第28話

 帰路の間、僕は幾人もの死体を見た。

 死体の手の光はもう、消えていた。


 人々は様々な殺され方をされていた。

 刺殺、撲殺、殴殺、絞殺、轢殺。


 どれも、汚い殺され方だった。

 

 血が噴き出し、身体に穴が空き、苦しみ、悶えた死に顔を見て、僕は引きつる。

 市民一般では普通、きれいに口を濡らされた死体しか見ることがない。僕もそうだ。


 普通は見ることのないはずの顔だ。

 殺された人の顔など。

 

 僕はトラウマになりそうになるのを、必死にこらえ前に進む。

 前に進むことが、今、僕のやるべきこと。

 

 前に進み、新しい死体が姿を表し、吐きそうになるのを堪え、また前に進み、死を越える。それを何回か繰り返した頃、やっと我が家が見えた。


 僕は思いっきり、ほっと息を吐いた。

 吸った酸素が一瞬で、すべて二酸化炭素になるくらい、思いっきり。

 それくらい僕は安心した。

 変わらない世界があることに。


 僕は鍵を出し、開ける。

 唯一の心配は父さんの安否だ。


 後ろでほっと息を吐く母さんと、聡明な父さんがいれば僕の世界は変わらない。

 母さんと父さんさえいれば、いつも通り家族で、みんなで、笑って過ごせる。


 僕はおそるおそる、でもいつものように、リビングに続く引き戸を開ける。 

 いつも通り、無愛想な「お帰り」が聞こえるように。

  

 「お帰り、雅人、母さん」


 父さんはいつも通り、椅子に座っていた。

 僕はこの地球の酸素がなくなるぐらい息を吸って、そしてこの地球を二酸化炭素で覆うぐらい大きく息を吐いた。


 「ただいま、父さん」


 僕はあえて普通にただいまを言った。

 不変であることを否定したくなかった。


 「一体、何が起こってるんだ?」


 僕はそれに答えるより先に、倒れそうな母をソファーまで連れて、寝るように促す。 

 

 「僕もよく分からない。分かるのは日比谷が人目のつく所で人を殺して、殺されるのを恐れた人達が連鎖的に人を殺していったってことぐらいかな.........」

 言いながら母に毛布をかける。

 母さんのショックはきっと僕の何倍も大きく、今にも吐きそうな顔をしていた。


 「母さんはとりあえず寝てて」

 寝れるはずないけど、起きているよりはきっと楽だ。


 僕はテーブルを挟んで父さんの反対側の椅子に座る。聞きたいことがあった。


 「ねえ、父さん。この連鎖を止めるにはどうすればいい?」

 無茶な質問だということは分かっている。

 でも父さんなら、と僕は聞いた。


 「この連鎖を止めるは.........まず日比谷を止めることだ。もし、日比谷が故意に人目のつくところで人を殺しているとしたら、日比谷を止めなきゃ止まることはない」


 でも、日比谷は殺せない。

 例え、僕が同じ青色でも。


 「だから、ほぼ、止めることは不可能だ。殺しの連鎖は広がっていく、雅人がどうにかできるようなことではない」

 

 「そっか......ありがとう、父さん」

 父さんが言うのだからきっと無理だ。

 殺されるのを恐れた人が人を殺し、そしてそれが連鎖的に広がっていく。それをどう止めようがあるのだろう。


        * * *


 僕はその夜、日比谷のことを考えた。

 なんで、人目のつく所でわざわざ人を殺したのか。今まで殺さなかったのはなぜか。

 僕は日比谷の気持ちが全く、一欠片も理解できない。まあ、人を殺す奴の気持ちなんて分かりたくもないが。


 僕は日比谷からもらったナイフを出して、それを眺めてみた。

 龍の柄とか、その下にあるネームペンで書かれた─日比谷大河─とか、刃に映る歪んだ自分の顔とか。


 眺めていると、いつの間にか寝ていた。


        * * *

 【三月一日】

 朝になって、覚醒して、僕は目を開ける。


 僕の手は、まだナイフを掴んでいた。

 


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.28


世界から銃が消えたなら、人はナイフで人を殺すだろう。

世界から銃とナイフが消えたなら、人は木の棒で人を殺すだろう。

世界から銃とナイフと木の棒が消えたなら、人は拳で人を殺すだろう。

この世界から何が消えようとも人は容易に殺せる。ただ一つ、必要なのは動機だ。

 

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