いやはやなんとも
“ バン ” ?
・・・違うな
“ ダン ”
・・・とも違う
“ ズン ” と “ ダン ”
・・・その中間音か ?
大沢のミットが立てる音は、やはりどこか異質だった。
154キロ表示。
これもおかしい。
とても154も出ているように見えない。
伸びがない。
スピン量が極端に少ない。
まるで小学生が投げる球筋。
だが・・・
打席に立つと西崎のインコースは恐怖だ。
唸りを上げて襲いかかってくる。
そして芯で捉えても打球が飛ばない。
ボールがバットを押さえつけてくる感覚。
芯から外れるともっと恐ろしい目に遭う。
指先が痺れて動かなくなる。
要するに和倉とはまったく違うタイプ。
和倉の伸びる快速球に対して、西崎のはキャッチャーミットに叩きつける剛球って感じか。
九回表。
西崎は先頭打者にその恐怖を思い知らせた。
ストレートのインコース攻め。
153キロ。155キロ。154キロ。
バッターの腰が少しずつ引けていく。
西崎はそれほどコントロールの悪いピッチャーではない。
もちろんバッターもそれは事前に調べて分かっている事だろう。
しかし、100%死球のないピッチャーなんていない。
“ 万が一 ” そう考えるのが普通の人間だ。
またしても内角。しかも胸の辺り。
ややへっぴり腰気味だが、それでもしっかりと踏み込んでスイングするところはさすがだ。
初めての対戦ではかなり勇気がいる。
ズダンッ !
「ストラックアウト !」
156キロ。
外野から見ていても、とても打たれる気がしない。
ワンアウト。
あとアウト2つ。
・・・やっぱ、すげーわ
「ワンナウトォー !」
西崎がボールを握った右手に人差し指を突き立てて、内外野に声をかけた。
表情を殺しているが、俺には分かる。
西崎は今、チョーゴキゲンだ。
・・・よかったな。しっかり胴上げしてやるからな
打順が一番に還った。
右打席に入ったバッター。
気持ちバットを短めに持ったか。
さっきまでナックル攻略の事で頭がいっぱいだったはずだ。
切り換えが大変だろう。
左の技巧派サイドスローから100キロのナックルボーラー。
そのあとに出て来た西崎。
考えてみれば万全のリレーだ。
おれの温情登板の時とは、相手のレベルが違う。
それでも好調ヒロのあとを安心して任せられる。
監督も大沢も・・・何だかんだ言っても水野だって結局、天才の力を認めている証拠だ。
初球。
ド真ん中 !
・・・から膝元を抉った
「ストライク !」
143キロの高速シンカー。
・・・はやっ、今のは絶対バッタービビった
2球目。
また内角・・・近すぎる ?
どこかで見たような軌道。
・・・めっちゃ曲がった
「ストライク ツー !」
・・・スライダー !
144キロ。
・・・フロントドア
・・・調子いいじゃん
3球目。
・・・スローボール ?
・・・曲がった
外角低めいっぱいに落ちた。
バッターは完全に手が出ない。
「ボール」
・・・惜しい
107キロのスローカーブ。
4球目。
胸元のストレート ?
バッターが尻もちを突いた。
カットボール。
147キロ。
「ボール」
・・・惜しい
そこまで近いボールじゃないが、バッターが完全にビビってる。
5 球目。
内角低め。
バッターが踏み込んだ。
「ストラックアウト !」
・・・落ちた
142キロのスプリット。
一塁側のスタンドが静かになった。
凄すぎて引いてしまった。
・・・いやはやなんとも
全球、違う変化球。
高速シンカー、高速スライダー、スローカーブ、高速カッター、高速スプリット。
珍しくコースにしっかり決まっている。
和倉は完成された別次元のピッチャー。
だけど西崎はどう見ても未完成。
コントロールも、変化球のキレにもまだまだムラがある。
そもそも、投げるより打つ事の方が好きな奴なのだ。
まだまだ球速も上がりそうだし、いろいろ投げる割には、これといった決め球もない。
今でも十分に恐ろしいが、さらに末恐ろしさを感じさせる。
今日のこの相手だからこそ投げさせたい。
相手のレベルが上がれば上がるほど、資質が掘り起こされる。
ヒロはそう思って、西崎にマウンドを譲ったのかも知れない。
ツーアウト。
秋の神宮まであと一人。
2番打者が右打席に入った。
一塁側だけでなく、三塁側のスタンドも静まっている。
焦燥感と期待感。
どちらも高まり過ぎると、声も出なくなるらしい。
初球。
外角高め。
ボール球にバッターはフルスイングした。
「ストライク !」
157キロ。
・・・ここで、MAX更新
2球目。
インハイ。
・・・あぶない !
バッターが仰け反った。
・・・げっ ! スライダーか
バッターの体に向かって一直線だったはずのボールが、アウトコースに決まった。
「ストライクツー !」
149キロ。
・・・シモボール、完コピじゃん
あと一球。
・・・最後はストレートでMAX狙いか ?
3球目。
・・・スローカーブ ?
が抜けた。
バッターは自分に向かって来るボールを、何とか避けようとしたが “避けきれなかった
” ように振る舞っている。
肩を掠めたか ?
「デッドボール !」
主審が一塁を指し示した。
・・・でた、カーブのスッポ抜け
ツーアウトから同点のランナーを出した。
『 3番、キャッチャー尾形』
突如、思い出したように一塁側スタンドの声援が爆発した。
・・・おいおい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます