退部届

「非常に大事な時だ」


 山田コーチの甲高い声がミーティングルームに響いた。

 コーチの横にすわる須田監督が重厚に頷いた。


「気を引き締めて聞いて欲しい」


 ・・・何事だ?


 俺は隣にすわる暮林に目だけで聞いてみた。


 ・・・お前、わかるか?

 

 暮林は僅かに首を傾げただけだった。


「大沢が・・・」


 その一言で山田コーチが怯んだのがわかった。

 〝 大沢 〟というワードを口にした瞬間、ここにいる選手全員が過敏に反応したからだろう。

 

 大沢は三日連続で姿を見せていなかった。

 学校にも来ていない。

 誰もが不思議に思っている。


 山田コーチは一度、須藤監督の方を伺い見たが、監督はじっと前を睨んでいるだけだった。


 ・・・いったい何事だ?大沢がどうした?


「大沢が今日、退部届けを提出してきた」


 ・・・


「えっ!」 声をもらしたのは、桜町だった。


 俺は立ち上がっていた。


「なんですか?それ」「山田コーチの説明を聞きなさい」


 俺の言葉に監督が声を重ねてきた。

 

「それと・・・」


 監督のかすれた低い声が、俺に向かってきた。


「今、この部屋で、質問は一切なしです」


 ・・・なっ・・・なんだそれ!


「大沢は怪我をしていた。右の肩関節に重篤なダメージがあるそうだ」


 山田コーチの口調はずいぶんと事務的だった。


 ・・・で、退部って・・・うそだろ?


「大沢はいま、ど・・・」「キャプテン、質問は一切なしです」


 監督の声がさっきより、不気味に響いた。


 ・・・マジか


「五日後に予選が始まる。負けた時点で三年は引退だ。大沢は怪我をした自分が先に引退すれば、ベンチ入りの枠がひとつ空く、と考えたようだ」


 ・・・うそだろ


「だから退部届を受理した。大沢は当分、安静が必要らしい。だから学校へも来れん。そのまま夏休みに入るかも知れん」


 ・・・なんで、そんなに早口? なんで事務的?


 ・・・コーチ、そんなキャラじゃないだろ?


「以上だ」


 ・・・えっ


 ふたりが、ミーティングルームから出ていこうとしている。

 それこそ〝そそくさ〟と。


「待てよ!」


「口を慎め!」


 山田コーチが怒鳴り返してきた。


「退部届って誰が持って来たんだよ!」


 俺は監督の顔を睨んで怒鳴った。


「ぼくが持って来た」


 ・・・えっ


 俺は振り返ってヒロを見た。


 背後でドアが閉まる大きな音が響いた。

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