始まりの色

 そんな、ボクにある日友達ができた。

 その友達の名は椎名美鈴しいなみすずという。


 椎名とは図書館で出会った。

 いや、出会ったというより知り合った。

 

 前々から図書館によくいるボクは、同じようによく図書館にいる椎名を認識してはいたけど、上級生なのか、下級生なのか、はたまた同級生なのか分からず、声をかけようともしなかった。


 だから、ボクと椎名は偶然、知り合った。


 運命と呼べるほどの偶然ではないけど、幸運と呼べるほどのそれなりの偶然ではあった。今からちょうど半月前のことだ。


        * * *


 「日比谷くん......ですか?」

 本に集中していて、尚且つ話しかけられるのに慣れていなかったボクは、そのとき椎名を無視してしまった。


 だから椎名はボクの肩をトントンと叩いた。そうしてやっと元の世界に戻ったボクは後ろを振り返る。

 

 「あの、日比谷くんですよね?」

 「...............」

 ボクはまたしても椎名を無視した。

 いや、違う、返答出来なかったのだ。

 まさか、あの美少女が話しかけてくると、ボクは微塵も思ってなかったからだ。

 

 「日比谷くん、でしょ?」

 「はい、そうです」

 さすがに三度目はダメだと思い、僕は素直に答える。すると椎名は嬉しそうに笑った。


 「やった、やっぱりそうだった」


 ボクは何のことだか、頭に?を浮かべる。


 「これ、君のでしょ」

 そう言って渡されたのは栞だった。

 少し前になくて困ってた奴だ。

 ボクはありがとう、と礼を言う前に一つ気になった。


 「なんでわかったの?」

 ボクは栞に名前を書いた覚えもないし、もちろん彼女に名前を教えた覚えもない。

 しかも、ボクは彼女の名前すらしらない。


 「日比谷くんってさ、ファンタジー小説好きでしょ?」

 「まあ、どちらかといえば」

 「私も好きなんだよね」

 そこでボクは気づいた。

 彼女の名前も、彼女がボクの名前を知っている理由もわかった。


 「もしかして椎名美鈴さん、ですか?」

 「正解。君も気づいてたんだ」


 椎名は嬉しいそうに目を細めた。

 やっぱり、可愛い。

 

 ボクが彼女の名前を知っていたのは、この図書館が図書カード制だからだ。


 図書カード制というのは、本を借りる時にその本に備え付けられたカードに自分の名前を書くというこの高校の借り方だ。


 それは本に破損があった時に、誰がやったか分かるようにするためのルールなのだけど、ボクが借りる本の半分には椎名美鈴という名が書いてあるのだ。


 つまり、本の趣味が極端に似ている。


 彼女がボクを日比谷だと分かったのは、その趣味が似ている人が誰か、観察していたのだろう。


 「ありがとう。無くしてて困ってた」

 「全然大丈夫。それより日比谷くんを見つけられて嬉しいよ」

 ボクを見つけられて嬉しい、なんていわれるものだから顔が紅潮しそうになる。

 でも、恥ずかしいから、なんとか抑えた。


 「ねえ、チョコレート・アンダーグラウンドのスマッジャーって......」  

 椎名はボクに小説の感想交流を求めてきた。もちろんチョコレート・アンダーグラウンドは読んだが、確認もせずに聞く椎名が幼い子供のように見えた。


        * * *

 

 ボク達はすぐに打ち解けた。

 話していく内に本当に好きな本とか、好きな作者が全く同じで、意気投合し、そして、その日以降もよく話すようになった。

 

 今日もまた、椎名はボクの隣で本を読んでいる。ボクも、もちろん本に目を落としているのだけど、椎名が気になってそれどころかじゃなかった。

 

 凛とした瞳に、西洋人のように高い鼻、そして桜色の薄い唇。きりりとした輪郭に幼さを残した顔立ちは、どんな女優と比べても似て非なる華やかさを椎名は持っている。


 つまり、椎名は幸せに生きる人、な訳だ。


 容姿さえ良ければ人は幸せに生きれる。


 なのに、なぜ椎名は本なんか読んでいる?

 現実に満足してる人が、なんで虚構に手を伸ばして、掴もうとする?


 ボクは椎名に出会ったときから、ずっとそれが頭に引っかかっていた。


 「椎名はなんで本なんて読んでるの?」


 ボクは聞いた。彼女が本から目を離し、

 ボクを真っ直ぐに見つめる。

 椎名は息を吸って、そして、言った。


   「この世界が、大嫌いだから」

 


  

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