第99話 守り神

 とりあえず、誠意を見せる事。

 一団を代表して俺、そして刺激物を注入したト・ルースが意識を取り戻した老犬、リーンメイラの前で頭を下げて謝罪をしていると、彼女は襲い掛かる事も激昂して声を荒げる事もなかった。


 むしろポッドの前で、トレントの並木道に響き渡る程の声量で大きく笑うと人の背丈以上は優にある尻尾を靡かせて辺りを見回している。


「森からトレントが消えたと思ったらこんなところに集まっているんだね。それに、山のあちこちから楽し気な声が聞こえる。なるほど、いい場所のようだねホリさん。それじゃあ、娘達を傷物にされた責任でも取ってもらう為にここに暫くお世話になるよ」

「傷物……」


 ちらりと視界に入れてしまったのは、背中をべちょべちょにされて嘆いているフロウ。そして未だに目を覚まさない縛り上げられているカーリン。

 うーん、どちらの事を指して言っているのかはわからないので、ここは曖昧に笑って誤魔化そう。責任、コワイ言葉だなぁ……。


 ポッドの根に程近い場所で佇むリーンメイラ、過ごしてきた年月を感じさせる大木と老犬がセットになって一枚の絵画のようだな、と眺めている内に拠点にいた人々が集まり新たな住人を紹介しようと思ったところを猫人族の男性、ペラゴンに声をかけられた。


「ほ、ホリ様ッ!? あの方はまさか、リーンメイラ様ではございませんか!?」

「うん、そうだけど……。知り合いなの?」


 その問いに頷いて答えると、集まっている猫人達が騒ぎ出した。まるでポッドと初めて対面する時の魔族のようだが……。

「犬人達に伝わる伝説に出てくる幻獣ですよッ!! すごいすごい!!」

「里の犬人達がここにいたら、腰を抜かしてますよ……」

「ありがたやありがたや……」


 興奮を抑えきれずに小さく跳ねるマリエンと手を繋いでいる驚きの表情を隠せないシュレン、両手を合わせて祈りを捧げているヒューゴーなどを落ち着かせて話を聞くと、亜人達にはそれぞれ信仰する幻獣が居り、その扱いはまるで守り神のような物だった。


 そういえば、彼らは祈りを捧げてはいたけど神様や魔王にって感じではなかったしな。彼等にもそういった対象がいるのだろうか?


「ヒューゴー達にもいるんだ? そういう、守り神が?」

「ええ、いるにはいるんですが……。相当昔に、人族に敗れ討伐されて死んでしまったと聞きました。それでも、我々はその方を敬愛し祈りを捧げ続けていますよ」

「今度、その方の彫り物をホリ様に差し上げますね」


 輝く笑顔で手を握ってくるマリエンを撫で、改めてリーンメイラ達を紹介すると倒れていたカーリンも目覚め、荷車ががたがたと音を出して揺れる程に暴れ始めたので解放しておいた。

「こ、ここはどこだ! 貴様ッ! よくもやってうぐっ」


 俺や糸を解いてくれたラヴィーニアを視界に収めると一気に地を這うような姿勢になり、顔を揃えている俺達を前に戦闘態勢に入ったカーリンを戒めたのは母親の老犬の尻尾だった。


「うるさいよカーリン。お世話になるんだから挨拶はしっかりとしな。じゃなきゃまたあの飲み物を飲ませられるよ!」


 ぼんやりと白く濁りながらも凄みのある黒い瞳がカーリンに睨みを利かせ、その言葉を聞いた途端に尻尾を体に巻き付けるようにして体を縮ませながら、こちらへ頭を下げてきた彼女。返すようにあちこちから『既に薬草汁をお見舞いされたのか』と同情と憐みの籠った対応をされていて多少困惑していたようだが。


 自分の娘達が拠点の住人達と言葉を交わしているのを微笑ましく見守りながら、リーンメイラとポッド、そしてト・ルースが談笑している。


「リーンメイラさん、申し訳ないんですがいつもだと歓迎の酒宴を開くのですが、今は大発生に備えて少しでも準備を進めたいんです。トロルを撃退したら宴会をやるので、その時はお楽しみに」

 俺が彼らに今後の事を伝えると、理解を示して大きく頷きこちらを見据えるリーンメイラ。

「ああ、それはそうだろうね。大丈夫だよお酒は逃げないだろう? クックッ、お酒が振る舞われるなら私もトロルの頭の十や二十は噛み潰さないといけないかな?」

「ホリ、多分あの瘴気の様子なら猶予はあと太陽が二回沈んだくらいじゃろう。ワシにも準備出来る事があるなら何でも言ってくれい。こうして頼みを聞いてもらっているし、ワシ頑張る」


 必要な物も揃える事は最低限出来ているから問題はない。ただどうしても今回の作戦上、仕方ない事が数点あるからそれの許可を取っておこう。


「手伝ってくれるのならありがたいです。ポッドは……、何か頼むかもしれないな。準備だけはしておいて? それとリーンメイラさん、出来れば娘さん達に協力して欲しいんですよね。どうしても森の中に入って相手を誘い出さないといけませんから。森に住む貴方達なら、トロルに追いつかれる事なんてありえないでしょう?」

「それはそうさ。私達は本気で走ればその速さはちょっとした物でね、それは森でも変わらないよ。お前達、ちょっとおいで! 話がある!」


 あちこちで様々な種族と話をしていたリーンメイラの娘達が集まり、並ぶようにおすわりの姿勢を取った。


 見た目は少し怖いけど、こうしていると可愛いなぁ……。ゆらゆらと風と共に揺れている毛並みや緑の尻尾がまた堪らないが、今は真面目に話をしておこう。


 作戦の内容を並んでいる彼女達に話してみると、俺達の話の邪魔をしないように笑いを噛み殺しているリーンメイラ。そして当のその子供達もどうやら乗り気になってくれたようで、カーリンがまず口を開いてきた。


「いいだろう、その作戦乗ってやる。誘い出すだけでいいのならむしろ我らだけでもいいくらいだ。森にいるトロル共を全て誘き出してやるぞ!」

「よーし、やったるぞ!」

「面白そう!」

「それなら任せてホリ。私達の本気の速さはさっきとは全然違うんだからね? その時に私の背に乗ってたらこの背中くらいじゃ済まないわよ。漏らしちゃうかもね」


 ちらりと、自嘲するように自分の背中の惨状を嘆く彼女。


「ああ、フロウごめんよ。あとでお風呂を用意してそこで綺麗に洗うから、それまで我慢してね?」

「オフロ……?」


 相手を誘き寄せる担当、主にケンタウロス達の作戦会議に彼等にも加わってもらう事になった。最初は指図は受けないと言っていた一匹の犬に薬草汁をちらつかせつつ頼み込むと即座に了承してくれたので、問題もない。


「よし、それじゃあ俺もやる事済ませたら合流するから、道の整備も引き続きよろしく。ヒューゴー、お湯を用意してもらいたいんだけどいいかな? フロウ、気分が悪いだろうけどもう少し我慢してね」

「畏まりました。聞いた限りフロウ殿の体を洗われるのだとか、場所は排水路の傍の方が良さそうですね。リザードマンの方に水を出してもらえるよう頼んでおきますのでお話が済んだらお声掛けください」


 くしくしと顔を掻きながら笑顔で頷いてくれたヒューゴーがリザードマン達の元へマリエンと共に行ったのを見送っていると、後ろから声をかけられた。


「オフロ……」

「面白そうだね、オフロ……水浴びかい? 他の子達には手伝いをさせるから、私はそっちを見させてもらうとしようか」


 伏せていた大きな体を起こしながらこちらへとやってきたリーンメイラが首を傾げているフロウを落ち着かせるようにして鼻を当てている。

「ええ、構いませんよ。それじゃあ皆、また森に行く事になる人達は充分に気を付けてね。カーリン達も油断しないようにね」

「フン……」

「ではホリ、私もそちらに同行する。奴等の事は任せておけ」


 顔を顰めたカーリンとその姉妹達はケンタウロス達と行動を共にして、そのまま森へと出発していった。アナスタシアもいるのだし心配はいらないな。


 残された者達も行っていた作業をしに拠点の内部であれこれとやる事があるようなので一旦解散となった。今いないメンバーにはまた後でリーンメイラ達を紹介するとしよう。


 リーンメイラとフロウ、ヒューゴーやマリエン、ウタノハにト・ルースが共に排水路のある場所まで向かい、収納鞄から以前に使ったケンタウロス用の浴槽を取り出して準備を整えた。ヒューゴーとト・ルースはやる事を終えたら戻っていってしまったが、マリエンが残ってくれているのでお湯周りの問題は何とかなるだろう。


 ヒューゴー達やト・ルースが風呂の準備を済ませている間に、オラトリが浴場から持ってきた箱をウタノハに手渡し、すぐさまにどこかへ行ってしまったが受け取ったウタノハも何やらリーンメイラとフロウの二名に捧げるようにして箱を掲げて見せている。


 二匹共、それを顔を揃えて何かを確認すると、尻尾を大きく振って喜んでいるような様子だが……。

 入浴剤かな? と思っていたところへ、浴槽内に箱の中身を摘まんでいれたのでどうやら正解だったようだ。


「それにしても面白いね。香る草の匂いを水に溶かす、今の私には微かにしか感じられないのが惜しいくらい良い香りだ。よかったね、フロウ」

「はい、母上。背中を汁塗れにしてくれたホリに感謝をしておきます」


 にこやかな二匹がこちらを見てあれこれと言っているが、お湯の温度もぬるめになっているし大丈夫そうなので始めてしまおう。

「フロウ、こっちきてくれる? 水に入る前に軽く流しておこう。おいでおいで」

「母上、行ってきますね」

「ああ、ここで見ているから安心して行ってきなさい」


 ばしゃりと数回ぬるま湯をフロウにかけて、布を使って洗ってはいるがとにかくでかい。体毛は比較的短いからまだ楽ではあるが、あれこれと細かく洗っていたら時間も水も無駄に使ってしまうな……。


「フロウ、ちょっとこれだと時間がかかっちゃうからもう風呂に入って洗おうか。それでも俺の汚した部分は大分綺麗になった筈だよ」

「フフ、ありがと。それじゃあ、あの中に入ればいいのね……、母上?」


 彼女が不思議そうな声を出した先には、フロウや俺を見守っていた筈のリーンメイラ。夢中で洗っていたから気付かなかったが、彼女はいつの間にかぬるま湯を張ったお湯の中から首だけ出して入浴をしている。その表情はまさに恍惚としており、目を瞑って口を開けていて少しだらしないくらい。


「こりゃ、いいね……」


 ぽつりと聞こえた声、お湯もこれで捨ててしまう事だしそのまま入浴を楽しんでもらうとするか。

 フロウを誘導して、階段の段差を使って引き続きじゃぶじゃぶとフロウの身体を洗い、あれこれとやっているとリーンメイラと同じ様な表情を浮かべていて、楽しんでくれているようだ。


「よし、フロウ。痒いところはないかい? 無ければ次はリーンメイラさんをやるけど?」

「ええ、ありがとう。気持ちよかったわ。母上、交代ですよ」

「ああ……、ちょっとまっとくれよ」


 リーンメイラはフロウと違い、全身を覆う体毛も比較的長い。大きな体を動かすと、水の中でゆらゆらと揺れている青い体毛が海藻のように見える。フロウの尻尾もそうだが、ワカメみたい。

 流石に俺一人ではこの巨体は大変だとマリエンが気を回し、ケンタウロス達が体を洗う時に使う持ち手の長い、柔らかい毛が使われているブラシを持ってきてウタノハと二人でそれを手に気合を入れている。


 三人で彼女の大きな体を洗い流しつつ、ついでにフロウよりも少し強めにマッサージをしていると、上の方から声が漏れてくるのが聞こえる。


「あぁ……、うう……、ふぁー……」


 やっている感想としてはとにかく体が硬い! デスクワークでガチガチになった人の肩の数倍は硬いなこれ!! 悪戦苦闘を強いられたが、何とか揉みしだきながら体を洗い終える事が出来た。


 ちらりと、前にいる老犬の表情を見れば先程よりも更に大きく口を開けて、舌を口の横からだらりと垂らしているリーンメイラと、空に向かって口を開け、何やら声を出しているフロウ。

 そしてこちらには一仕事やり終えたウタノハとマリエンが飲み物を用意してくれたようだ。


「お疲れ様です、ホリ様。お水をどうぞ。フフ、楽しんで頂けているようですね」

「ありがとうウタノハ。そうだね、あの表情で嫌がっているって事もないだろうから良かったよ。マリエンもお疲れ様。二人のおかげで助かったよ」

「楽しかったですよ! またやりましょうよ、三人で!」


 そのマリエンの言葉に反応したフロウが、手足を水中でかきながらこちらへとやってくる。

「こんなに気持ちがいいのなら、是非またやって欲しいわ。ねえ母上?」

「ああ……、うん……」


 完全に使い物にならなくなってしまった老犬、のぼせてしまうのも怖いので程々に意識を取り戻してもらったのだが大変なのはそこからだというのはわかっている。


 この巨体の犬二匹、どうやって乾かすかなぁ……。

 ちらりと問題のリーンメイラとフロウを見ると、彼女達はウタノハとマリエンが用意した豆乳の冷ました飲み物を浴槽から首だけ出してがぶがぶと飲んでいる。


「ふうう……、すまないね。あまりにも気持ちが良くて我を忘れていたよ。ん……? 何を考えているんだいホリさん?」

「ああ、いえ。どうやって貴方達を乾かすか考えてまして……」


 布を使うか?いやでもどれだけあっても足りないだろう、この巨体だし……。

「こうすればいいんじゃない?」

 あれこれと考えている内に、フロウが浴槽から出てその大きな体をぶるりと大きく震わせて頭から手足、尻尾の先まで水を弾いている。

 ぴしぴしと嵐のように周りに飛び散る水滴を被り、濡れる俺、ウタノハ、マリエンの三名。

 濡れ鼠と化した俺達と、お風呂の余韻に浸っているフロウ、その惨状に笑うリーンメイラが同じ様に浴槽から出てきたのだが、彼女はまた別の考えがあるようだ。


「クックッ、皆濡れちまったねえ。纏めて乾かしてあげるから、私の傍に来てくれるかい?」


 マリエンやフロウと視線を合わせ、ウタノハの手を引いて言われるままぼたぼたと水を垂らしている彼女の横に立った俺達を確認して一つ頷いた老犬の濡れた尻尾がピンと逆立つ姿が見えた。


「少し、息苦しいかもしれないがすぐに済むからね」

「え、一体何を……」


 言葉の途中で何か轟音が響き始め、そしてその音が聞こえると同時に体を襲う風。目を開けていられないほどに強い風が俺達を包み、その嵐のような中でぶるぶると体を震わせているリーンメイラ。


 しかし、俺はそれどころではない。いや、より正確には俺達か。

 一緒に風に包まれている二人の悲鳴と共に、その事象によって見える女性の御神体。輝かしい布が最高に輝いている角度を模索せねばと身を低くしてあれこれとしている内に風も治まってしまった。


「くそう! 見えなかった!!」

「ホリ様、何を……? あっ!?」


 バッと自分の足元を手で確認しているウタノハ、不思議そうに彼女と抱き合ってこちらを見ていたマリエンの純粋な瞳に心が痛む。


 見れば二名の犬達は風が吹けば尻尾が靡くほどに乾き、触ってみて少し冷たいと感じるくらい? 少しの時間があれば完全に乾いてしまうだろう。


 風に包まれる前と違う点はこれ以上ないほどに髪がぼさぼさになった俺達三名。皆あの強風のおかげでとんでもない事になっている。俺はまだマシだがウタノハとマリエンはその逆立った髪を直す為、改めてこの後風呂に入るようだ。

 赤面しているファンキーな見た目のオーガを宥めつつ、二匹の犬の状態を確認してみたが問題はなさそうだ。


「凄いですね、魔法ですか?」

「ああ、私達は風を操るのが得意でね。これくらいなら訳ないよ、ちゃんと周りに被害が出ないようにしてあるから安心しておくれ」

「母上の魔法は綺麗でしょう? ホリ」

「お、おう……」


 さっぱりわからないが、服も乾いていたりとあれこれしてくれたようだ。短時間の入浴だったかもしれないが、それでもさっぱりと綺麗になり、顔を埋めればほんのりと香る匂い、また入りたいという二匹の犬の言葉からも好評だったのは間違いないだろう。


 そこから片付けを済ませて、浴場に向かうウタノハ達と別れてから俺とリーンメイラ達はポッドの元へと戻る為に歩いていた。


「それにしても、それほど動いて大丈夫ですか? 森では歩くのも辛そうでしたが」

「うん? そういえば不思議なんだがね、不思議と体が軽いのさ。毎日体中に圧し掛かっていたような鈍痛も今はない、あの薬を口に捻じ込まれたからかね? それならルースに感謝をしておかないといけないか」


 大岩の中から出てきた時は少し歩くだけで大きく息を吐いていたり、歩いている姿もよたよたと足元に力が無い印象だったが今は違う。力強く踏みしめている足元に、軽快な足取り、こうして話をしながら歩いていても辛そうには見えない。


「まぁ、一時的な物かもしれませんから無理は禁物ですよ。それじゃあ、俺も一度戻って貴方達の家を用意してもらっておきますね。完成するまでもしかしたら洞窟暮らしになってしまうかもしれないですが、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないよ。悪いねホリさん、これからお世話になるよ」

「ホリ、それなら私の背に乗って? 大丈夫、それほど速度は出さないようにして送るわ」


 ポッドが見えてきたので、そのまま別れようとした時にフロウがそう言って俺の近くで体を低くした。速度を出さないのなら、まぁ大丈夫か……? 先程は味わっている余裕が微塵もなかったけど、大きな犬に乗るという夢が叶えられるチャンスではあるしお言葉に甘えてしまおう。


「それでは母上、行って参ります」

「ああフロウ、気をつけるんだよ。ホリさんもね。ああ、ちょっとお待ち……。おいポッド、お前の木の実一つよこしな!」

「なんじゃいきなり……、お前、あれはな? とてもありがたい実でじゃな」

 俺達が立ち去ろうとするのを呼び止めた彼女は突如としてポッドに叫び、その要求を突き付けられたポッドはありがたいご高説を始めようとしたのだが。


「うるさいねえ。なら勝手に取るよ」

「あっ、こらお主やめっ! ……っ、手遅れか……」


 樹冠の中を見まわして突然飛び跳ねたリーンメイラと、がっくりと力無く顔を歪めたポッド。そしてポッドが大きく息を吐いてその葉を揺らすと、その音の中から巨大な犬が飛び降りてきた。


 その口には見慣れたポッドの実、悪戯が成功したように笑っている老犬からフロウがそれを受け取り、あっという間に食べ切るとリーンメイラは大きな木の根元に体を下ろして休み始めた。

「クックッ、ご覧の通り今は体の調子が頗る良いみたいだ。フロウ、しっかりやるんだよ?」

「はい、それでは母上行ってきます!」


 元気な母犬を見て喜ぶ彼女はそのまま駆け出した。先程のような速度ではなく、人間が走るくらいの速度を殆ど振動もなしで軽々と出しているフロウ。乗り心地も良く、たまにお風呂に入れた入浴剤の香りがするというリラックス効果も搭載された。


 その状態であちこちへと走ってもらい、あれこれと確認を済ませていると来る大発生への備えも万全と言えるが、それでも何が起きるかはわからないので引き続き罠を作り続けよう。


 道の整備も進んでいる、あと二日しか猶予はないし頑張って工事をしてくれている彼等の体を休ませてあげたいので、実質準備が出来るのはあと一日。

 何とか間に合いそうだ。元々森へのアクセスをもっと快適にしたかったのもあるし、キッカケはアレだけどいい機会だったかもしれない。


 あれこれとフロウと一緒に見て回り、その後道の整備に加わったのだが自分の髪型が酷い事になっているのを失念していて、工事をしていたゼルシュを始め、色々な人が腹を抱えて笑っていたので疲れているだろうと薬草汁を振舞っておいた。

 一人で工事する事になってしまったが、何とかなるだろう。


「もう、それやる必要なかったでしょ? 仕方ないわね、私も手伝うわ」

「ホントに? 悪いね。いやあ、みんなお腹押さえてたから、健康にしたんだよ。悪気はないよ? ホントホント」


 俺の言葉を聞いてリーンメイラのように笑いを噛み殺しながら、あれこれと手伝ってくれたフロウと二人であちこちの整備をしていると大分日も傾いてくる。

 寝転がっている者達を起こして、拠点へと戻る道中に他の道を整備していた班とも合流して賑やかに帰還すると、何故かポッドの前に席が用意され、食事がずらりと並べられていた。


「あれ? 宴会するって言ったっけ? トロル倒してからやる予定だったのに」

「ホリ様、お帰りなさいませ。リーンメイラ様達の歓迎の儀などは後日という事でしたが、せめてここで食事会を開いてはどうかと姫様が仰りましたので準備を進めておきました。不味かったでしょうか?」


 料理を作っているオーガの女性が理由を教えてくれた。ちらりと見ればスライム君があれこれと火に囲まれている中で飛び跳ねて料理を作っている。彼が乗り気ならそれでいいか、楽しそうだし。


「いや、むしろ気を回してくれてありがたいよ。それなら、今日はお酒は抜きでスライム君の料理をたっぷりと食べようかな」

「ええ、ホリ様が作ったあのトウニュウとオカラでまた何か新作を用意してらっしゃいましたよ。ホリ様達はそのまま浴場へ行って疲れを取ってきて下さいませ」


 深々と頭を下げてくるオーガの女性や他の料理をしている者達にお礼を言って、フロウから降りてそのまま歩いて浴場へと向かう。


「それにしても何故ホリ様はあのような事になっているのですか?」

「わからん……。ただ本人が全く気にしていない素振りなのに、笑うとをお見舞いされるぞ。不条理だ」

「理不尽ですよねぇ……」


 後ろでオーガの女性やゼルシュ、別のリザードマンが何かを話しているが聞こえないフリをしよう。


 ちらりと見た先にはポッドの横で眠っているように見えるリーンメイラの姿。この世界、御伽噺や伝承の類が種族毎に色々あるのが面白いけどその登場人物達がまだ生きているというのには驚かされる。

 その人物達に話を聞いて、その伝承を色々と照らし合わせたりと調べてみたら面白そうだけど、時間と労力が余っていないととても実現できそうにないか。


 考えながら歩いていて到着した風呂場。

 とりあえず今はそんな事を考えていても仕方ないので、浴場の出入口のところでこちらを指差して大笑いしているアラクネの長女と次女にコレを喰らわせてやろう。


 俺は水筒の蓋を開けて体でそれを隠し、爆笑しながら近付いてきた彼女達の口の中にそれを流し込んだ。

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