被害届

 ・・・やっと話が見えてきた

 

「大沢の退部は高野連の仕業だったのか?」


 俺は、腹の底から沸き上がってくるものを必死に抑えながらヒロに訊いた。


 ヒロは一瞬困ったように首を傾げた。


「高野連って言うより、あの男の仕業かな。秋時が退部したら被害届を取り下げるらしいから」


「ひでえ」「クソっ」「逆恨みかよ」「変態野郎」


 今度は四、五人からいろんな罵声が飛び交った。


 しかし罵声の後、言葉が続かない。



 ・・・


 

 沈黙。



 窓から射し込んでくる夕陽が、ミーティングルームを明と暗に割っていた。


 ひとりだけ立っているヒロの顔だけが、明るく照らされていた。


 やはり悲壮感を漂わせた大人の表情。


 ずいぶん後になって、悲壮感の意味を知った。 

 それまでは悲愴感と見分けがついていなかった。

 警察官は事実を正確に記録しなければならない。

 だからいろいろな言葉を覚える。


 “ 悲壮 ”

 

 悲しい出来事の中、雄々しく立派に振る舞う様。


「大沢が退部しなければどうなる?」


 なんとなく察しはついたが、聞かずにはおれなかった。


「わからない。でも被害届が取り下げなければ、警察も発表する。マスコミが騒ぐ。恐らく高野連は対外試合禁止の処分を下すと思う」



 ・・・



「処分を怖がって、変態野郎の思うままってどうよ。そいつをぶん殴って処分食らった方がどんだけかマシだ」


 倉木が頭を掻き毟りながら呟いた。


「俺もそう思う。しかし出場停止になったら、結局そいつの思うままだ。ヒロ、どうして監督とコーチにここで嘘を言わせたんだ?」


 俺は最初からそれが気になってた。


 ヒロは〝 うん 〟と一度頷いた。


「みんなに全部知ってもらう為に」


「嘘に何の意味があったんだ?」


「あの説明が、監督、コーチ・・・いや校長以下学校職員、そして高野連、それら北高野球部に関わる全ての人たちにとっての〝事実〟になるからさ。当然、何人かの人たちは嘘だと知っている。でもこれで通す。秋時は最後の大会を棒に振るような怪我をしてしまった。警察は被害届が取り下げられれば、事件じゃなくなる。何もなかった事になる」

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