精鋭ぞろい

 西崎が俺を見ていた。

 睨み返すと涼しげなまなざしが、ふと緩んだ。


 俺は右手の甲を額に翳し、大袈裟に汗を拭うポーズを取った。

 “ 参りました ” と西崎に敬意を示したつもりだった。


 西崎はニヤッと一瞬だけ顔を崩すと、大沢の胸に軽いパンチを当てて、何事もなかったようにケージから出て行った。


「何故、あいつが打ちごろの絶好球を打てないって分かったんだ」


 練習後、俺は大沢に訊いてみた。


「あいつの振りを見て、ヒロが爆笑してた」


「どうして?」


「俺とそっくり」


「そうか ? お前はあんな無茶振りはしていないぞ」


「自分のスイングスピードを把握していないところがそっくりらしい」


「・・・なるほど」


 確かに大沢もよく変な空振りをしていた。


 ボールを見定めて、バットが始動してからインパクトまでの振りが速すぎるので、インパクトポイントへの到着がコンマ0何秒か早くなり過ぎて、ボールを待ち切れない現象が起きるのだ。

 絶好球ほどそうなる。

 その都度アジャストさせていっても、本人が無自覚なまま、ヘッドスピードが更にレベルアップしていく。

 またそれにアジャストさせるまで、三振が増える。

 その繰り返しらしい。


 そんな化け物が二人。


 そして水野がいてヒロがいる。


 

 ・・・とんでもない奴らが揃った


 


 次のバッターが左打席に入っていた。

 小柄だが、下半身のしっかりしたいい構えだ。


 大沢がサインを出した。

 

 ・・・90パーのストレートを内角高めギリギリに・・か


 南大に来て良かった。

 大沢のミットを見て、俺はつくづくそう思った。


 俺は大沢のサイン通りに投げ、二人目三人目を無難に抑えこんでマウントを降りた。

 しかし、みんな想像以上に振りがシャープだった。

 新人は驚く程の精鋭ぞろいだ。


 俺の次にマウンドにあがった男も、とんでもない投球を見せた。

 桜町、島、暮林の北高トリオにヒット性の当たりを一本も許さない完璧な内容だったのだ。

 

 ・・・変だ


 南大野球部には、入学前に何度か見学に来ていたが、お世辞にもすごいと思える選手はひとりも見当たらなかった。

 実際、この日も内外野を守る先輩たちの守備は大学生とは思えない程、お粗末なものに見えた。


 ・・・しかし新人にお粗末な奴なんて見当たらない


 


 ヒロがマウンドに上がっていた。


 ヒロはストレートの緩急と配球だけで淡々と投げていた。

 ヒット性の当たりは一人目が二本、二人目が三本ってところか?


 ところが、三人目の水野がそんなヒロをメッタ打ちにした。

 ヒロの恐ろしくスピンの効いたフォーシームを、上から叩くように次々と弾き返していった。

 10球中、4本がホームラン、3本が外野の頭を越えた。


 変化球なしで水野を抑えるのは無理。

 ヒロも大沢もそんな事は承知の上で打たせたのであろう。

 メッタ打ちに遭いながらも、楽しそうな二人だった。


 新人歓迎イベントは、そんな水野の派手なパフォーマンスで締め括られた。


 結局、大沢は最後までキャッチャーマスクを被っていて打たなかった。


 そして、西崎透也はいつの間にか消えていた。

 スタンドでいい女でも見つけたのであろう。

 一年の時の西崎はサボりの常習犯だった。

 

 だからこの時の俺は、西崎がピッチャーだなんて、想像すらしていなかったのだ。

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