セコい筋書き

 瀬尾純也、ハーバード大卒、二十八歳。 

 南洋警察副署長、警視、現日本警察ナンバー2、瀬尾善のジュニア。

 その年度を迎えれば真っ先に警視正、警視長、警視監と駆け上がっていく、日本警察の至宝と言われる若者だ。


 正しく厳格に、そして伸び伸びと育てられたであろう。

 絵に書いたような好青年。

 周囲からも親しみを込めて〝皇太子〟と呼ばれている。


 南洋署副署長の役割は、基本的には署長補佐。

 組織的には警務のトップ、特に広報関係を担当するのが慣例になっている。

 

 しかし広報の長として、最も難しいと言われるマスコミ対応など、皇太子にやらせるわけにはいかない。

 そこは警務のトップである次長(南洋の筆頭警視正)が〝全てお任せあれ〟ということになる。

 署長補佐とはいっても、平和な南洋市では署長の代わりにハンコを押すぐらいしか仕事がない。


 退屈していた皇太子は、この頃に発生した「ゴミ収集場連続放火事件」にえらく食いついた。

 放火現場にまで顔を出す、熱意のある警察幹部。

 そんなシュチエーションに酔ったか。

 張り込み中の俺たちへの差し入れなど、十回くらいあった。

 また、その差し入れがコンビニのアイスやらシュークリームやら、しっかりと庶民性を押えたもので、俺たち捜査員の好感度もかなり上がっていた。


 公園の暗がりで立ち小便。

 これも、庶民性アピールの一貫だったかも知れない。

 俺の張り番の時も、マッサンの時もやっている。

 皇太子としては、庶民に溶け込もうと一生懸命だったのだろう。


 深夜、周りからまったく見えない、樹木とツツジの植え込みに囲まれた死角。そこでの用足しには何の問題もない。

 

 ただし、問題になる場合がある。

 ネットに投稿された時だ。

 それでも、大した問題にはならない。

 ただし、おおごとになる場合がある。


 それが、日本警察の至宝だった時だ。


 副署長の歓迎会が行われた料亭〝磯川〟は放火現場の目と鼻の先。

 だから、副署長の立ちションパフォーマンスを知っていた俺は、島の推理と暮林のメッセージを聞いただけでそのストーリーが見えた。


 すべて野舘班長が、仕組んだ罠。

 南洋署のアキレス腱を狙ったセコい筋書き。


 こんなせこい話、どうでもいい。

 伏魔殿の世界ではよくある事なんだろう。

 俺が班長をどうにか出来るわけでもない。

 だから俺には関係のない話。

 そう割り切ったつもりだった。


 しかし・・・

 

 あいつにあんな姿を見せつけられたら・・・


 あんなスタンディングオベーションを見てしまったら・・・


 じっとしているのが、苦痛になった。

 

 

 公園の入口に陰が動いた。

 徐々に薄くなりつつある逆光のシルエット。

 俺の方に真っ直ぐに歩いてくる。


 男は五メートルほどのところで立ち止まった。



「・・・稲さん?」


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