第26話
湧き上がる悲鳴と、そこから逃げ惑う人たちの喧騒。そして、刺された大道芸人が倒れる音。
さっきまでの和やかな空間は、一瞬の内に地獄絵図に変わる。
僕は刺した男を見る。
男の手の色が、緑から紫に変わるのがはっきりと僕の目に映った。
その時、言葉に表せない怒りが湧き上がってきた。
僕は男のところまで行き、男の胸ぐらを掴む。男は人を殺しておいて、悲壮な顔をしていた。お前がそんな顔するな。
「おい、お前。なんで殺した」
男は引きつった顔を横に揺らすだけで、口を開けようともしなかった。
「お前に聞いてんだよ! なんで殺した?」
「仕方なかったんだ! 俺だって殺したくなかった......でも仕方ないんだ.........」
男はナイフを下に落とし、うなだれたように脱力した。僕は胸ぐらを放す。
「なにが、あったんだ?」
人を殺すのに仕方ないなんてことはない。
でも、男は日比谷の笑みとは違う、力のない表情をしていた。
「あっちで人が殺された。青い光を持った奴が刃物を振り回して人を殺していんだ......だから俺も殺されてしまうと思ってここに逃げて、護身用で持っていたナイフで、咄嗟に殺してしまった。」
青い光を持った奴。
「.........本当にすまないと思ってる」
青い光を持った奴。
日比谷大河。
僕はとにかく椅子にくっついたように固まっている母のもとに戻った。
「母さんここは危ない、逃げるよ」
母は固まったまま動かない。
「母さん! ここにいたら母さんまで殺される。あの人はもう死んだ。仕方ないんだ」
やっと、母さんは椅子から立つ。
「なにが、起こってるの?」
「人が人を殺してそれが伝染してる。自分が殺されたくないからって人を殺しているんだ」
もう、フードコートには人はいない。
慌てて逃げた人たちが倒した椅子だけが異様に横たわっていた。
「あの人、死んだの?」
「ああ、死んだ」
僕は母さんを手を引き、無理やりフードコートから出る。外に出るにはまずエスカレーターで一階に降りないといけない。
でも、エスカレーターには大量の人。
並んで待っていては五分はかかる。
「とりあえず隠れよう」
僕と母は障害者専用トイレに入って鍵をしめた。青い僕ならきっと守れるかもしれないが、母に人が人を殺すところを見せたくなかった。母は何よりもそういうことに傷つきやすい。
「どういうこと?」
母の声は震えていて、か細く小さい。
「たぶん始まったんだ」
正直、僕もよく分からない。
なぜ急に殺し合いが始まったのか。
僕は高木に電話をした。
『もしもし、高木?』
『ああ、雅さん』
『今、何か異変があるか?』
『道路に死体がいます』
『何が起こってるんだ?』
『Twitterによると、青い少年がいろいろなところに出没して殺してるみたいっす』
やっぱり日比谷か。
『ありがとう、高木』
僕は電話を切る。
次に父さんに電話する。
『雅人、どうした?』
やっぱり父さんは知らない。
『父さん、今どこ?』
『今は公園にいる。佐久間さんと将棋指してるから、できるだけ手短に話してくれ』
『分かった。今、日比谷が人を殺してる。だからすぐに家に帰って。それから緑の人も殺してくるかもしれないから気をつけて』
『そうか.........分かった。すぐ帰る』
『お願い』
僕は電話を切る。
僕に今できることはもうない。
この五分で外の世界がどうなっているのか、それは扉を開けてみないと分からない。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.26
人は死んでから死を認識することはできない。つまり人間にとって〈死〉は存在しているようで存在していない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます