能力者

 その男は、黒いコートに帽子の、とても大柄な男だった。ちらりと見えるワイシャツからは、はちきれんばかりの筋肉が見える。


 そして、鋭くも冷たい、凍えるようなまなざしを備えていた。


「ふ……フレイム=A(エース)=ブレイク」


 フレイムエースブレイク?


 そういえばコイツラ、自分たちの名前を名乗っていない。自分たちをグロー2とかグロー3と呼んでいた。


「最強の、炎使い……」


 グローと呼称する二人が、一人の黒い男を見てたじろいだ。


「オイオイ、まさかソーサリーメテオの幹部様が直々に俺たちを追ってきて、さらにこの状況に我慢が出来なくなって、自分から現れたってワケ? お前たちは別に正義の味方でもないだろ……」


「まあ、たしかにな」


 黒い大男は、帽子を目深にかぶって、ぽつりと呟いた。


「俺の任務はグロー部隊……スパイネズミの抹殺と、覚醒石の回収。それによる他の被害などどうでもいい、ただ……」


 黒い大男は堂々とした出で立ちではっきりと言った。


「スクルドが掴んだ未来……この場に、新たな能力者が目覚めるという未来が決定している。お前たちが下手に殺し続ければ、せっかくスクルドが無限の中の平行世界から掴んだ未来を見送る事になる」


「時を掴む三人の時の能力者……本当に存在していたのか……」


 コイツラは、何を言っているんだ?


「だがな! これを見ろ!」


 ハイジャック犯のポケットから取り出したのは、皮袋だった。


 ジャラリと音がした。何か硬い、石のようなものが入っているようだった。


 ……なんだ? あの皮袋、その中にある物に、俺は視線が外せなかった。


 心の中で何かが疼く。


 一体何なんだ? この感覚は……。


「動くな!」


 俺ははっと我に帰った。


「この覚醒石を持ち帰れば、俺らは組織からたんまり金をもらって、それこそ一生遊んで暮らせる人生が待っているんだ! 渡すわけねえだろ! 沖縄に着いたら、仲間が待っている。トンズラする用意は出来ているんだ! ジャックして正解だったぜ……ええ、絶対に追っ手が来ると踏んでいたからな。逃走先がバレる前に全員殺してでも仕留めるしかなかったが。だが、あんたを炙り出せたんだからなぁ!」


「浅はか……いや、愚かだな……」


 と、フレイムエースブレイクという黒い大男の後ろ、操縦室の方向から見知らぬ男が現れた。


「グロー1!」

「後ろだ!」


 俺は銃を持ったハイジャック犯と一緒に叫んだ。


 だが、大男は振り返りもせずに、


「地爆炎(マインバースト)」


「アイスブレード!」


 手が結晶のように輝く氷の刃を振るったグロー1という男が、床から噴出してきた炎に包まれ、あっさりとまる焦げになった。


 たぶん、一瞬で死んだのだろう。ほぼ全身が炭になっただろう体が床に倒れ、バラバラと崩れた。


 乗客たちから悲鳴が上がる。


「氷の能力者グロー1、地の能力者グロー2、そして炎の能力者グロー3……」


 能力者? そういえば、母さん……気絶している。母さんが額を燃やされた時も、グロー3というやつの手が燃えていた。


 なんだこれは? 超能力か? そんな物が本当に存在していたのか?


「確かに俺の炎の能力では力が強すぎて、この航空機ごと吹き飛ばしかねない。だが、的を絞れば、こうやってできる。読みが外れたな」


「くそ……」


 銃を持った男が、その合成樹脂で出来た銃で大男を狙う。

 だが、フレイムエースブレイクという大男は、指をぱちんと鳴らした。


 ゴウッ!


 指を弾いた音と共に、樹脂で出来た銃が燃え上がり、溶けていく。さらに爆発して銃を持ったその手を吹き飛ばした。


「ぐあああああああああ――」

「だから言っただろう。『的』さえ絞れれば、こんなもんだと」

「くそったれがぁ……」


 ジャラリ……


 ハイジャック犯が、手に持っていた皮袋を落とした。中身はやはり石……多くの色とりどりな宝石のようなものだった。


 そのうちの一つが、ぼんやりと光っていた。


 ……なんだ?


 そのぼんやりと自己発光している一つの石……ダメだ、目が離せなくなる。

 どくん。と心臓が高鳴った。


 呼んでいる。この感覚を表すなら、それが一番合っているだろう。


 いや、違う。俺が――


「来い!」


 思わず叫んだ。


 シュン! ドスッ!


 叫んだ瞬間、そのほのかに輝く石が弾丸のようにこちらに飛んできて、俺の額に食い込んだ。


「うわ、あああああああ――」


 ものすごく頭が痛い。頭を抱えてもがく。


「ほう……」

「まさか、こんなタイミングで、本当に!」


 フレイムエースブレイクというク黒い大男と、ハイジャック犯がそんな言葉を出しているが、それよりも額から走る激痛で頭が壊れそうだった。


 ズズ……ズズズ……。


 石が、頭に食い込んで入ってくる。

 なんだ?

 なんだこれは?


 それは言葉でもなく、映像でもなく。額からの激痛と共に、俺の頭に、全身に、知らせてくる。


 この『能力』の使い方。まるで芽生えるように、新しい力の使い方が流れ込んでくる。そして、見開いていた瞳から見える視覚情報が一変した。


 見える。


 この『能力』の使い方。


 目の前にある、壁、窓、ソファー。今までありふれて見えていた物が、まるで自分と同じように見えた。


 無機物。生命の無い物質。それらに、念を込めるように『支配』することで、俺の思う様々な形に、手足のように、扱える。それはともて説明できない曖昧なものでもあり、確固とした事実あり。この力は……。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 石が、俺の頭の中に全部入り込んだ。額に異物が入りつつも、まったく違和感が無い。まるで溶けて全身に渡ったような、そんな感覚。


 選べ。

 この無数にある無機物の世界の中で。俺は全てを操れる。

 選べ。

 この状況で、最も有効で、最善の物を。

 それは……これだ!


 覆いかぶさっている義父の体をどかして、起き上がる。

 俺はそれに念を込めた。


 支配完了。それは、今しがた炎の熱によって溶かされ、未だ光熱を保っている……合成樹脂!


「行け!」


 俺はそれに命令し、高熱を持ったまま溶けている合成樹脂を、目の前にいるハイジャック犯の顔にめがけて飛ばした。


 べチャリと、合成樹脂は跳ねるように飛んで、狙ったとおりにハイジャック犯の顔に命中した。


「うあああああああああああ!」


 溶けた合成樹脂を顔に浴びせられ、ハイジャック犯が悶える。


「おおおおおお、俺と、同じ能力だとぉ!」


「初めてにしては良い判断だ。地爆炎(マインバースト)」


 黒い大男は指をぱちんと鳴らし、先ほどのグロー1のように、足元から激しい炎を噴出させ、ハイジャック犯の一人がまた炭クズになった。


 そうか、合成樹脂という材料をあらかじめ細かくしておくか何か別の形にしておいて、航空機内に持ち込み、銃のパーツに作り変えた。さらに銃に似せるため、発砲音などを合成樹脂の銃の中で、破裂音を出していた。


 このハイジャック犯は、俺と同じ能力と言った。これは、『地の能力』。石や岩石や砂なども操れるが、その根本は『無機物を操る』という能力。


 ここにある周囲の無機物全てが、俺の支配して操れる対象であり、武器でもあり盾にもなる。もっと別の物にだって、作り変えることも出来る。


 義父さん……。意識を失っているのか、死んでしまっているのかわからない。だけど、背中に合成樹脂の弾丸をこんなに浴びて、それでも俺を助けてくれた。


 母さん、額に大きな火傷を負って気絶している。まだ息がある。死んでいない。


 そして、実咲。


「俺は、お前たちを、絶対に許さない!」


 この俺に芽生えた新しい力を持って、最後の一人、グロー3に向いた。

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