日比谷大河の逡巡

落下する青

 『君みたいな変な子と、話してあげる』


 

 なんで……どうして。

 ボクは意味がわからない。

 椎名の言葉も、椎名の軽蔑した目も全て、ボクにはわからなかった。


 「ねぇ、椎名……」

 

 ボクが言う、その前に、椎名はボクの前から消えた。ボクは立ち尽くすことしかできなかった。結局、ボクはいつも、一人だった。


         * * *       

 

 外の雪を蹴るようにして歩いた。

 ボクの家はみんなとは逆方向だった。

 だからいつも一人、下を向いて歩いた。


 溶け出した雪に靴が濡れて、冷たい。

 それでも、ボクはよかった。

 何回も雪を蹴った。

 民家の前の雪だるま、だって壊した。


 死にたい、死にたい、死にたい。

 ボクは思った。

 不幸しかない人生なんていらない、と思った。ボクは家に帰ってから、隣町の『天空タワー』に向かった。


        * * *


 平日の夕方、人はまばらだった。

 ボクは入場料を払って、天空に登る。


 エレベーターがチン、となって降りると、目の前は、まさに天空だった。

 小さな家に、米粒のような人間。

 まるでおもちゃみたいに、小さな世界だった。


 ボクはそこから階段でさらに上に登る。

 ボクの本当の目的地はこの上だった。


 一歩、また一歩。

 そうやって鉄の階段を登る。

 まるで、天国に向かっているみたいだった。


 五分して、ボクは着く。

 そこは、少し肌寒く、風がふいていた。

 雪はもう降ってなかった。


 ここは屋上展望台だ。

 上を見れば空だし、周りを見ても柵で囲われているだけだった。

 もう、ボクを囲う壁はなかった。


 周りには人が二、三人しかいなかった。

 それも当然でここは、とてつもなく寒い。


 ボクは濡れた靴のまま、柵をつかんで下を見た。辛うじて人の姿が見えた。

 

 ボクは一つ息を吐き、心を決める。 

 別に、怖くなんかない。

 簡単なことだ。


 ボクは手に力を込めて、柵を越える。

 柵を後ろ手に掴みながら、二十センチほどのへりに足を乗せて、下を見下ろす。


 高かった。


 ボクはその時、足が震えた。

 早く飛ばなくちゃ、と思った。

 後ろから「やめなさい!」と声があがった。


 早くしなきゃ。はやく、しないと。

 ボクは掴んでいる手の、力を緩める。

 そして、手をはなす──はず、だった。


 ボクは、手に力を込めていた。

 その手は、確かに震えていた。

 なんでだろうか、ボクは死ねなかった。


 手を、後ろから掴まれる。

 警備員の男がボクに何かを言った。


 ボクは死ねなかった。

 そのことに絶望して、やっぱり自分は何もできないんだ、と思った。本当に、ボクはどうしようもない、クソみたいな人間だった。


 死にたい。

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