見事なセリフ割り

 

 センターを見た。


 西崎は退屈そうにウンコ座りしていた。


 動こうとしない。



 ・・・交代は西崎と、じゃないのか ?



 西崎は俺と目が合うと親指を立てて見せた。



 ・・・何故サムアップ ? 皮肉か ?



「どこ見てんだ」


 水野が冷たい笑みを浮かべていた。



「いい感じじゃないですか」


 力丸も笑っていた。



「さっきのまっすぐ、めっちゃ凄かったっス」


 辻合も親指を立てて見せた。



「シモの感覚よりも、野手の目の方が正しい」


 珍しく大沢の口調が厳しかった。



「俺の感覚 ?」



「ビビる相手じゃないのにビビってる。そのうち本当に腕が縮こまって、ボコされる」


 水野の口調も厳しかった。



「さっきのフォアボールは、打ち気満々のバッターが手を出せなかった。タマは来てる。すぐに制球も落ち着く。あとは楽しめばいい」


 大沢は厳しいままの顔で言った。



「・・・そうか」



「自信を持て」


 今度は水野が、大沢と同じ言葉を残して守備位置に戻って行った。



「楽しみましょう」


 東山のこの言葉を合図に内野手が散って行った。



「見事なセリフ割りだな」



「みんな同じ事、思ってんだろ。肩肘はどうだ ?」



「ん ? ・・・普通」



「そうか、なら最後まで行こう」


 大沢はそう言うと踵を返した。



 ・・・そうか


 


 プレイ再開。



 初球。


 外角高めのスライダーか。


 ・・・うむ



 とにかく、


 大沢のデッカイミットと、


 指先だけに集中して、


 柔らかく、


 強く、


 斬る。



 ・・・外に行き過ぎた



「ストライク !」



 ・・・ボール球を振ってくれたか



 146キロ ?



 ・・・けっこう走ってる 




 2球目


 内角高めのストレート。


 70パーで ?



 ・・・怖ぇー



 とにかく、


 集中。




 バッターが踏み込んだ。


 ・・・タイミングがズレた


 しかし、窮屈な態勢から叩きつけて来た。



 俺の前で打球が跳ねた。


 ・・・今度こそ


 頭上に跳ねた打球。


 ・・・届く



「スルー !」


 ・・・えっ、水野の声 ?



 俺はジャンプしていた。



 体の動きを止められない。



 グラブがボールを弾いた。



 ・・・しまった



 ボールが大きく跳ねた。



 セカンドベースのかなり先まで飛んでった。



 西崎が鬼のように突っ走って来た。



 俺はホームベースのカバーに入るため、西崎を見ながら走った。



 ・・・!



 跳ねたボールを水野が掴んでいた。


 そのままセンター方向に倒れながら、後ろ向きにグラブだけ振った。


 ・・・グラブトス ?


 二塁ベースを踏んだ辻合が、思いっきり体を伸ばしてボールを掬い上げた。



「アウト !」



 辻合はすでに三塁ランナーを目で牽制しながら、マウンドの上まで来ていた。



 ・・・うめーし、賢いし、スキがねーし



 ・・・とんでもねー奴ら



「わりぃ、俺が手ぇ出さなかったらゲッツーだったな」


 俺は辻合からボールを受け取りながら言った。



「あれは俺でも飛びついてましたよ。捕れたら確実にゲッツーなんで・・・それよりホンモノ・・・・の“ シモボール ”をこんな近くで見れて幸せッス」


 辻合は笑顔を弾けさせた。



「あんまり、おだてるな。俺が図に乗るから」



「ビシバシ乗っちゃって下さいよ」


 そう言うとセカンドポジションに戻って行った。



「わりぃ」


 俺は水野に手を振った。



 水野も右手をあげてよこして来た。


 そしてそのまま人差し指と小指立てた。


 「ツーアウト !」


 ずいぶんと穏やかなで涼し気な表情だ。



 おそらくあいつは打球を読んだ。


 そして俺のカバーに前進して来た。


 俺にスルーさせてゲッツーを狙った。


 しかし俺がボールに触ってしまった。 


 一度前に出てから、俺が弾いたボールをあの位置まで追った。



 ・・・まいったな



 このチームはみんなで必死になってピッチャーの負担を軽くしようとしている。



 ・・・まいったな



  ・・・頑張るっきゃねーな



 ツーアウト一塁三塁。



 あと一人。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る