第82話 出会いと出発
「お兄さーん、朝だよー?」
「うん、おはようございます。今日もありがとうね」
身支度を済ませ、荷物を纏めていたところへこの宿の看板娘が部屋をノックしながら声をかけてきた。
どうやら彼女の中で、俺は朝に弱いと思われているようだ。ドアを開けて挨拶をしたら目を見開いて驚いていた。
そういえばこの宿のベッド、使い心地がいいからいつも寝過ごしてしまうんだよなぁ。拠点でもベッド作るか? 木材も割と集まっている事だし。
「あれ? 朝御飯はいらないのかな?」
「うん、食べている時間も無さそうだからね。このまま行かせてもらうよ」
彼女と一緒に受付のカウンターまで戻ってきたところで、思い出した物をいくつか取り出す。
「これ、君と親父さんに一つあげるね。汚れが酷い物とかに使ってもいいし、手や体も洗えると思うから」
鞄から取り出したのは石鹸、彼女はそれを不思議そうに眺めているので軽く使い方を教えてからもう一度鞄に手を突っ込んで金貨を取り出しておいた。
「それと、これ。多分また次もお世話になるから、あと親父さんに貰ったあの蜜のお礼だと思って受け取っておいて」
「えっ!? こんな大金貰えないよ!! ダメダメ!!」
拒否をされてしまったが、彼女の手へと無理矢理握らせる。
「今回も君には助けられたからね、これでも足りないくらい感謝してるよ。また次、お世話になるから是非受け取って欲しいな」
「うう……、それじゃああの部屋! お兄さんがいつも滞在する部屋を出来る限り開けておくよ! いつでもきてね!」
貸し切りじゃないというところに彼女の商魂が垣間見えて少し癒されるな。
そしてあの石鹸を主に使う事になるであろう親父さんにも金貨を渡したかったが、どうせ受け取らないのはわかっていたので、石鹸の入った箱の中に一枚金貨を忍ばせておいた。
「それじゃあ今回もお世話になりました。また来ます」
「うん! 絶対だよ!? また来てね!」
彼女が店先で元気に手を振ってくれるので振り返しながら店を後にし、当分また離れる事になるこの白い美しい街を記憶に残すように、見渡しながら歩き始めた。
そういえば、今日も見たなぁ拠点の夢。
まさか魔王のツマがポッドの枝に吊るした精霊に向けて、釘バット千本ノックを始めるとは思わなかった……。魔法の弾のような物が同じ個所に当たり続けるって、それ普通に魔法撃ってるのと変わらないんじゃ……? と思いながらも、そのツマの行動を後ろで真似ているムスメとゴブリン達、ルゥシアに癒されたなぁ。
……あれ? でも精霊は置いておいて、ポッドは大丈夫なのかな。衝撃で葉が吹き飛んでいたりしたけど……。まぁ、夢だから別にいいか。皆元気そうだったなー。
空気が冷たく感じられる時間帯、露店や店先の看板などもまだないこの街の別の顔を見渡しながら通りを歩いていると、中央広場から少し行ったところで昨日も会ったおじさんとその奥さん、そしてその二人の間に小さな男の子と馬車の中では荷物を整理している大柄の女性がいた。
「おはようございます、何か手伝いましょうか?」
「おお、兄さんおはよう! いやこれで最後だからな! 大丈夫だ!」
「おはよう兄さん! アレック、挨拶しな?」
朝から元気な二人の間で、小さな男の子がこちらを見上げていた。どこか気弱そうな印象を受ける彼は自分の両親に一度視線を送った後に俺を見つめるようにして、少し照れ臭そうにしている。
「は、初めまして、アレックです。おはようございます」
「初めましてアレック君、おはようございます。暫くの間、お世話になります」
彼に挨拶を返すと、軽く頭を下げて馬車の中へと駆けるように入ってしまった。
「ありゃ、ごめんね兄さん。人見知りする子でね、許してやってよ」
「いえいえ、利発そうなお子さんですね。それに人見知りなのにあんなに丁寧に挨拶できるなんて凄いですよ」
「ハッハッハ、そりゃ俺の息子だからな! 頭も顔も俺に似て優秀なんだわ!」
その時、馬車の中で荷物を整理していた大柄の女性がこちらへとやってきた。
でかいな、俺と同じくらいありそう。といってもこの世界で俺の周りにいるのって基本魔族だから、俺よりデカい奴ばかりなんだよなぁ。拠点内で同じか少し低いくらいの背丈といったら姫巫女の一族くらいだけど、オラトリは俺より背高いし、足がなが……うぐぐ!
気を取り直して彼女を見ると、赤に近い茶色のパーマ頭をしている。健康的に焼けた少し色黒な肌とその髪型から好きだった映画女優に似ている。
「アンタが同行者かい? クラリーだ、よろしくな」
「ホリです、短い間かもしれませんがどうぞよろしくお願いします」
差し出された手を握り返す。ごつい手をしているな、あと掌が固い。
鉄と革が使われた軽装を身に着け、腰の剣も年季を感じるほど治まりの良さを感じる。なるほど、彼女が凄腕の護衛か。
立ち居振る舞いも何処か隙のない感じがするが、ピリピリとした空気を感じさせない余裕が強者って感じでかっこいい。
「そういえば俺達まだ兄さんの名前知らなかったな!」とおじさんが切り出し、奥さんとクラリーが呆れながらも気を取り直して出発となった。
馬車は二頭の力強い馬が引いている。
アレック君とミリーが隣同士で座り俺はその真正面へ、御者の場所にジーヌとクラリーが座った。馬車の後方にはかなりの量の物資が積まれていて、圧迫感が凄い。
街を出る際にはまたあの髭の門番達がいたので、挨拶を軽く済ませてお金を支払う。こちらは軽く済んだが、馬車の荷物の検めに時間が少しかかった為、それから少し後にいよいよグスタールから出国となった。
馬車の中は意外と振動があるし揺れる……、何か良い物なかったかな?
鞄の中から、アナスタシア達ケンタウロスに跨る時に使うクッションを尻の下へと敷いてみたが、何も無いよりはマシだな。
「ホリさん、随分といい物を持ってるんだね? 相当いい布よねそれ?」
真正面に座っていたミリーが俺が鞄から出した物を指差し、軽く首を捻りながら質問をしてきた。流石に目ざとい、一瞬で見破られた。
「ええ、友人達が私の為に色々と用意してくれたんです。他にもありますが、馬車という物にあまり乗った経験がなかったので、これがあって助かりましたよ」
「それも魔道具の鞄だろ? 結構いい物持ってるよな、ホリさん」
馬車の御者ポジションで手綱を握って二頭の馬を操っているジーヌが軽くこちらを振り返って俺の鞄を指差している。この二人、やはり目ざといな。別にそれほど隠してもいなかったけど。
「アタシとしちゃその剣が気になる、何かわからねえけど存在感があるんだよなぁ」
こちらを振り向きながら馬車の壁面に立て掛けてあるアナスタシアの剣を指差し、不思議そうに首を傾げているクラリー。
「これは友人からの預かり物なので……、本来の持ち主が物凄く強いのでそれでですかね? 持っていると安心する位ですよ」
「ふーん? どれくらい強いんだそいつは?」
俺が出した言葉に興味を持ったのか、御者台の背もたれの部分に肘を置き手に顎を乗せてこちらを見やる彼女。どういえばいい物か。
「あーっと……、オーガの中で一番強いって自称してたオーガのリーダーと決闘して勝つくらい……ですかね?」
俺が過去の出来事の中で一番彼女の強さが判りやすい例えを出したら、真正面のミリーやアレック君、そして御者台のジーヌとクラリーがまさにぽかんとした表情で口を開けてこちらを眺めている。
「ジーヌさん? 前、前見て下さいね。危ないですよ」
「お、おう! 大丈夫だよ! しかし兄さん、オーガと決闘して勝つってそりゃ……とんでもねえぞ? その話が本当ならかなりのバケモノじゃねえの? なあクラリー」
「ああ、しかもオーガは自分達の強さにプライドみたいのを持ってるから、そんな『自分が一番強い』って自称してたら他のオーガが黙っちゃいない。恐らくすげえ数の殺し合いを戦い抜いてきたであろうそのオーガに勝ったって事だ」
アレック君がクラリーの服の端を摘まんで彼女の意識を引いている。ん……? アレック君を見るクラリーの目と表情が先程と違って和らいだような……。危険な香りがしますねこれは。
「クラリーさんよりも強いの?」
「ああ、比べちゃいけないくらい。オーガは単体でも怖えけど、群れの頭張ってる奴なんてそりゃもう文字通りバケモノだぞ? アタシが戦争で見たオーガなんて、人間の頭を掴んでそのまま引っこ抜いて頭に噛り付いてたりしてよ。戦場で一番見たくない相手だったな」
「それは、怖いわ……」
青い顔をしているミリーやアレック君、そしてアレック君を撫でているクラリーの三人とは別のところで心臓に汗を掻いていた俺。
えっ……?! アナスタシアヤバすぎじゃ……。セクハラしまくってるんだけど、彼女の心の広さで今日まで生きてこれたのか俺。帰ったらありがとうのハグをしよう。
「そんな知り合いがいるなら『あの山』の近くで鍛錬してるってのも頷けるなぁ。あの辺りだろ? 最近よく魔族が出没するって奴」
「おお、そうそう。今回はしょうがねえが、次回からはもうちっとあの山から離れたルートにしようと思うんだよ。流石にそんな場所うろついてちゃ命が幾つあっても足りねえだろ?」
「そうね、命あっての物種よ。それじゃあ聖王国についたらちょっと滞在伸ばしてこれから先のルートを考え直しましょうか」
彼らの話し合いの最中に、真っ直ぐな目でこちらを眺めてくるアレック君。何か言いたげだがどうしたのだろうか。
「どうしたの?」
「あの、そのマントって魔道具じゃないですか? 凄く精巧に作られてて、それに編み込まれてる術式が……」
両親の審美眼を子も受け継いでいるのだろうか。彼は俺のマントをおずおずと躊躇いを出しながらも指差しそう告げてきた。賢い子だなぁ。
「うん、これも鞄も、ついでに言うとブーツも魔道具だよ。全て頂き物で、大事な品なんだ」
「やっぱり! どれもこれも凄い物だって感じます! あっ……」
彼は少し興奮を見せていたが我に返り隣の母親の影に顔を隠すようにして照れた自分の顔を見せないようにしている。
「ありがとう、大事な物をそう言って褒めて貰えるとと嬉しいよ」
「アッハッハ! この子は魔道具には鼻が利くからね! この子がこういうって事はホリさんの持ってるモンはどれも良い物だろうね! 他にもあったら私達に譲ってくれるとありがたいよ! 勿論安くね?」
自分の腕の影に隠れた息子の頭を撫でながら元気に笑うミリー、彼女の明るい声を聞いて御者台の二人もそれを聞いて笑っている。
「そうだなあ、収納魔法の鞄なんてかなりの高級品だしな。そのマントの効果がどんなモンかは知らないが、アレックがいうなら間違いない。色んな物持ってるなぁホリさん」
「ええ、ただどれも思い入れのある品なので魔道具どうこうというよりはこの物自体が大切ですかね。大分長い事お世話になり続けているのでもう手放せませんよ」
俺達を乗せた馬車はそれから暫く移動を続け、彼らの流通ルートの定番の休憩場所へと辿り着いたタイミングで昼を頂く事となった。とは言っても、グスタールで購入してきた物を頂くだけなので、どちらかと言えば人よりも馬を休ませる意味合いが大きいようだ。
道中グスタールで購入した焼き菓子などを摘まみながらあれこれと子供のように彼らへ質問をして、その度に田舎者なものでと返す自分。尻の痛みも忘れて色々な事を質問してしまったなぁ、浮かれすぎていて恥ずかしい。
「さぁて、飯を食った後はかなり長い事揺られる事になるからなホリさん。体力の方は大丈夫かもしれないけど、体はほぐしておいた方がいいぜ?」
クラリーがアレックと共に体の筋を伸ばすようにしている、確かに背中や肩、足が結構固くなっているな。言われた通り柔軟でもしておこう。
そこから馬達の様子を見て大丈夫そうだという事で再出発。
それにしても、暇だな。のんびりとした空間と馬の蹄の音。馬車の中だと日も当たらずに風が抜けて涼しいし、目の前の二人は食後という事もあってかもう寝ているし。
流石にウトウトとしてしまうが御者台の二人はバッチリ起きているし、俺も寝る訳にもいかないだろう。
何かやろうにもここにはタブレット端末やノートPCがある筈もなく、鉱石を出して何か作ろうにも場所がない。それに彼らに鉱石を見られるのもちょっと躊躇われる。
「ふっふ、ホリさん? 暇そうだな。意外と何もやる事ねえから退屈だろ?」
クラリーが声を小さく話しかけてきた、俺の手持ち無沙汰を察して笑いを噛み殺すようにして寝ている二人に配慮を忘れない彼女。
「そうですね、お二人には悪いですが先程から眠気が襲ってきてますよ。最近はあまりこうしてゆったりとした贅沢な時間の使い方は出来ていませんでしたから」
「へえ? そういえば村の開拓をやってるって話だったな。何か聞かせてくれるかい? 俺も話を聞きながらコイツをちびちびとやらせてもらおうかな」
「おいジーヌ、アタシにもちょっとよこせよ? 黙っておいてやるんだから」
手綱を握っているおじさんは胸元から小さなボトルを出した後に腰元にあった鞄の中からこれまた小さなカップを取り出した。同じようにクラリーも同じような大きさの小さなカップをいつの間にか手に持っていた。
成程、こうやって時間を楽しむのか。素晴らしいな。
俺の話す拠点の内容を聞きながら彼らはあれやこれやと質問を返してきたり、カップの中身を呷ったりと楽しんでいるようだ。
俺は流石に断っておいた。酔って気分が悪くなったりしてもつまらないので、その分今夜のミリーの作る料理の時を楽しみにしておこう。
目の覚ました二人が御者台のごきげんな彼らに苦言を呈しながら会話に混り、賑やかさを増して今日の第二の目的地へと到着し、その頃には大分日も沈み周囲には夜の帳が下り始めていた。
滞在する場所には数本の樹が生えていて近くには森が茂っている。
地面には一定の範囲まで草がなく土が剥き出しになっていて、そしてその中心には地面が焼け焦げた跡も見えるのだが、こういった流通の業者がよく滞在する場所なのかな?
彼らは馬車からテントを出して慣れた手つきで器具を設置していく。うーん、そういえばテント買ってなかったな。まぁ最初から屋外でマントに包まるつもりだったけど。
設置が終わり、思い思いに手頃な石や馬車から降ろした小さな椅子に腰かけている彼らの輪に加わると、その横ではミリーによる料理の下拵えで空腹には耐え難い匂いが醸し出され始めている。
先程拾った焚き木も充分にあるし、あとは食事をして寝るだけか。
俺も先程飲めなかったお酒を頂きつつ、多少距離の縮まってきたアレック君に魔道具について聞いていた。様々な刻印を刻んだり、魔力を素材に練り込んだりして作り上げていくその過程などを淀みなく説明し、道具の製作方法を幅広く知っていて。
何より楽し気に語る彼。
「アレック君は魔道具の職人さんになりたいのかな?」
「え、えっと、……はい。便利な道具を生み出して、お父さんとお母さん、それにクラリーさんに使ってもらいたい……です」
自分の想いを語るのが恥ずかしいのか、伏し目がちにはにかみながらそう話す彼。この歳でやりたい事を見つけているという事も素晴らしいし、既にそれについて独学で学んでいるのも凄いな。天才か?
「アレック君はさ……、好きな子とかいるの?」
彼の嬉々として魔道具について話す表情、そしてこの幼さで見せる聡明さ。つい出来の悪い大人が下衆な勘繰りを彼にぶつけてみたところ、彼は先程までの笑顔が鳴りを潜め、打って変わって真っ赤な顔で声を張り上げた。
「い、いません!」
「そうなの? じゃあどんな子が好き? 見た目とか性格とか。ちょこっとだけおじさんに教えてみ?」
必死に内心を悟られないよう表情を整えながら彼に小声で話してみる。ジーヌとクラリー、ミリーは三人でこれから変えるであろうルートの事で互いに意見を出している最中だし、料理もまだ途中のようで、こちらへ意識は向いていない。今がチャンスなのだ。
「え、えっと……、それは……」
「大丈夫大丈夫、俺はほら、数日したらお別れだから絶対両親やクラリーさんにバレないって! ほらほら、教えて?」
困った表情であたふたとしている彼、うーんこれは子供好きな人が見たらオチる。ふざけた中年の発言をこれ程真面目に考えている点からも、いい子なんだなと思える。
「え、えっと……。強くて……」
彼は焚き火の炎が照らす以上に顔を赤くしているのがわかるほどに照れている。そしてぽつりぽつりと自分の理想の女性像を語り始めてきた。
「強くて……?」
「少し肌が焼けてて瞳が綺麗で……」
ん……?
彼は自分の服の裾を掴んで体を少し強張らせながらもさらに続けて呟いた。
「髪が赤い、優しい女性です……」
んー?
答え合わせをするようにちらりと視線をある場所へと移したアレック君と視線の先にいる条件が該当してしまう女性。その女性はジーヌから酒を貰い、それを豪快に飲み干していて笑っている。そしてその様を恋する乙女のような瞳で見つめている彼。
「将来有望だなぁ君は。おじさん応援するよ!」
「なん、何のことですかッ!」
彼の小さな肩に手を置いて神に祈っておく。ああ、何て面白そうな一行なんだ……! ドラマがあるな、この馬車の旅。この一行に出会わせてくれた神に感謝しておこう。
そうこうしていく内に夜も更け出し、辺りがより一層暗くなる。
周囲は空の月と星、そして俺達のいる場所で光る二つの火以外何も見えない闇が広がっている中で、ミリーが作り出した料理はシチューやパンを少し火で炙って肉と野菜をサンドした物や野菜炒めなど、とても豪華だった。
「いつもより何か豪勢じゃね?」
「それがね、ホリさんが食費をかなり出してくれたから今回の聖王国までの間はかなり奮発出来たんだよ! 肉も野菜もパンもいい物だからおいしいはずさ!」
「くぅー、この野菜炒め、この酒に最高に合うぞクラリー!」
既に出された物を摘まんで酒を進めているジーヌは顔を赤らめ、笑顔でカップを掲げている。
「まじかよ! そりゃ是非頂いておかないとな! ホリさん、感謝しとくぜ!」
パァンと肩を割と強めに叩かれて笑顔でジーヌの元へ行く彼女、そしてそれを眺める少年の目、うーん。
最初にアレック君を眺めるクラリーの目と今の彼の目は似ている気がする。出来る事なら彼らの行く末を見守りたいがこれは一期一会、少年の恐らく初恋がどうなるかは神にもわからないだろうなぁ。歳の差、いくつあるんだろう?
ミリーの食事は確かにおいしい物だった、久々に食べたシチューもサンドイッチのようなパンも、野菜炒めも美味しい。だが、こうして他所で食事をすればするほど渇望のようにスライム君の料理が食べたくなる。
ヤバイエキスでも入っているのか……? 拠点に戻ったら一番に何かを食べさせてもらおう。
食事も済み、クラリー、俺、ジーヌの順で見張りをしようという事になった。
火の番を任せてもらっている事からも、彼らから最低限の信用はされているのは嬉しいな。ただ時間の感覚がわからないので、出来る限り起きていようとは思う。何かあったら大声を出せばいいしな。
アレック君とミリー、ジーヌがテントへと入り、クラリーが火のすぐ傍に。
そして俺は丁度テントと焚き火の間で、頭の先までマントに包まり顔に魔道具を巻き付け、そして枕にアラクネとハーピーが作り上げたクッションを敷いて寝ている。マントの中にあるし、土で汚れる事も少ないだろう。
更に、寒いかな? と思って馬車の中でアラクネの布をいつかのペイトンの時のようにサラシとして体に巻き付けておいた。これが案外とフィット感が良く、吸い付くような感覚なのに絞めつけられている息苦しさもない。
これで寒いのなら、自分の準備の杜撰さを恨もう。
上を見上げれば星空、それも満天の。月も輝き、眩しさを感じるくらいだ。目を瞑ると、ぱちぱちという焚き火の音。そして楽し気に聞こえる虫の鳴き声と、風が吹いて揺れる木々の騒めき。
その音に身を委ねていたら気付けば寝ていたようで、体を揺すられる感覚で目を覚ます。どうやら時間が来たようだ。
「ホリさん、交代だ。何かあったら全力で叫ぶんだ、いいね?」
「わかったよクラリーさん。お疲れ様、あとおやすみなさい」
俺が起き上がり、体を伸ばしたりしてそれを見守っていた彼女はそう忠告をしながらテントへと入っていく。
さて、と……暇をどう潰そうかな? 流石に誰も見ていないのだし、鉱石で何か作ろうかな。夜の静かな空間で、あまり騒がしくしてテントで寝ている彼らを起こすのも申し訳ないので、鉱石で小さなナイフを作ってみた。
最初の内は曲がっていたり、潰れていたり……。散々な出来栄えで目も当てられなかったのだが、ようやく綺麗な物が出来た。刃が細身で長さとしては掌サイズより少し大きい。俺の技術ではこれ以上小さい物は難しいな。
刃の先も丸く刺せない、砥いだ訳でもないので斬れ味も全くない。武器としての性能は低い美術品のような物になってしまったが我ながら見た目は良い、センスの悪さが夜中という事で眠っていたのだろうと思えるほどに綺麗な出来。
研磨してシーや猫人族のシュレンなど、ナイフを使っている人にあげてもいいな。使ってもらえるかは別として……。
「ホリさん……? 何をしているんですか?」
テントの中から顔を出した少年は寝惚けているように目を擦りながら俺へと声をかけてきた。
「アレック君おはよう、喉でも渇いたかな? はい、お水」
「あ……、頂きます」
彼に水を入れたカップを渡すと少しずつ飲み込んでいく。テントの中が少し暑かったようで、焚き火の灯りに額の汗が輝いていた。
「それ飲んだらちゃんとトイレにも行きなよ? 俺もついていくからさ」
「はい、ありがとうございます……。綺麗ですね、そのナイフ。以前にお父さんが仕入れたミスリルのナイフよりも輝いていて……、何て言うか、そう、お月様みたいに」
彼は俺達の頭上で輝いている月を指差して、そう例えながらこのナイフを褒めてくれた。
「嬉しいな、暇だったから作ってみたんだ。まぁ斬る事も刺す事もできないナマクラだけどね。初めてこんなにいい出来の物が出来たから、後で鞘も作らないと……」
「作った……? フフフ、ホリさんも酔っ払ってるんですか? こんなところでそんな綺麗なナイフが作れる訳ないじゃないですか。やだなぁもう」
彼はある意味当たり前なのだが、俺の言葉を信じられないようで口元を抑えて笑っている。だがアレック君の中でこのナイフはかなりの高評価のようで、素材や買った場所などを聞かれた。
「ごめんよ、お酒が回ったのかな? あまり思い出せないんだ」
「そうですか……、残念です」
誤魔化すのもアレだが、もうこれで通してしまった方が早いだろう。許してアレック君。
アレック君はこうして野営する事が多いので、キャンプ用のナイフを持っているらしいのだが今使っているのは父親が酔っ払った際に渡してきた物で色々とズタボロ。新しい物を母親にねだっては跳ね返される苦悩を用を足しながら語ってくれた。
「アレック君が羨ましいな、俺は父親と早い時期に死別したしそういう思い出の品ってあまりないから捨てないで取っておいた方がいいよ。このナイフもさっき言った通り切れ味もないからお守りみたいな物だしね」
「確かに、そんなに綺麗なナイフだったらお守りになりそうですね。ハァ……、ナイフを買うのに悩まないくらい、早く大きくなりたいなぁ」
彼は大きな溜息と共に子供の特権のような発言をしている。
俺も思ってたなぁ。気付けば体は大人、頭脳は子供の出来上がりだったけど……。聡明な彼なら俺のようにはならないだろう……、言っていて悲しいッ!
「フフ、アレック君のそれは憧れのあの人に早く近づきたいからかな?」
「ちっ、違いますよッ!! もう、ホリさんやめてください!」
俺達は用を済ませ、そのままアレック君はテントの中へ。俺は先程と同じ場所へ座り直し今しがた作ったナイフの鞘の作成を考えていた。流石に鉱石で作るのもつまらないな。何か良い物があったかな、と鞄を手に取り頭を捻ってみたが特に思い浮かばない。
仕方がないのでセバートの店で購入したナイフで刀身が同じ様な物を使って、微調整をしてこれでよし。手抜きだが、あとは持ち手……。これもグスタールで購入した紐を使おう、結び方は前にトレニィアに簡単な物を教えてもらえたし。
一度腕輪のつるはしで柄に穴を開けて紐を結んでいくと……、おお、それっぽく見える……! ゴダール商会に売れないかなぁ!?
「我ながらいい出来すぎる……、あらっ……?」
遠くの空が白み始めている。どうやらかなり熱中してしまったようだ。
テントの中へと声をかけるとミリーが最初に、続けてアレック君とクラリーが身を寄せ合いながら起きてきて、ジーヌは最後に頭を押さえながらふらふらと……。飲みすぎたのかな? 早ければ今日には彼らとはお別れだ。
「今日の天気も良さそうだ、拠点まであとどれくらいかなー?」
皆に早く会いたいなぁ、と考えながらも今更ながら眠気が襲い始めてきている。ナイフ作りに費やしていた集中が切れた為だろう。
よし、二日酔いかもしれないジーヌには申し訳ないが道中寝かせてもらおう!
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