誰よりもスゴイヤツ
「先生!」
野沢が公然わいせつ罪で警察にしょっ引かれ、校門前に止まっているパトカーに乗り込もうとしたところへ、田中がやってきた。
「おう田中か。今日は良くやった」
彼はわしゃわしゃと田中の頭を撫でた。
「……あの、先生。僕、なんだかおかしいんです」
田中が胸の辺りを抑えて俯く。
「どうした?」
「なんか、その、悔しいとかそういうんじゃなくて。なんか胸の奥が暖かいというか、ドキドキというか、ワクワクというか、顔が熱いし……不思議な気持ちなんです」
彼は田中の頭をさらに強くわしゃわしゃと撫でてやった。
「それが嬉しくて恥ずかしいって気持ちだよ。……もうお前は恥知らずじゃない。もっと素直に笑って、怒って、恥ずかしがって良いんだ」
さらにさらに強く撫でる。
「お前は中二病じゃない。他の人が出来ないスゴイことが出来る人間だ。もっと胸を張れ」
「……でも先生、僕これからどうしたら」
野沢は田中の後ろを指さした。田中も釣られて後ろを振り返る。
「ほら、お前に話しかけたそうな奴らを見ろ。世界は一年B組だけじゃないんだぜ。きっと良い友達になってくれるさ」
「ねえアッキー。そろそろ出るってさ」
後部座席に座っているアマネに声を掛けられる。そろそろ妖力が限界なのだろう。
「もう一度言うが、胸を張れ。お前は自分らしく生きて良いんだよ。好きなだけ絵を描け。一生懸命になれるものがあるだけで、お前は一年B組の誰よりもスゴイヤツなんだぜ」
「……はい。あの、本当にありがとうございました。えっと面会行きます!」
「おう、待ってるぜ」
車内にアマネの驚嘆の声が響き渡った。
「いやー! アッキーたっぷりかっこつけたなー。《一年B組の誰よりもスゴイヤツなんだぜ》、《おう、待ってるぜ》。いやー! かっこいいわー!」
と、二人が乗っていたパトカーが一般乗用車に変わる。運転は相変わらずアマネの分身のままである。アマネがぐたりと背もたれに倒れ込んだ。
「あー。さすがにしんどいな。分身毛筆だけでも妖力をバカ食いすんのに、姿見シールまで使うことになるとは」
妖具が効力を発揮している間は、妖力を継続的に消費する。妖具毎に消費量は違うが、分身を作り出して個別に操作出来る分身毛筆と、シールを貼り付けた同型のモノに外見を入れ替えることが出来る姿見シールは、消費量が大きい妖具だった。
「でもなんで、そんなに田中くんを気にかけてたんです? 露出狂が憑依していたメンズブラは、大勢の女子高校生の前で披露されれば除霊できたんだぜ? 別に田中くん抜きでも問題ありませんでしたよね? 才能研究なんていうアイデアも、わざわざ文化祭のステージで披露する必要も無かったはずだ」
彼女は一旦言葉を切り、ふうと短くため息を吐いて足を組んだ。野沢が何も答えないのを見て、改めて口を動かす。
「本当は校舎見学の一日で、全てを片付けるはずだったのになあ。私が専修免許状をもってなかったらどうするつもりだったんだね? 最近は教員免許の偽造対策も進んで、文部科学省に正規の教員免許保持者であるかの確認をするところも多いんだぜ?」
「俺的にはお前が教員免許を持っていることに驚きだったけどな」
アマネは父親探しをする過程で必要になると思い、地理歴史を専修した。その過程で教員免許も取得していた。大学院博士課程まで修了し、二十七歳で友人町に戻ってきて妖怪研究事務所を立ち上げたらしい。
野沢がアマネと出逢ったあの日は、彼女が友人町に戻ってきて間もない頃だった。
「まあ教員免許のことは置いておこう。私は田中くんのことが知りたいなあ?」
アマネの詰問に、彼はバツが悪そうに窓の外に顔を向けた。
「俺も昔、あんな時があったんだよ。スランプっつうか。自信が持てないっつうか、な」
「へー」
くすっと笑ったアマネが後部座席から身を乗り出して、頭の上に顎を乗せてきた。彼は煩わしそうにしながらも、どける素振りは見せない。
「貴重な才能を潰したくなかった。それだけだ」
「ほー」
アマネの分身が運転する車は、彼らの本拠地に向かって進んでいく。車内のバックミラーには、田中が三人の男女と照れくさそうに会話をする姿が小さく写り込んでいた。
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