第30話

 「あー、楽しかったけど、僕ら何しに来たんすかね?」

 それを言ってしまったら終わりのような気もするけど、一応ちゃんと出勤はしている。


 「まあ、いいだろ。とりあえず帰ろう。送ってくよ、外は危険だから」

 夜、一人で緑の光を振りまいて歩くのは自殺行為に近い。

 どこかで死に怯えている人間が、いつ殺しに来るか分からないのだ。


 「いいんすか? お願い致します」

 高木は丁寧に頭を下げた。

 やはり、礼儀の良い奴だ。

 

        * * *


 高木の家は徒歩十分の位置にあった。

 クリーム色の二階建てのアパートで、程よくきれいで高卒一年目に相応しい家だった。


 高木は今日も会社まで自転車で出勤したため、高木は自転車を押して、僕は青い光を見せつけるようにして、ここまで歩いてきた。


 「今日はありがとうございました」

 また、丁寧すぎるお辞儀。

 「いや、いいんだ。それより明日からは、よく気をつけて来いよ」


 「はい! 雅さんも、気をつけて」

 僕は何に気をつけていいか分からないけど、とりあえずおやすみを言って、高木と別れる。

 

 帰り道も、緑の人に会うことはなかった。

 この手が光り始めた頃と同じように。

 

 ただ、一つだけ違うことは、手が紫に光る人がいるということだ。殺される緊張感に解放されたのか、悠然と道を歩いていた。


 人を殺しておいて、なんて顔だ。

 前から来る紫のチャラついた男は、髪の毛をいじりながら鼻歌を歌っていた。


 人を殺してんだぞ、おかしいだろ。

 そう、口から出そうになるのを懸命に堪え、通り過ぎるまで僕は息をしなかった。


 やっぱりおかしいだろ、こんなの。

 人を殺した奴がのうのうと、人を殺してない人より快適に生きているんだ。

 絶対におかしい、狂ってる。

 

 誰にもぶつけられない怒りを背負って、僕は家に帰った。


 「お帰り」


 家に帰ると、背負ったものが軽くなる気がする。本当に重力が減ったんじゃないかって思うくらい。


 「ただいま」

 「どうだった?」

 「紫の奴がほとんどで、緑の人はほとんどいない。みんな怯えてる」

 まあ、高木は別だけど。

 「そうか」

 父さんはそう言って、台所にいく。

 

 僕はとりあえず鞄を自室に置いて、スーツを着替えてから、またリビングに戻った。


 「えっ、なにこれ?」

 思わず普通に驚いてしまった。

 なぜなら、食卓に見慣れない料理が置かれていたからだ。


 一瞬、カレーかと思ったそれは、パセリが振りかけられ、お洒落な葉っぱが乗っていた。

 「ああ、これはビーフストロガノフだ」

 ビーフストロガノフ?

 何それ? 聞いたことあるけど何料理だ?


 「母さんどうしたの、今日誕生日だっけ」

 僕は四月、父さんは八月、母さんは九月生まれだったはずだけれど。


 「これ、私が作ったんじゃないよ」

 「えっ、買ってきたの? 危ないよ」

 「.........俺が作ったんだ」

 あの寡黙な父さんが名乗りでた。


 えっ..................すごい。

 父さんすごいな!


 「暇で暇で仕方なかったんだ。六時間煮込んであるから、美味しいはずだ」


 六時間.........すごい。

 一日の四分の一を料理に捧げるなんて、もはや料理人だ。


 僕は手を合わせて、ビーフストロガノフをスプーンで口に運ぶ。

 .........おいしい。いや、おいしい。


 なんだろうすごい美味しい。

 こんな美味しいの初めてだ。


 父さんは本当にすごい人だ。

 なんでもできる。


 本当に美味しい。

 なんでこんなに美味しいのだろう。

 

 本当に美味しい。

 僕は、一気に食べてしまい、おかわりもした。味覚でこんなに幸福になったのは初めてだ。歯を磨きたくないくらいおいしい。


 まあ、結局、僕は歯を磨いて、寝た。


 背負っているものが、本当に消えてしまったみたいに、僕はすやすやと寝た。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.30


殺したくないのなら、死ね。

 

 


 

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