第13話

 【一月、八日】

 

 今朝、窓外そうがいを見ると雪が降っていた。

 まだ、弱いながらも、一週間すれば膝の高さまで積もるだろう。

 僕は、山の雲行きを見て、そう推測する。

 

 山間部の近辺にあたる僕の実家は、冬になると少しばかり雪が降る。

 毎年毎年、雪かきを手伝わされ、そして翌日、筋肉痛に苦しまされていた僕は、天気予報よりも当たる勘を手に入れていた。


 「おはよう」


 僕は自室から出て、階段をおりて、両親に軽く挨拶をして、まず歯を磨く。


 歯は朝食後より、朝食前に磨いた方が良い。

 これは単なる勘ではなく、科学的に証明されたものだ。食後、口の中が酸性のまま歯を磨くと、歯が傷つき、虫歯になりやすい。


 だから僕は、朝一番に歯を磨く。


 スッキリとした口内ですっと息を吸うと、清涼感が肺まで届いて、非常に気持ちがいいし、何より気分がいい。


 歯を磨き終えた僕は、朝食を食べ、かばんに書類を突っ込み、支度をした。


 今日は、僕も会社に行く。


 年始休暇が終わり、ついに僕も仕事始めの日がやってきたのだ。


 「雅人、そろそろ行こう」


 「ああ、そうだね」

 僕と父は家から出て、会社に向かった。


        * * *


 僕らは、今までと同じように駅から会社に向かい、父さんが会社に入るのを見届けて、僕は自分の会社に歩いて向かった。


 僕と父の会社は徒歩5分の近さで、父の無事を見届けてからでも十分間に合う距離だった。


 「じゃあな、父さん」


 「ああ、雅人もがんばれよ」


 軽く互いを励まし合い、仕事に向かう。

 

 てくてくと、僕は歩いた。


 歩いていると分かるのだけど、道を歩く人が以前より増えた。

 緑に光る人達も、少し周りを警戒しながら会社やスーパーに歩いていく。

 

 これでいいんだ。


 この国の政策で死ぬのは、最低で百人。

 言っちゃ悪いけど、百人なんて誤差の範囲だ。このまま何も起こらなければ、みんなが緑のまま生きて、僕ら青色が首相に殺される。

  

 ──おっさんさ、もしかして一人も殺さないでいる気?

 例の少年──日比谷の言葉。

 

 ............図星だった。


 僕は、もう決めていた。

 これが、僕が死ぬことが、最善策であることを信じて。この選択は間違ってないことを信じて。僕は死ぬことを決めていた。


 「..........あっ!」


 目の前で歩いていた女性が、僕の手を、僕の青い手を見て、声をあげて逃げていった。


 「............なんでだよ」


 分かってる........分かってるはず。

 僕は、もう緑の人とは関われないことを。


 でも、どうしてもこの理不尽な世界に、狂っている世界に、僕は喧嘩を売りたくなる。

 僕はみんなのために死ぬ。

 だけどみんなは僕を、まるで人殺しのような目で見てくる。

 

 あまりにも理不尽で、狂っていると思わないか? 


 だから、少し心が揺れる。


 緑の奴、全員殺してやろうか、なんて考えたこともある。

   

 でも、当たり前じゃないか?


 僕の、人間として生きる権利を奪って、向けられた友情や愛情も奪って、僕が何もしないとでも思っているのだろうか。


 この国に、そしてクソみたいな人間に。

 なにかしてやりたいと、僕は思った。

 

 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

説明書 No.13


手袋をするなど、その者の色が分からなくなる行為は禁止とし、破った場合は国が処罰するものとする。

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