、ギリギリのところで落下地点に到着し、なんとかひかりの身体を無事に受け止めることが出来た。あのまま落ちていたらひかりが落下ダメージで死んでしまっていた可能性もある。

 けど、水しぶきで僕たちはびしょびしょだ。


「はぁ……ひ、ひかり、大丈夫?」

「ユウキくん……あ、ありがとうございますっ」

「あはは、よかった……」


 そこへメイさんとナナミさんもやってきて、僕たちはお互いに顔を見合わせてホッと一息。まさか帰る寸前でボスと会うなんて思わなかったよ。

 するとひかりを抱きかかえている僕の頭に、何かがぽすっと落ちてくる。


「わっ! な、なになにっ?」

「えっと、何か落ちてきました。ドロップでしょうか?」


ひかりが取って確認してくれる。それは《ミャウキング》の顔をしたお面のようだった。どうやらドロップアイテムらしいけど、なんだこれ? もしやこれがレア装備だったりするんだろうか。


「わぁ、かわいい装備です~!」

「え? そ、そう?」


 顔を綻ばせたひかりは、なぜかそれを僕の顔に被せる。いや、たぶん今ドロップアイテムの取得権限が僕にあるからだろうけど。


「……えーと、よく見えないんだけど……ど、どうなってるの!?」


 自分でお面を被っても自分がどんな顔をしているのかまったくわからない! これがフルダイブMMOの弊害か!

 焦っている僕を余所に、ひかりもメイさんもナナミさんも揃って笑い出した。


「あははっ、ユウキくんかわいいです」

「なかなか愛らしい装備だねっ! それが噂の装備だったのかなぁ。あ、スクショとっておいたよユウキくん♪」

「やめてくださいよ!? ナナミさんまで笑ってるし!」

「いや、だってまぬけすぎて……ぷぷっ。でもそれ、かなり高値のレアなはずだぞ」

「こんな可愛い装備を売るなんていけませんナナミ! これは我がギルドで大切に扱うべきものです!」

「なんで母親みたいな言い方なんだよ……まぁ別にいいけどさぁ。つーか、それよりカレシはいつまでひかりをお姫様抱っこしてるわけ?」

「え? あっ!」


 そこでずっとひかりを抱っこしたままだったことに気づき、僕は慌ててひかりを下ろす。


「ご、ごめんひかり!」

「えへへ。ありがとうございます。助けてくれて」

「い、いや、メイさんとナナミさんのおかげだから。僕なんて何も」

「そんなことはないよユウキくん。君がメイさんたちを守ってくれたおかげで誰一人犠牲を出さずに済んだ。特にナナミは感謝しているはずだよ。ね? ナナミ?」

「ぜ、前衛が後ろを守るのは当たり前だろ」

「照れてるだけだよユウキくん。ナナミは可愛いからね♪」

「やめろって! なでなですんな!」


 メイさんに頭を撫でられて怒るナナミさん。でも本気で怒っているわけではないことは、なんとなく僕にもわかった。

 そうして笑い声が収まり、僕が仮面を外したタイミングでメイさんが言った。


「しかしユウキくんは本当にすごかったね。怒濤の連続クリティカル攻撃といい、触手攻撃を見事に回避していたのといい。あれが《幸運剣士》って言われてる所以なんだね~。うんうん。メイさん驚いちゃった!」

「あー、あたしもさすがにちょっとびびった。ひかりのカレシ、結構強いじゃん」

「そうなんです! ユウキくんはすごいんですよ! って、だ、だから彼氏さんとかじゃなくて……あのそのっ」

「ふふ。それよりひかり、服、濡れて透けちゃってるよ?」

「ふぇ?」

 メイさんの一言にひかりが可愛い声を上げ、自分を見下ろす。


 僕も見た。

 ひかりの胸元が――すっかり濡れていた法衣はその中が透けてしまっていて、ピンク色の下着がハッキリと見えてしまっていたのだ。

 ひかりはすぐに手で胸元を――透け放題となっていたそこを隠した。


「きゃ、きゃあっ! だめっ、ユウキくん見ちゃダメです!」

「見てない見てない見てない!」


 また仮面をつけてついしらんぷりをしてしまった僕。ごめんばっちり見てました!!


「気付いてたのに言わないなんて、ユウキくんもやっぱり男の子だね~♪ 夜中に一人で思い出しちゃうのかなぁ? ウフフ、エッチ♥」

「メイさんやめてぇぇぇぇぇぇ!」

「はぁ……いいからさっさと着替えろって……そんで帰ろうぜ……」


 仮面をつけたまま悶える僕と、慌てて『リンク・メニュー』を呼び出してまた新しい衣装に着替えるひかり。メイさんはニヤニヤしながら僕をツンツンと小突いて、ナナミさんは一人で帰り支度を済ませている。


 そうしてG狩りは終わったわけだけど……その楽しい時間が終わろうとする中で、僕は少しだけ胸が痛かった。

 なぜなら、温かく僕を迎え入れてくれたメイさんやナナミさん、そしてひかりに、まだこの腕輪のことを――LUKのことを秘密にしているから。

 さっき、ひかりにだけは言おうと思ったけど、そのチャンスはあのハプニングで逃してしまった。


「……でも、ずっと隠しているわけにもいかないよな」


 仮面を外しながら独り言をつぶやく。

 いずれ、みんなに話さなきゃいけないときがくる。すべてを隠したままみんなと一緒に笑っていられるほど、僕は強くないからだ。

 せっかくの楽しいG狩りだったのに、そのときのことを考えると……僕はちょっとだけ憂鬱になった――。



 それからすっかり日も暮れて。

《ルーンの翼》で街のたまり場に戻ってきた僕らは、入手したアイテムを公平に分配。例のレアアイテムである《ミャウキングの仮面》は何故かひとまず僕が預かることになった。理由は記念品として取っておくからということと、僕がつけるのが一番面白いからということらしい。か、完全にからかわれている!

 ともかく、そんなこんなで初めてのG狩りが終了。

 あとは各自解散で、と思ったところでメイさんが言った。


「みんな、今日はお疲れ様~。そうそう、それからみんなに相談したいことがあったんだ」

「「「?」」」


 何の話だろうとメイさんの言葉を待つ僕たち。

 メイさんはこんなことを言った。



「せっかくギルドを作ったことだし、実はね、このギルドで今度開催される予定の対人戦――ギルドvsギルドの『GVG』に参加してみようと思うんだけど、どうかな?」



「え?」

「えっ?」

「は?」


「そのかわりと言ってはなんだけど、成績優秀なこのメイさんが、今度のテストに向けてみんなのお勉強を見てあげたいなと思います! どうかな?」


 お茶目に首を傾け、「おねがい♥」と甘い声を出すメイさんはとても可愛らしかった――。

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