幼馴染バッテリー

 

『 ピッチャー、北見 』


 アナウンスに神宮が揺れた。


 怒涛の響めきがスタンドを震わせた。


 そして悲鳴のような叫声。


 ・・・何事 ?


 名峰応援席のある三塁側だけじゃなく、何処もかしこも、中京応援席のこっち側まで狂喜乱舞している奴が何人もいた。

 しかもスタンドは異常な女性率。


「これは野球をする雰囲気じゃないネ」


 右隣でジョーが苦笑いしている。


「わっくんも大変だね」


 ヒロが左隣で目をショボつかせた。


 


 北見将剛。


 去年の甲子園優勝投手。

 決勝で球速161キロを記録し、ノーヒットノーランを達成。

 しかも死球でランナーをひとり許しただけの、準パーフェクト。

 さらに23奪三振で甲子園記録まで更新してしまった天才投手。

 

 そしてこの春 “ 無敵艦隊 ” 名峰大に進学。

 大学デビュー戦でいきなり163キロを叩き出し、あっと言う間に名峰のエースと呼ばれるようになった一年坊主。

 まさに正真正銘の国民的大スター。

 

「160キロ対決って日本初だな。プロでも同じマウンドでの記録はない」


 俺の後ろに座る島が、得意のウンチクを披露した。


「MAX159を出したばかりの西崎には見たくもない対決か ?」


 そう言って振り向くと、後ろに居たはずの西崎が消えていた。


「あっち」


 ヒロが上の方を指差した。


 そこには中京応援メガホンを持って、幸せそうに3人の女に囲まれて、ニヤケている巨大なユニフォーム姿があった。


 ・・・グランドなんか、全然見てネー



 初回


 マウンドの和倉は堂々としていた。

 名峰に対する気負いも迷いも、まったく感じられない。


 150キロ台後半のフォーシームと高速スライダーシモボールでカウントを整え、ウィニングショットは超高速スプリット。

 どれもしっかりとと四隅にコントロールされていた。


 和倉の立ち上がり、ツーアウトから3番の紀尾井に内野安打で出塁されるが、続く主砲の太刀川からはきっちりと三振を奪った。


 ・・・相変わらずいい雰囲気持ってる




 その裏の国民的大スターの立ち上がり。

 

 先頭バッターの初球。


 いきなり160キロ。


 表示の瞬間、スタンド全体が揺れた。


 ・・・確かにめちゃくちゃ速い


 しかし、初回に北見が投げたストレートはこの一球だけだった。

 確か甲子園でもそうだった。

 北見の配球は、七割が150キロ超のカットボールで占める。

 おそらくこのカットボールに、相当な自信を持っている。

 そして、ツーシーム、シンカー。

 このコンビネーションも絶妙だ。

 160キロを超えるストレートの投げ方そのままに、握りを変える。

 そうすれば右に曲がったり、左に曲がったり、落ちたり、たぶんそれだけの事。

 ブレ球を自由自在に操る天才。

 まあ、西崎なんかを毎日のように見ていると、あまり驚かなくもなってきた。


 160キロ超のストレートは、1イニング5球程度しか投げていない。

 ただし、バッターの脳裏にはこのストレートの残像が強烈に残っている。

 だから、超速カットボールや他の変化球が余計手に負えなくなるのだろう。


 初回、中京打線は北見にあっさりと三人で片付けられてしまった。



 俺らの三つ前の列、一番右の端っこ。

 大沢がひとりでポツンと、大きな体を丸めている。


 ・・・


「次の対戦相手のスタンドでナンパする奴、昼寝する奴。ウチはホント緊張感がないな」


「秋時なら起きてるよ」


 俺の呟きにヒロがすぐに反応した。


「いや、昼寝だろ。あいつさっきからぜんぜん動いてねーぞ ?」


「秋時は集中してるんだ。昼寝に見えるかも知れないけど、いま必死だと思うよ」


「必死 ?」


「加治川と勝負しているんじゃないかな」


「名峰のキャッチャーと ? なんの ?」


「もちろん配球の」


 俺は思わずヒロの顔を見た。


「あのキャッチャーのリードってヤバいらしいよ。去年の甲子園の時から、秋時びっくり感心してた」


「あいつがびっくり感心って・・・」


 ・・・ありえん


 名峰のキャッチャー、加治川翔も一年。

 そして、甲子園を制覇した名峰大海南高校のキャプテン。

 北見とは幼馴染で、二人は5歳の時からバッテリーを組んでいる、というのはワイドショーの受け売りだ。


 まあ、一年の春から名峰のマスクを被るんだから、ヤバい奴である事は間違いないだろうが・・・


 


 試合は超ハイレベルの投手戦。 


 やはり期待通り、と言うか予想通りの凄まじい展開となった。


 まさしく二人の奪三振ショー。


 だがやはり打線は名峰が一枚上手か。

 回を重ねるにしたがって、和倉のセットポジションの機会が増えていく。


 しかしそこは和倉。

 ギアを一段上げて、ピンチを淡々と凌ぐ。


 6回に迎えたノーアウト二塁の場面では、3番紀尾井、4番太刀川、5番葛城を三連続フライアウト。

 葛城を打ち取ったフォーシームが遂に161キロを計測した。

 日本初の160キロ対決を現実のものとしたのだった。


 一方、北見はその裏を簡単に三者凡退で終わらせる。


 試合は6回を終わって0 ー 0。


 打者18人。

 ここまで北見はひとりのランナーも許していない。


 そして球場の感心は、もっぱら和倉vs名峰打線に絞られてきたようだった。

 すなわち、王者が和倉をどう攻略するか、和倉は王者をどう抑えるか。


 逆に言えば、中京打線には到底北見を攻略出来そうもない、という空気になっていたと言うことだ。



「これはやっぱり打力の差か ?」


 素直にヒロに訊いてみた。


「たぶん一番はキャッチャーの差かな」


「加治川の配球 ?」


「うん、勿論ピッチャーが凄いのだけど、キャッチャーが打者心理を完全に読んで、手玉に取ってる」


「まるで大沢みたいだな。そう言えば幼馴染バッテリーっていうもの一緒だな」


「そうだね。・・・ぼくも加治川みたいに大きくてうまかったら、秋時だって甲子園の優勝投手だったかもね」


「大沢が ? 」「ピッチャー ?」


 俺とジョーの同じリアクションを見て、ヒロが寂しそうに笑った。




 

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