ゾウアザラシ

「みんな、ずいぶん聞き分けがいいんだな」


 俺は思わず嫌味を言ってしまった。


「でも〝 秋時が怪我した 〟なんて嘘を、ここの十七人の仲間には言い通したくなかった。ずっと秋時と一緒にやって来た三年の仲間だけには、真実を説明しなければならないと思ったんだ。二年一年には申し訳ないけどね。だからみんなに集まってもらって、あえて監督やコーチに説明してもらったんだ」


「で?クソ野郎は野放しか・・・大人の対応ってわけだ」


 俺は嫌味を言うことしか出来なかった。


 ヒロはまた〝 うん 〟と頷いた。


「ぼくも、監督に同じような事を言った。〝 保身にばかりに知恵を絞って、卑劣な人間に罰を与える事もしない。教育者、指導者として恥ずかしくないんですか 〟・・・なんて偉そうにね。でも、監督は保身だけを考えていたんじゃないんだ」


 ヒロはここで一度、言葉を切って大きく息を吸った。顔が紅潮している。そして、いつの間にか少年のようなキラキラした瞳に戻っていた。


「監督、コーチ・・・校長だって心配そうだった。そして秋時は最初から最後まで、そのことしか考えていなかった」


「そのこと?」


 キラキラの瞳が潤んでいる。


「・・・妹のことなんだ。僕が真っ先に考えなければいけない事なのにね。妹はずっとストーカーに狙われていた。まさか東大生が、十四歳の自分を異性として見ているなんて夢にも思わなかった。恥ずかしくて誰にも相談出来なかった。そして、本当に誘拐されかけた。守ってくれた秋時の潔白を証明する為に、警察では必死にその事を説明した。警察に被害届を出そうともしていた。でも警察では相手にもされなかった。秋時は自分のせいで退部になった。甲子園目指してあんなに頑張っていたのに・・・。十四歳の女の子がこれだけの目に合えば、心に相当なダメージを負っている。秋時はその心配しかしていなかったんだ。野球の事なんか眼中にない・・・ぼくなんか、秋時や野球部の窮地の事で頭がいっぱいだったのにね」


 ヒロの頬を大粒の涙が一筋つたった。


「もし、秋時が退部しなければ事件が公になる。事件の背景には、人気講師に色目を使っていた中学生の噂がある。マスコミの中学生探しが始まる。妹が世間に晒される。そんな事だけは絶対にさせない。秋時はその事しか考えていなかったんだ」


 ~ ゾウアザラシって繊細らしいよ ~


 ・・・なるほどな

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