班長

【以上な行動・・・?】

 ・・・うむ、異常な行動ね



【証明から放れているところを選んで・・・?】

 ・・・照明か・・・外灯だろ

〝 公園の外灯から最も離れている一角を狙い 〟かな。



【以外と動きがすばしっこくて・・・?】

 ・・・すばしっこいって・・・

〝 意外と俊敏な動作 〟だろ・・・じゃなくて、これは使えない。

 実況見分でどうして〝 意外 〟という言葉が出てくるんだろ?

 目撃者の証言ならまだしも、捜査報告書は刑事の感想文じゃないんだから・・・



【精神官邸・・・マジか?】


 新人の指導って、これは中学の国語の先生の仕事だろ。




「あのう主任、コーヒー淹れました」


 いつの間にか梨木が、パソコンと格闘する俺の真後ろに立っていた。

 顔は最初から蒼ざめたままだ。


「ああ、サンキュ」


 俺は、アイスコーヒーに口をつけた。冷たくておいしいが・・・

 たぶん缶コーヒーに負けている。

 いまどきの無糖ブラックには、焙煎方法に気合が感じられるほどイケる。


「本当にすみません。主任、久しぶりのお休みだったのに・・・なんか野舘班長、ムスっとしてて何も言わないし、私、ひとりで徹夜のつもりで来たのに・・・班長、結局主任に電話しちゃうし・・・」


 午前一時。


 班長は人を叱るのが苦手だ。

 警部補に昇任し、係長としてこっちに来て二年になるが、部下を怒鳴りつけたところを見た事がないし、俺も叱られた覚えがない。

 野郎連中相手でさえ、そうなのだから若い女を叱るなんて無理だろう。

 そうして不満を溜めるだけ溜めて、言葉に棘やら毒やら満載の嫌味を吐き始める。


 さっきも、俺がここに来るなり〝放置プレイはダメでしょ〟と目も合わさずにひと事だけ毒を吐いて帰っていった。


 野舘勇次のだてゆうじ、五十三歳。

 ここに来る前、静岡東部の方では切れ者のベテラン刑事デカとして有名だった。

 検事ばりに事件の筋を読む。

 起訴、起訴猶予、不起訴、捜査が進行する中で、検察側の空気の変化を捉える嗅覚が並外れていたらしい。

 靴底を磨り減らし、事件を嗅ぎ回る鋭い嗅覚を備える一方で、組織の流れを読むソツのなさ、まさに一流の刑事デカだったと言えるであろう。 


 しかし、所詮現場の刑事デカ、昔ながらの漢。

 五十を過ぎて、警部補ブケホに引っ張り上げられ、背筋が固まってしまったか。

 

 ディスクワーク、書類関係が超苦手。

 だから報告書類の不備には異様に神経を尖らせている。

 ちょっとした記載漏れを見つけただけで、いつも大騒ぎだ。

 上にミスを指摘される事に異常な程、警戒感を示す。

 担当検事、時には検察事務官にさえ、情けないくらい弱腰になる。

 要するに一課の班長になるべき器ではなかったのだ。


 だから、今日も取るに足らない記載ミスに大騒ぎして、俺を呼び出した。

 そう思っていた。


 ・・・しかし


 これは・・・すごい。


 凄すぎる。

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