這い寄る紫煙

 それからの道中は、空木に待ち受ける試練についてアマネが説明をした。空木も想像は付いていたからか、話に動じることはなかった。

 話の内容をまとめるとこうだ。

 玉依姫命は約千五百年の歳月を放置されてきたため、凄まじい恨みを持っていること。積み重なった恨みは強大な呪力となり、人体を一瞬で腐敗させるような災いをもたらすこと。それらの呪いをアマネと野沢で凌ぐ間に、空木は玉依姫命を鎮めること。

「場合にもよるが……無理やり魂を消し去ることは、殺すことと同じなんだ。そして凝り固まった玉依姫命の恨み言を聞き、魂を救うことは元凶である空木家の者にしか出来ない」

 と、アマネは空木に言う。

「分かりました」

 未だにその覚悟は揺れているのか、彼の声は震えていた。


 ……歩いてから二時間ほど経った頃だろうか。道の真ん中に普段は見ることの無いものが転がっていた。

「おいアマネ! 人骨だ! 人骨だぞ!」

 生まれて初めて目にした白骨死体に、野沢が取り乱して騒ぐ。

「いつも怪奇現象と対峙しているお人が。……私は恥ずかしいよ。アッキー」

「男らしくないぞ。明人」

「……」

 ため息を吐く女性陣と、苦笑いを浮かべる空木。

「待て、俺がおかしいのか!? つかなんでアンタまで平気そうなんだよ!」

 空木を指さして、野沢がぎゃんぎゃんと喚き立てる。対して空木は何も言わず、笑顔を浮かべて、片手の掌を彼に向けた。そのままぐいっと掌を軽く押し出して「いえ、大丈夫です」というジェスチャーをしてみせる。

「バカにしてんのか!」

 実のところ、空木は迫りくる時に対して気を張り詰めていた。白骨死体を目の当たりにしても驚かないほどに。

「まあアッキーのことは後で私が慰めてやるとして」

「おい」

 野沢は不服そうに声を発したが、アマネの顎に手を当てる仕草を見て、黙ることにした。

「思うにこの死体は、玉依姫命を連れ去った空木家の男じゃないか?」

「どうしてそう思う。……何か特別な理由がなければこんな奥深くまで潜らないとは確かに思うが」

 野沢の質問にアマネは答える。

「よくよく考えてみなよ。仮にこの男が村まで生還していたのなら、玉依姫命を置き去りにした場所を皆に話して、救出する流れになるんじゃないか? だが伝書にはその記述はない。この男が村に戻れなかったからこそ、玉依姫命が置き去りにされた正確な距離を測れず、救出に乗り出せなかったのかもしれない。

 ……そしてこの事柄から推測されることだが、玉依姫命はここから遥か遠くに捨て置かれたか、もうじき彼女と対面出来るかのどちらかということだ」

 アマネの言葉に空木が身を固くしたのが分かった。心臓の鼓動も早まったのか、肩で息をしている。


 空木家の男と思われる白骨死体から十分ほど歩いた頃。

 遠くに石ではない何かが転がっているのが分かった。アマネの推測通り玉依姫命かと皆思ったが、彼女の気配は徐々に近づいているとはいえ、まだ遠い印象だった。

 近づいてみると、やはり白骨死体。……ではこの死体は誰のものかなのか。頭を悩ませる野沢の肩にアマネが手を乗せる。

「救出運動は密かに起こっていたんだよ。自責の念に囚われた空木の者なのか、勇猛な村民なのかまでは正確ではないが、人知れず潜ったところから前者だとは思う。松明の燃えカスが残っていれば、ある程度の本数を割り出して、松明の燃焼時間から移動距離を推測出来たんだが。太古の時代だからな……残っているわけがないな」

 彼女はお手上げだと言わんばかりに、両手を肩まで持ち上げる。空木は安堵したかのような表情を浮かべていた。

 ……と、ここでアマネが一つの疑問に辿り着く。

「考えうる死因とすれば、途中で大きな怪我を負ったこと。あるいは松明の燃焼時間を誤り、洞窟を脱出するまでに全てを使い切ってしまったことだが」

 アマネはちらりと白骨死体を見やる。

「果たして、二人の人物がこうも立て続けに同じミスを侵すか? しかもこんな十分も満たない距離だ。どちらかの人物は、もう片方の人物を見ている可能性が高い。……いや、もしくは二人組だったのか? だとしても、十分の距離を離れていた理由が分からない。とすれば、やはり別々のタイミングに単身で来ている方が有力……」

 ぶつぶつと推理を展開しているアマネの肩が、ぐいっと引っ張られた。

「おいアマネ! なんか来る!」

 我に返ったのも束の間、猛烈に迫りくる瘴気にアマネは身構えた。テラ公も悪い気配を察したのか、両手を後ろで組んで前を見据えた。空木に至っては、両腕で体を抱きかかえブルブルと震えている。

 この場にいる誰もが、玉依姫命の仕業であると勘付いていた。

「はっ! ようやく長い長い推理パートも終了ってか! かかってこいやあ!」

「余裕ぶっこいてる場合じゃねえだろ!」

 野沢が叫ぶアマネの頭を引っ叩いた。すぱん! という小気味いい音が響き渡る。

「アッキーだって、こんな状況で頭叩くとか余裕だよね」

「余裕ないから叩くんだろうが」

「いーや! 叩く角度が完璧すぎですー。絶対わざと良い音だそうとしてましたー」

「うるせえなあ! 確かに良い音を出そうとはしたよ! ごめんね!」

 テラ公が二人の痴話喧嘩に冷めた視線を送り始めたころ、紫色の煙のようなものが凄まじい速度で迫ってきた。さながら人を呑み込まんとする津波だ。

「受け止める準備はいいかね相棒!」

「上等だ!」

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