ビギンズナイト・イヴ

「うあああああああああ――」


 どれくらい叫んだだろう。どれだけ飛行機の破片を拳で殴っただろう。

 どのくらい泣き続けていただろう。


 誰も、いない。


 みんな、みんな失ってしまった。

 母さんも、義父さんも、実咲も。

 みんな助ける事ができなかった。


 誰一人、助けられなかった。


「少しは落ち着いたか」


 なんの感傷も悲壮感もなく、冷静で冷たい声。


 フレイムエースブレイクという男が、こちらを見ていた。とても冷たい目で。


「あんたは、あんたはあああああああ!」


 俺はフレイムエースブレイクに掴みかかった。


「何のマネだ?」


「あんただったら、どうにかできたはずじゃないのか! あんたの持っている能力で、こんな、こんな最悪な事は防げたんじゃないのか! どうして! どうしてだああああああッ!」


 今度はフレイムエースブレイクが、こちらの胸ぐらを掴んで立ち上がった。


「ぐ、ぐうううううう」


 苦しい。片手で俺を持ち上げる怪力。脚をバタバタと動かして抵抗するも、まったく効果がなかった。


「甘えるな!」


 そして俺は、暗闇の海に放り投げられた。


 バシャアアアン


 周囲がまったく見えない海の中で、必死にもがく。


 どっちが上で下なのかもわからない。


 バシャバシャと手を振って水面を叩き、溺れる。


 手が硬いものに触れて、必死にそれを掴んで体を寄せる。


「げほっ! げほっ! はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 フレイムエースブレイクが手に火の球を持ったまま、俺を見下ろしていた。


「くそっ! くそっ! くそっ! くそおおおおおおおおお!」


 ひとしきり叫んで、息も絶え絶えに何とか這い上がる。


 ガンッ!


 俺は飛行機の破片を全力で殴った。


「どうして、こんなことになったんだよ!」


 その答えは。フレイムエースブレイクが簡潔に答えた。


「まあ、どのみち最後にはこうなっていただろうな」


「……なんだって?」


「チームグローは、三人でリーダーを密かに殺し、大漁の覚醒石を持って機内をジャックした。そして沖縄に着いたら、目撃者全員を殺すために航空機をまるごと破壊しただろう。早いか遅いかの違い程度しかない。全員殺すつもりだっただろう。だから顔を隠す必要すらも無かった」


「そんな……」

「可能だ。能力者には、それだけの力を行使する事が簡単にできる。そして、お前にもその力が備わった」


「…………」


「やっと落ち着いたようだな。俺たち能力者は、それだけの力を秘めている。何故誰も助けなかった? 愚問だな。俺にはそうする必要がなかった。むしろ能力を安易にひけらかしたグローたち、そしてその目撃者もみんな消えてもらって、手間が省けたぐらいだ」


「あんた、まさか……あのグローとかいうやつらと一緒に、俺たちも」

「ああ、そうだ。そのつもりであの時名乗り出た」


「いったい、何様のつもりだ! じゃあ、もしグローたちを殺したら、次は俺たちをまるごと消すつもりだったのか!」


「俺たちは正義の味方でもない。組織の力を見られた以上、全てを消すしかない」

「悪魔、めぇ……」

「なんと呼ばれようとかまわん。だが、お前にも同じ力が宿っている事を忘れるな。そして――」


 フレイムエースブレイクは、キッパリを言った。


「お前は、お前の力だったら助けられたんじゃないか? あの時、あの瞬間、バラバラになった航空機の破片を瞬時に支配し、土台なりなんなりを作っておけば、何人かは助けられたのかもしれない」


 はっとなる。たしかに、と思ってしまった。


「俺の、力で……」


「お前の判断分析が甘かった。無機物を支配し操るお前の地の能力で、救える命もあっただろう……俺は炎しか操れないが、お前だったら、何かもっとこの最悪な状況を、誰かを救える方法があったはずだ」


「俺の、力不足、判断ミス……」


「俺たちは暗殺組織、ソーサリーメテオ。この超々たる能力を駆使し、裏社会で暗殺を行う者達だ。そして、お前にもその力がある」


「暗殺、組織。……この俺の力は、能力者はあんたや俺以外にもたくさんいるのか?」


「ああ、そうだ。お前は選ばれた。その力を、これから組織のために使ってもらう。だからお前だけを優先で助けた」


「…………」


 俺は、考えた。どれだけ時間がたっても、考え続けた。

 フレイムエースブレイク。いや、ブレイクはずっと待っていた。

 俺が何を言うのかを吟味しながら、ずっと待っていた。


 闇の中で、さざ波の音がして、海の臭いが風に混じって鼻につく。べっとりと濡れた服から、どんどん体温が奪われていく。


「……ブレイク」

「何だ?」

「いくつか質問がある」

「いいだろう。応えてやる」


「俺はこれから、その暗殺組織に……無理矢理にでも入れられるのか?」

「そうだ」

「俺も、暗殺者になるのか。誰かを殺すのか?」

「そうだ」

「裏社会って何だ?」


「言葉の通り、社会の闇。アンダーグラウンド。この世界の表には出れない、非合法の取引や、非人道的な実験を起こし、武器兵器を作り、法も秩序もない社会の裏から、その勢力を振りかざす、組織や裏会社が跋扈する世界だ」


「つまり、そいつらのせいで、こんなことが起こったり、どこかで俺たちみたいに虫けらのように命を奪われ、平気で命を奪っていく事が、世界中で起こっているのか?」


「その通りだ。そしてその世界で、裏社会の人間を暗殺する。それがソーサリーメテオだ」


「あえて裏の世界に入り、悪を起こして悪を挫く、か……」


 ブレイクは応えなかった。


「裏社会の住人を殺すことで、間接的に誰かが救われる。のか?」


「さあな、俺でもソーサリーメテオの命令を受けて、暗殺を行う身だ。誰を殺してそのどこかで、誰かが救われるかは分からん」


「もし、俺がそのソーサリーメテオという暗殺組織に入る事を拒否したら、俺を殺すのか?」


「そうだな、そうしなければならなくなる」


「…………」


 俺は、大きく息を吸って、それ以上に長く息を吐いた。


「……連れて行け」


「うん?」

「俺をソーサリーメテオに連れて行け」

「元からそのつもりだ」


「どうせ、死ぬ身だった命だ。こんなことを平気で行えるやつらを、当たり前のように人の命を無碍にできるやつらを、俺は、許せない……」


「動機など、俺にはどうでもいいがな」


「俺を暗殺者に仕立てるんだろ? 連れて行けよ。俺がこの力で、『悪』を潰せるなら、俺はこの力で『悪』を挫く」


「…………」


「俺に、この力が、能力が、『悪』を潰してそのどこかで誰かが救われるのだとしたら、俺を連れて行け。……俺を完璧な暗殺者にしろ!」


「いいだろう」


 そして、闇夜が暁に照らされた。

 顔を上げると、そこには巨大な炎の龍がいた。


「俺の第二呪文(セカンドスペル)、アザーセルフの火炎龍だ」


「…………」


「ようこそ、闇の世界へ。これからお前はソーサリーメテオに所属し『殺し』を教えて、俺の部下になってもらう。お前の名前は?」


「俺は、俺は……」


 その巨大な炎の塊を目にし。俺は確固たる言葉で返した。


「俺は、洸真麻人だ!」

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