第24話

 母はまず、電化製品コーナーに行った。


 「エアコンが最近調子悪いんだよね」


 そう言いながら、最新型エアコンを舐めまわすようにじっくりと眺め、店員さんに聞いたりもしていた。


 「これはもうちょっと安くならないですかね? 他の店舗より高い気がするんだけど」


 母さんの、主婦としての値引き交渉術はなかなかすごい。

 エアコン見るより先に、まず値引きできそうな店員に目星をつけるのが恒例のルーティーンである。


 「いや、しかし.........」と言っていた男の店員さんも今や母さんの術中にはまり、にこやかに値を引いてくれた。


 「あーでもごめんなさい。夫に確認してからまた買いきます」

 母が言うと、店員さんはにこやかにお辞儀した。

 

        * * *


 「最初から買うつもりなかったでしょ」 

 

 僕が見る限り、エアコンの調子はそれほど悪くないし、買うつもりだったら父さんも連れてきているはず。

 それに、母さんは値引き交渉を楽しんでいる節がある。


 「まあね。腕が鈍ってないか確認したかったんだよね。楽しかったよ」

 大人としてどうなのか、とは思うけれど母としての頼もしさは絶大である。


 「よし、次は服だな」

 母さんは大股で服屋ふくやに向かい、陽気に鼻歌を歌った。音痴な母の下手な歌が周りに降り注ぐ。もし漫画だったら大きさも形もバラバラの不恰好な音符が、周りの人に当たっているだろう。


 「うるさいよ」


 「あーうん。そういえばあんた服足りてる? 買ってあげるよ」

 服は.........ない。

 正直、まともな服が一着しかない。

 しかもその一着が一張羅いっちょうらと呼べるほど大層なものでもなく、はっきり言って困っていた。


 「お願いします」

 僕は母に頭を下げる。

 すると、母は満足げに笑って服屋に入っていった。なんだか、むかつく。


 「いらっしゃいませー」

 感じのいい女店員が一人、店を切り盛りしていた。高すぎず、安すぎず、丁度いい感じの店だった。


 母さんは「選んだる」と言って何着か服を探し、僕に試着させた。

 Tシャツからコートまで、様々な衣類を着させられた。

 「うーん、これも違うなぁ」

 それ言って母はまた探し、僕は試着する。


 次に出された服は青を基調としたストライプシャツ。

 ふと、懐かしみを感じた。

 確か昔、こんな感じの青いシャツを同じように母は僕に着せようとしていたことがあった。それで.........そうだ、それを僕は嫌がって喧嘩になったんだっけ。


 僕は青いシャツに着替えながら、遠い昔のことを思い返した。


        * * *


 ──十五年前くらいかな。

   今と同じ様に服を選んでた。

 

 「あんたやっぱり青似合うなー」

 母さんはぼくの姿を見て言った。

 正直、全然嬉しくなかった。


 「やだよー。ぼく、赤が着たい」

 ぼくは人目もはばからず青のシャツ脱ぎ、上半身裸のまま赤いシャツを手に取って着た。

 

 「母さん、どう?」

 「うーん、赤はあんたには違うな」

 「えー、なんで」


 ぼくは赤が好きだ。

 日曜日に放送する剣闘戦隊けんとうせんたいケントウジャーのレッドがカッコ良くて、好きな色は赤で着たい服も赤だった。


 レッドは格好いい。誰よりも仲間を大切にして、そして最強なんだ。

 だから勿論もちろん、ともだちと戦隊ごっこをするときは真っ先にレッドに立候補するんだけど.........「まさくんは頭いいし、クールだからブルーの方が似合ってるよ」と毎回言われ、毎回やりたくもない冷静なブルーに役を回される。


 だから、服だけでも冷たいブルーじゃなくて仲間思いの最強なレッドが良かった。


 「やっぱり青があんたは格好いいよ」

 そう言って母さんは青い服をレジに持っていこうとした。

 「母さん待って! お願い!」

 ぼくが叫んだのが珍しかったのか、母さんは目を見開いて振り返った。


 「お願い! 赤がいいんだ!」

 ぼくの声と思いが伝わったのか、母は赤い服を手に取ってこちらに向き直った。

 

 「雅人、お前には青が似合う。どっからどう見たって青が似合う。それでもあんたは赤がいいって言うんだね?」


 青の方がぼくに似合っている。

 それは自分でも分かる。

 赤は自分に似合ってないことも。

 でも.........でも、ぼくは............

 ぼくは逡巡しゅんじゅんした。


 赤にすることで自分は損をする。

 それでもいいのか?

 でも、ぼくは赤が着たい。

 どうしようか?

 相手が不快でない色を選ぶべきか、それとも自分の好きな色を選ぶべきか。


 ぼくは.........ぼくは、

 「ぼくっ! 赤にする!」


 店内中に響き渡った声を母は全て受け止めて、優しく笑って頷いてくれた。


 今思えばなんでそこまで赤にこだわったのか分からないけど、そのとき僕は自分のために色を選んでいたことは思い出せた。




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

説明書 No.24


人類は生命を殺して生き抜いてきた。

自分が生きるために子孫を残すために殺す。

例えその生命が人間であったとしても。

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