はい6秒

 ・・・望むところだ


 

 この時の俺はベストの状態だった。

 腕がしっかり振れているし、軸がブレていない。

 ストレートは走っていたし、何よりスライダーが切れていた。


 受験勉強で頭の中は疲労困憊していたが、逆に身体は軽かった。


 “ ブランクは三ヶ月くらいかけて、ゆっくり埋めていけばいい ”


 ヒロにそう言われて、素直に従った。

 まずは基本の見直しから、じっくりと取り組んだ。

 地味な自主トレに徹した。

 そんな軽い意識が良かったのだろうか、ブランクどころかすぐに夏の状態よりいい感じになった。



 そんな万全のコンディションで、水野に投げる10球。

 願ってもない。

 嫌でも血が湧いた。

 

 ・・・真剣勝負


 ・・・!


 ・・・なんだあいつ?


 いきなりバッティングケージに大男が乱入して来た。

 えらい剣幕だ。

 水野に何か言っている。

 

 ・・・威圧的・・・まるで喧嘩腰

 

 俺の身長が185センチ。

 水野も同じくらいだった。

 その水野を見下ろしている。

 大沢と同じような巨人だ。


 ・・・何、揉めてんだ?


 しかし水野は平然としていた。


 ・・・いや、違う・・・キレかけている?


 突然、水野が大男の胸ぐらに手を伸ばした。


 ・・・やばっ


 俺はマウンドを下りて、二人に駆け寄った。

 面倒だが喧嘩なら止めるしかない。



「いーち」


 

 ・・・えっ?


 

 ・・・いつの間に


 

 大男の背中から突然、場違いな声が聞こえた。

 後ろにヒロが立っていた。

 


「にー」


 水野の動きが止まった。



「さん!」 



「しっ! ごっ!」



「ん? なんだ」


 大男も戸惑っている。


「はい6秒。人間の怒りのピークは長くて6秒。もう二人ともあんまり怒ってないでしょ」


 ヒロはニコニコしながら、二人を見上げて言った。


 

「たぶん、もう萎えてる」


 ケージの外で見物していた大沢が、緊迫感のない声で言った。


「あっ、監督が来たよ。揉めてるの見つかると、ペナルティかも」


 ヒロが心配そうに囁いた。


 野球部の金田監督はとにかく口うるさい男だった。

 選手が何かしでかすと、すぐに「罰としてスクワッド100回」と叫ぶらしい。


「まかせろ」


 そう言うと大沢は突然、その場に座り込んだ。

 

 ・・・でた


 大沢が突然〝股割り〟をしたのだ。

 

「すげー」


「ありえん」


「こえ~」


 他の新人たちが不気味がっている中、高校時代に何度も見せられている暮林、島、桜町の三人は大笑いしていた。



「どうした?お前ら何騒いでるんだ」


 そこに金田監督が顔を出した。

 島が大沢を指差すと監督が一瞬、後ずさった。


「す、すごいなお前」


 監督が呆れている。


「おれの得意技です」


 大沢は嬉しそうに自慢していた。


 水野は冷たい目でそれを一瞥すると、ケージから出ていってしまった。


 ・・・


 せっかくの勝負が・・・


 

 俺は取り敢えずマウンドに戻ったが、正直かなりヘコんでいた。

 


「あいつ、気持ちわりー」


 大沢を一瞥してそう言うと、大男は何事もなかったように、右打席で構えていた。

 

 ・・・くそっ、邪魔しやがって


 ・・・なんなんだ、こいつは


 俺はそいつの内角の胸元に、速球を投げ込んだ。


 しかしそいつは特にビビる様子もなく、ボールに向かってフルスイングした。


 ・・・なんちゅースイング

 

 そう思った刹那、俺の額に衝撃が走った。

 

 

 ・・・ビビった


 ・・・気のせいだったのか


 そいつは空振りしていた。

 しかし、俺は全身に風圧を感じた気がした。



 2球目。


 空振り。


 遠心力でぶん回す、とんでもないアッパースイング。


 ・・・素人か?


 


 3球目。


 ファールチップ。


 ・・・


 真後ろに飛んだボールは、あり得ない形をしていた。


 

 ・・・こんなん、大沢で慣れているつもりだったが




 4球目。


 ガツッ


 ・・・


 打球がレフトの上空に消えた。



 その打球で俺は自分を見失った。

 ムキになってすぐにリキむ。

 ちっとも変わらない。


 そして5球目も6球目も場外に叩き出された。



 めちゃくちゃなのに器用。


 凄まじい対応能力。


 それがそいつ、西崎透也との出会いだった。

 

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