自宅謹慎

 森林公園を囲うフェンスの向こう側に、車が止まっている。

 暗くて車種もカラーも判別できないが、恐らくガンメタのプリウスアルファ。

 稲さんの車だ。

 

 運転席側に立っていた男が公園に向かって歩き出したが、暗くて誰だかまったく分からない。

 少しフラついているように見えるのは、気のせいか。

 助手席側のウインドから顔を出した男が、歩き出した男に何か言っているように見える。

 白石が稲さんの立ちションをめさせようとしているのか?


 ・・・白石が稲さんにそんな事言えるか? あいつらしくない気がするが・・・


 隠し撮りは公園の中から、携帯のレンズを向けたものであろう。

 暗いし、10メートルは離れているようだ。

 ほとんど何を撮影しているのかも分からない。


 稲さんらしき男は公園の中に入り、大きな桜の木の陰で立ち止まった。

 こちら側にはツツジの植え込みがあり、上半身しか見えない。

 男は三十秒ほど立ち止まり、そして車に戻ろうと公園から出たところで隠し撮りが終わっている。


 まあ、立ちションで間違いはないだろう。稲さんも認めていたし。

 だが、人気ひとけのない深夜にあの場所での用足しは本来、何の問題もないはずだ。


 厳密に言うと、『軽犯罪法 第一条 左の各号の一』に記載されている『街路又は公園の他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者』にあたいすると軽犯罪法違反として罪に問われ、1日以上30日未満の拘留または1,000円以上1万円未満の科料が科される。


 しかし軽犯罪法 第4条には『この法律の適用にあたっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。』と記載されている。

 つまり、軽犯罪の取締が本来の目的である以上、その取締もほどほどにしなさいということだ。尿意の限界による立ちションなら、警告はあるだろうが、いきなり逮捕ということもない。


 白昼でもなければ、公衆の面前でもなく、尿意の限界による悪意のない行為であることは明白だ。


 ・・・これを隠し撮りして、ネット投稿する事の方がよっぽど悪質だろ

 

 公園のトイレは、張り込み場所から三百メートルほど離れた所にあり、そこまで行くと、持ち場からかなり離れる事態となる。

 勿論、いくら離れていてもトイレを使用するのが、常識的な判断ではある事は言うまでもないが・・・。


〝 市民の安全を守るべき警察官が、公務中に市民の憩いの場である公園を汚した 〟


 ~よって、厳重注意いたしました。以上~


 ではダメなの?その程度の事でしょ?


「土産だ」 


 突然、目の前に菓子箱が現れた。


 ・・・薄皮緑茶饅頭? 美味うま


「とんだ、とばっちりだな」


 いつの間にか、横にマッサンが立っていた。


 前の席にはすでに綱海も座っていた。俺の方を見てニヤニヤしている。


 

 先週、静岡北東部で発生した大雨・河川氾濫による大洪水の災害対策室へ応援に行っていた松場巡査長と綱海巡査が帰ってきていた。


 今回の〝 不祥事 〟の為、急遽呼び戻されたのだ。

 俺は自宅謹慎だし、稲さんも何らかの処分が下される。

 野舘班長も今、身動きとれない。

 二人を他所に出している場合ではなくなったのだ。


 現在、抱えている仕事を二人に引き継いだら、俺は強制帰宅らしい。


「マッサンもあっちこっち、大変ですね」


「南洋署ここにずっと籠っているよりは、ましだ」


 マッサンは映し出された動画を一瞥して、つまらなさそうに呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る