第25話
試着室の鏡を見る。
青い服と、手の青い光。
自分でも思うけど、やっぱり僕は青が似合う。
僕は、カーテンを開けて母の感想を待つ。
反応はもちろん「似合ってる」だった。
* * *
結局、この青い服と、高めのコートを母に買ってもらった。母さんは自分の服は買わずに父さんの服を買っていった。
服屋を出ると、感じいい店員の挨拶が後ろから聞こえた。
「次は.........昼ご飯だね」
さすがの母も空腹には勝てないようだ。
僕らはフードコートに行き、様々な食事処を見渡した。
ラーメン、ハンバーガー、うどん、ピザ、寿司、牛丼、カレーそしてアイスクリーム。
たぶんだけど、全日本国民がここにきても「食べたい物がないっ!」と言い出す人はだれもいないだろう。.........たぶん。
「母さんは何食べる?」
聞いておいてなんだけど、母さんは基本的に健康志向だから、冬野菜カレーとか野菜たっぷりラーメンあたりだろうと、僕は勝手に思っていた。
だから母の返答には少し驚いた。
「ビックマックセット」
えっ、ビックマック、セット?
「母さんビックマックってビックだよ?」
「いや、それくらいさすがに分かるわ」
母さんは分かっていてビックマックセットを食べるらしい。どうしたのだろう。
前まで胃がもたれるとか言ってたのに。
「最近、外食とか出来なかったから、無性に食べたくなって......あーあ、健康売っちゃったよ」
母さんはこれから健康を売るらしい。
よく分からない表現も母さんの内だ。
僕は結局、釜玉うどんにした。
蕎麦が食べたかったけど、なかったものは仕方がない。僕は釜玉うどんを、母さんと、ビックマックセットが待つテーブルまで運んだ。
母はもう、とっくに健康を売って、ビックマックを口に入れていた。
健康を売ったわりには、母さんは幸せそうにかじっている。健康とはなんだろう、なんて僕は思ったりした。
「おいしい」と言ったきり、母は口を開かずただ黙々と口に物を入れていた。
だから、スガキヤの呼び出し音や、あたりの話し声が直接耳に入る。
「昨日学校でさー」とか「デェープインパクトが穴場だから......」とか「もっと遊びたいー、やだ帰らない」だとか。平和な会話が釜玉うどん食べてる青い僕の耳に届く。
なんか、もう、平和だ。
結局、あれ以来日比谷を見ていないし、もちろん死体も見ていない。
国の政策は失敗だ。
多少の死人と殺した人間がでただけで、この日常は変わってない。
最近は、僕に対する当たりがほんの少しだけど弱まってくれたし、何より周りの人の笑顔を見ることが多くなった。
きっとこのままもう、色なんかみんな無視して楽しく過ごせるんじゃないかって思う。
「えー、
フードコートの真ん中にあるステージで愛嬌のある笑顔、の大道芸人。
それを楽しそうに見る僕たち。
僕の愛する平和な風景。
それがここにはあった。
確実にこの場所に、僕のいる場所にあった──はずなのに一瞬でその風景は壊れた。
「おーい! 成功したよー! もっと拍手欲しいなー、もう一回いくよ!」
大道芸人が二回目のジャグリングを始め、僕たちが拍手をしようか、と拍手の準備をしていた。予定通り成功し先ほどより大きな拍手があがる。
「ありがとうごさいまーす! えー次はマジックをするんですが......ちょっとした手助けが必要で、だれか助手をしてくれるよーって方、前に出てきてください」
すると、三十代くらいの男性がどこからか全力で走ってきた。
「足速いですねー。お兄さん、それでは壇上に登ってこの箱を持ってもらっていいですか?」
快活な大道芸人に促され、男性は壇上に登って大道芸人のそばに立った。
さくらかと僕は一瞬思う。そこまでして目立ちたい三十代はそうはいないからだ。
そう思って見ていると、男はどこかに忍ばせていた刃物を大道芸人に向かって思い切り刺した。
あーなるほどね、これはショーなんだ。
あの人はさくらで、きっとあの刃物には何か仕掛けがあるんだ。
それでひやひやさせて「これがザ•イリュージョンさ!」とでも言うのだろう。
だが、その推理は大きく外れた。
大道芸人のソウが赤い血を流して、その場に倒れ、もう二度とあの甲高い声を発すことはなかったのだ。
緑と緑の殺し合いが、ついに始まった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
説明書 No.25
防衛本能というのは、闘争本能にも通じる。
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