第17話 《ラトゥーニ廃聖堂》の解放

 5月。LROにログインして、早くも一ヶ月近い時間が過ぎてきた。

 現実では春もすっかり暖かくなっている頃だろう。LROにも季節があるかはわからないけど、時折雨が降るくらいで、あとはとても過ごしやすい暖かさだ。

 そんな春のLROでは、いろいろなことがあった。

 座学中の教室にファンタジー衣装の生徒たちが溢れる光景にもすっかり慣れ、体育の授業でみんなとフィールドを駆け回るのも楽しかった。

 家庭科の授業では、汎用スキルの一つである《料理スキル》を使って本当の料理の使い方を学んだり、情報の授業ではLROらしく近年のバーチャルリアリティ事情とかそういうものも学んだ。LROに来る生徒の中にはIT業界への就職を考える人も多いらしくて、噂では才能ある生徒に運営側が目星をつけておくこともあるとかなんとか。


 そうそう、それから学園らしく《生徒会》も発足されたんだけど、今はプレイヤーが全員高校一年生だから、入学時の成績上位者から順番に生徒会役員へ自動推薦という形になった。

 もちろん断ってもいいらしいけど、生徒会役員は専用の《生徒会ギルド》に所属する形となって、一般の生徒とは違う特別な権利やアイテムなんかを貸与してもらえるらしい。ちょっとだけ羨ましいけど、僕はそんな勉強の出来る方じゃなかったし、そもそもLUKチートがあるから推薦されても断っただろう。


 そんな感じで、僕たちは学園生活を送りながらMMORPGとしてのLROも全力という、二足のわらじを心から楽しんでいた。

 VRMMO空間で学園生活を送るというただそれだけのことが、しかし僕たち子どもには本当に新鮮で、みんないつも笑って授業を受けていたし、登校拒否になったり、いじめが起きたりするなんて話はまったく聞かなかった。

 だってそんなことしてる暇がないんだ。

 未だにレベルの低い僕たち生徒の多くは王都の周りをうろつくばかりで、他の街やフィールド、ダンジョンは全然開拓出来ていない。生徒会長が初めて別の街までたどり着いたときなんて、英雄扱いで大騒ぎになったくらいだ。

 このLROを楽しみつくすためには、三年間だって時間は足りないんだ!


 そんなLROの生活は本当に楽しかった。

 気付けば僕のレベルは周りの誰よりも上がっていたし、装備は間違いなくトップクラスの良い物で固めることが出来ていた。スキルも必要なモノはみんな高レベルになったし、今はもう王都から離れた街を拠点にして狩りをすることも多くなった。

 そうそう、そういえばあの沈没船のボス、《キャプテン・ジョー》にもつい最近リベンジに行って見事にソロ撃破してやった。レアは何も落とさなかったけど、やっぱりリベンジは気持ちがいい! 

 で、さすがにソロプレイにも隠しきれない限界があって、狩り中に他のパーティと出くわしたり、いろんなトラブルがある。だから、僕がとにかく攻撃をかわして、敵にはクリティカルダメージを与えまくる場面はどうしても目撃されるようになってしまった。

 僕のそんな噂が広まっていったせいなのか、僕は次第にこう呼ばれるようになっていった。


 ――『幸運剣士のユウキ』、と。


 レベルが上がって、装備はブルジョワで、俺TUEEEEも出来て、みんなからチヤホヤされるようにもなって、それは気持ちがいいことだったけど、でも、素直に何もかもを喜べるわけじゃなかった。

 


 僕は――独りだったから。


 

 いや、シルスくんみたいな友達もいるし、アリアみたいなNPCもいてくれるし、リサ先生だって丁寧に物事を教えてくれる良い先生だし、クラスメイトたちも普通に接してくれて、誘えば一緒に狩りにだって行けるだろう。別に寂しいわけじゃない。いじめられてるわけでももちろんないんだ。


 だけど、少しだけ思ってしまう。


 僕が普通のプレイヤーのままだったら、もっと気兼ねなくこの世界を楽しめたのかな、って――。



「――なんて、そんなこと考えてもしょうがないよな」


 ダンジョンの攻略途中。休憩していた僕は、携帯レーションの固形バランス栄養食(あえてそれっぽい食べ物を持ってくると狩りのテンションが上がるんだよね)をかじりながら、ここ一ヶ月の思い出を振り返っていた。

 この一ヶ月でLROは本当に変わったと思う。

 いや、変わったというか、ようやくみんながこの世界に順応してきた、と言った方が正しそうだ。

 ほとんどの生徒たちが生徒として、そしてプレイヤーとしての自分なりのスタイルを確立しかけていたと思う。

 そんな今の時期に盛り上がっていたのは、新たな学園クエストである。


「さって、休憩も終わりにして、続きやりますかっ!」


 起き上がって装備と回復材のチェック。


 そう、僕が今まさに攻略している最中のこのダンジョンも、その学園クエストによるものだ。



 *****NOW LOADING***** 



《ラトゥーニ廃聖堂 2F 懺悔室》



「うわちょっと待っ――ぎゃあああ!」

「壁しっかりしろって! ほげえええ!」

「持たない持たない無理よこれ~~~!」

「もうMPがないわ! 起こしてあげる余裕も――きゃあっ!」



 僕の前方で、《ソードマン》、《シーフ》、《メイジ》、《クレリック》が一人ずつという、バランスの良いはずの四人パーティが壊滅して倒れた。

 周囲には《竜人》と呼ばれるモンスターたちが跋扈しており、ほとんどが《ファルシオン》という剣を持った筋骨隆々な戦士タイプだが、中には細身で杖を持ったメイジタイプもいる。こいつがとにかくやっかいで、戦士たちが数にモノを言わせてプレイヤーを襲う中、後ろから高火力の呪文でトドメをさしにくる。


「ここには……二体か……」


 僕は体勢を低くして駆けながら状況を把握。

 そして、先ほど死亡した生徒たちが寝転んでいるところへ身を低くして突っ込んだ。


「! おいお前! 一人じゃ無理だぞ!」

「逃げろ! 後ろのやつの呪文で瞬殺されちまう!」


 男子二人が忠告をしてくれる。

 僕は腰元から一対の剣――《幸運の双刀》を取り出し、さらにスピードを上げて返した。


「ありがとう! 大丈夫! ――《フォーチュン・ブレッシング》!」


 この目映い刀身を放つ双刀の専用スキルを発動。全身が心地良い光に包まれる。


『グオオオオオオオ!』


 僕の存在に気づいた竜人たちが戦闘態勢に入り、戦士タイプのやつらがドカドカと重そうな足取りで僕に向かってくる。だけど僕は何も気にせず突っ込んでいった。


「キミ! やめて無茶だよ!」

「ダメ! 逃げてっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る