組み合わせ抽選会

 最後の甲子園大会地区予選が始まる。


 南洋北はダントツの優勝候補と言われた。


 南洋の街は期待感に溢れていた。


 俺たちも自信があった。


 しかし決して驕りはなかった。


 野球は何が起こるか分からない。


  


 ベストを尽くす。


 絶対に逃げない。


 決して最後まで諦めない。


 ただそれだけだ。


 


 6月27日


 俺は須藤監督と清水市の文化会館で行われた、組み合わせ抽選会に出席した。


 南洋北はDブロックに入った。


 そのブロックには有力校が三チーム入っていたが、俺も対戦したことのあるよく知っているチームだった。


 初戦はシード。八つ勝てば甲子園。


 特に組み合わせで、運不運を気にすることもなかった。


 新幹線での帰途、しきりに監督の携帯に着信があった。


 須藤監督はその都度、席を離れデッキに移動していた。


 30分ほどの乗車時間だったと思う。


 その間に四度の着信。


 席に腰を落ち着かせる間もない慌ただしさだったので、よく覚えている。


 監督の表情が、席に戻ってくる度に険しくなってくるような気がした。


「ずいぶんと忙しそうですね」


 特に気にしていたわけではない。


 挨拶のようなつもりで、声をかけただけだ。


「気にするな」


 監督が不機嫌な声を出した。


 ・・・気にするな?


 珍しいと思った。


 いつもはニコニコしたおじいさん、といった感じの監督だった。


 練習中も若いコーチに任せっきりで、あまり言葉を交わした事もない監督。


 いつも笑みを浮べてグラウンドを眺めている、七十歳くらいのおじいさん。


 だからちょっと驚いた。


 しかし、それほど気にしたわけでもない。


 その直後に、新幹線が南洋駅のホームに滑り込んだからだ。


 翌日


 


 大沢が練習に出なかった。


 


「対戦相手の偵察にでも行ったか?」


 俺は半ばジョークのつもりでヒロに聞いてみた。


 ヒロと大沢は、生まれた時から隣り同士に住む幼馴染だった。


 本当の兄弟のように過ごして来たらしい。


 だから大沢の事はヒロに聞けば何でも知っている。


 俺だけでなく、みんなそう思っていた。


「夏風邪でもひいたかもね」


 ヒロもジョークで返してきたが、何となくヒロらしくないと思った。


 歯切れが悪い感じだった。


 それもあまり気にしたわけではなかった。


 しかし大沢は、翌日もその次の日も姿を見せなかった。


 


 ・・・あいつは誰に何も語ることなく


 


 静かにグラウンドを去っていった。 

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