第77話 設備拡張と旅に出ます

 とても重い空気、あらゆる人達が様々な感情を込めた視線を向けてきている。怒りや悲しみ、憐憫れんびんや哀憐の情のような物。ひしひしと伝わってくる感情はとても辛い状態を表していてとてもじゃないが耐えられない。

 今俺はポッドに背を預けるようにして座っていて、招集した拠点に住むアラクネ達を除く全員が俺を囲むようにしながら座っている。滞空しているハーピーもいるが……。


「それではその精霊は、ホリがあと二回日が沈むまでに居なくなれば良いと。我々魔族はそうすれば許されるが、人であるホリにはその慈悲はないと……!?」

「ええ、あの様子ではこちらが何を言っても一顧だにしないでしょう。それ程の意志を感じさせました。そしてホリ様は……」

「ああ、うん。まぁ……売り言葉に買い言葉っていうか、承諾したよ」


 ゼルシュとペイトンの話に俺がそう付け加えると地面を殴りつけながら立ち上がり、怒りの表情を見せるアナスタシア。

「納得出来るかッ!! フラフラと立ち寄ってきただけの存在がそのような……!! ホリ! お前もどうしてそんな話を受けたのだ!? 追い返してしまえばいいだろうに!!」

「うーん、それもそうなんだけどね。相手は何か結構凄い存在みたいだから、もし戦闘になったり、そうはならなくとも何かやられて拠点を潰されたりしたら元も子もないでしょ? こうするのがまずは最善だと思ったんだけど」


 至極当然の怒りを見せるアナスタシア、彼女の意見に頷いたり、声をあげて同調していた各種族も俺がそう言うと怒りを見せていた者達から多少勢いが削がれた。


「俺は人間で、君達は魔族というか人間じゃあない。そしてアイツが言うには人間がここに居る事が許せない、ならとりあえずの処置としてこうしないと。魔族は今追い込まれているんだし、こうしている今も何処かで追い込まれている魔族もいる。その為にここは絶対に残すべきだと思うんだよね。割といい設備揃ってきたし、多くの困っている種族の為にも、ここは必要だよ」


 更にそう言うと、あちこちから鼻をすするような音がし始めた。うーん、すぐ戻ってくるつもりだから罪悪感が物凄いが、今はとにかく耐えねば。彼らからもし、すぐ戻ってくる腹積もりだという事が相手にバレてしまったらそれこそ面倒だ。


「ホリ様、宜しいでしょうか?」


 手を上げながらいつもと変わらぬ様に話すパメラ、彼女は常に落ち着いているからこういう時は安心だ。手で促すと彼女は静かに立ち上がった。


「納得は出来ませんが、ここより離れるとしてその後、ホリ様はどうされるのですか? こういっては何ですが、我々以外の魔族からも狙われるようになったり、もっと言えば同じ人族からも狙われるかもしれません。身の安全の事は何かお考えなのですか?」

「うん、以前にも数回行った商業都市グスタールに行こうと思ってるんだ。あそこなら多少顔が利くし、お金も少しならあるしね。何よりあの街しか知らないけど、治安は良かったから」


 あの街でなら鉱石をうまく使えば割といい暮らしが出来そうだな。それよりも仕入れる物を精査しないといけない。出来れば新しく栽培する事が出来る食用の植物、食料、武器……。前回とあまり変わらないか、あの街で栽培に詳しい人間を探して色々聞きたいところだな。


 俺が少し黙り考え込んでいると、気付けば前に並んでいる者達から怒りはなくなり、悲壮感のような物を漂わせて俯いている。


 その空気を変える為に一つ柏手を打つと、下を向いていた者達がこちらへ顔を上げてきた。

「よし、それじゃあこれからの事を話そうか。使う予定はなかったんだけど、この後あのポーションを使って設備を建てる。今の内に建てた方が良いという案があるなら言ってくれるとありがたいな。無ければ無いで、とりあえずあのポーションを飲んで人を受け入れられるように山を出来る限り掘削するよ」

「はーい。……うっ!?」

 重苦しい空気の中で、黒い肌の手が上がった。

 姫巫女の一族が並んでいる中から立ち上がったオーガへと視線が向かい、その重圧に面を喰らったようなフォニアが頭を掻きながら口を開く。


「えっと、私まだ新入りだから言っていいのかわからないんだけど、炉が欲しいかな?」

「ロ? あー、鉄とか溶かす奴かな?」

「そうそう! ここくたびれて使ってない物も多いから、打ち直せばまだ使える物が一杯あると思うんだ!」

「でもここに鍛冶が出来る奴いないよ? それはどうすれば……」


 彼女はそこで指を自分に向けて数度強調してきた。おいおいまさか……?

「私出来るよ? 自分で使う武器は自分で作ってきたし、ここにある物も何とかするから大丈夫!」

「有能かよ……!? それなら使える武器も防具も家具も一気に増えるね! 炉で決定!!」

 これはありがたいな、うまくいけば鉱石も鍛冶が出来るようになるかもしれない。そうすればもっと使いやすい道具として生まれ変わる、皆の安全性も増すだろう。


「よし、それじゃあ皆、俺はこのままポーションを飲んで鍛冶場を作る。暫く意識を無くすだろうし、色々言いたい事もあるとは思うんだけど今はそちらを優先させてもらうよ。フォニア、どんな設備がいいのか意見を交換したいから残って貰える?」

「わかったよ、といっても私も炉については詳しい訳じゃないからあんまり役立てないだろうけど……。頑張るね!」


 悲痛な面持ちのままで解散していく拠点の住人達には申し訳ない、もっとしっかり説明をしてあげたいけど今はこちらが優先だ。数日すれば戻ってくるんだし、帰ってきたら平謝りしておこう。

「ポッド、悪いんだけどポーションを使った後に回復をしてもらうかもしれないよ。頼んだ」

「ホイホイ、しかしホリ……。ワシ、見てるだけで心がツライ」

「シッ、今は耐えろ! 後で一緒に怒られてくれよ」


 良心の呵責に苛まれているのはお互い様なのだ、とりあえず今はフォニアから話を聞きながら飯をたらふく食ってポーションに備えねば。

 スライム君の元へと向かい、洞穴に到着する頃には何故かいつもより豪勢な食事が並んでいる事に感謝を捧げ、貪るように食う。


 食べながらで失礼だったがフォニアから話も聞いた、場所もリザードマン達の住居から少し歩いた場所を目処にはちきれんばかりに張ったお腹を支えるようにして向かう。

 熱や煙のような物が出る事も勿論考えられるので、居住区画の中でもかなり辺境と言えるような場所になってしまっているがそこは耐えて貰いたい。


「よし、やるか。フォニア、これ飲んだら少し忙しくなると思うけど誰かに聞けばどうすればいいかわかると思うから。後はよろしくね」

「うん、何か聞いてて不安になるけど頑張ってね」


 彼女に後の事を頼み、帰ってきたHCパッサンGを開封する。

 ん……!? 以前より刺激臭が強いような……? 

 その臭いが二の足を踏ませるように腕を硬直させてくるのが判る。これは……、無意識に脳が自分を守ろうとしているのか! 本能に訴えてくるなんて、凄いぞモヒカンマッチョ! 

 覚悟を決めて軽く目を瞑る、そして大きく息を吐き出し、息を止める。

 そういえば日本で入院している時に滅茶苦茶マズイ下剤飲まされた時も同じようにしてたっけ……。レモンよりも酸っぱい薬をボトル一本持ってきて「よく冷やしておきましたよ」って言ってきたあの看護師さんは可愛かったなぁ。持ってる物のせいで小悪魔に見えてしまった程だ。


 目をゆっくりと開き、開封されたポーションを視界に入れ一気に飲み込む。

 ごくりという音が頭の中に響いたと同時に、俺は意識を手放した――


 ――夢を見ていた。


 それは既に懐かしさを感じる現代日本にいる夢、場所は不明だが周りの風景はどこか見慣れたビル街だった。

「ここは、都内か? 正確な場所はわからないけど、今回は室内じゃないのか。拘束もされて……ないな。どういう事だろう」

 久しぶりに味わうこのコンクリートジャングル、そして見慣れた景色。不思議な事に車一台、人っ子一人いないのは不気味だが、それでも懐かしさから湧き出てくる感情により、少しテンションが上がってしまった。


 その時である、少し離れたビルの一階から美女数名が窓ガラスをぶち破り、アクション映画さながら道路にゴロゴロと転がっていった。

 その美女達の内の一人は腕に盛大な怪我をしているが、ガラスで切ったのか? 苦痛の表情を見せながらも立ち上がり、手で出血している箇所を押さえながらこちらへと走ってきている。

 その美貌、人数、服装……、何だろう彼女達の正体は知らないけど『猫の目』と呼んでおこう。深い意味はないけども。


 何より既に俺の心が警鐘を鳴らしている。その原因も分かっている。

 彼女達が只事ではない様子で姿を見せた際にぶち破った窓ガラス、その奥には常軌を逸したモヒカンマッチョの集団がいる。更にいつもと違うのはその様相。彼らはいつもと違い荒れ狂うようにして美女達を追いかけている。どう考えてもヤバイマッチョ、事案物。


 その彼女達がこちらへと走ってくるのだが、このままでは俺もあのマッチョに追われる。美女達には悪いが逃げてしまおう。


 今回はいつもと違う、この美女達がまずおかしい。

 俺が逃げる先に何度もビルの窓ガラスを破って現れたり、後を追いかけて来たり……。とにかく演出が激しいのに、やっている事が同じ。最初は大丈夫かな? と思われた怪我も、窓ガラスを破る度に戻るようなので、仕込みだったようだ。


 どうやら今回はここがキーだ、間違いなく彼女達と接触したらイベントが先に進み何かしらの罰ゲームが開始するのだ。

 都内をモヒカンマッチョの手から逃げるように走り回っているだけでもかなりの罰ゲームだが、それでもこのまま都内を走っているのと何をされるかわからない未知の恐怖を味わうくらいなら、俺はこのまま都内を走り回る!

 それにこの夢、何が凄いって俺の夢の筈なのになぜか都内に日本の名所があちこちにあるのだ、大仏や神社仏閣、東京タワーと連立するように並ぶ時計塔やタワー物、体が休まる暇はないが、これ程楽しくさせてくれる鬼ごっこも珍しい。


 鬼ごっこか……。そういえばあの美女達を追うモヒカンマッチョ達は何か様子がおかしかったな、いつもは笑顔とポージングが輝きその肢体を惜しげもなく披露する事を中心とした見世物なのに今回はブーメランパンツのモヒカンマッチョが追いかけてくるだけ。パンチが足りない気がするな、これはやはり捕まってイベントが進むと多分トンデモない物を見せられるっていう事か。


 逃げ切ろう、相手は演出をしている隙があるからこちらには時間的余裕がある。

 言ってしまえばヒーローの変身ポーズの最中に攻撃を仕掛けたり、基地から仰々しい必殺の武器が飛んでくるのを撃ち落としたりする最低の行為だが現実は非情なのだ。


 俺はそれからも日本の名所が随所に見られる地を走り回り、逃げ続けていた。

 喉が渇いたり、腹が減るような事にもならず、それ程の疲労もない。夢だからなのかは定かではないが、おかげで逃げ続ける事が苦も無く行える。


 そしてどうやら時間が来たようだ。

 何故それがわかるのか、うっすらと意識が遠のき始め、遠くでは俺を追いかけていたモヒカンマッチョ達がうずくまるようにして地面を悔し気な表情で叩いていたり、地団駄を踏んでいたりしているからだ。


 勝った、俺はついに勝ったのだ! そういつも負けてはやれないのだよマッチョ共め!! 薄れゆく景色、夢の中のコンクリートジャングルの中心で右手を空高く掲げながら、そのまま意識が暗転した。


「ラヴィーニア姉様……、やっぱりホリ……」

「トレニィア、静かにィ」


 現実に戻る、というより夢から覚めたと瞬時に理解できる。その証拠に耳に入るのは聞き覚えのある慣れ親しんだ声。だがやはり前回と同じように体を動かす事は叶わず、意識があるにはあるがじわりじわりと体のあちこちが断末魔の悲鳴を上げるようなきしみと痛みを伝えてくる。


 歯を食い縛るように耐えてはいるが、痛い物は痛い。

「姉様、ホリの様子が……」

「トレニィア、リザードマンのお婆ちゃん連れてきてェ。急ぎでねェ」

「はい……」


 その会話が終わると片方の気配が消えるのを感じる。

 ふう、という吐く息がしたと思った矢先、何やら素晴らしい感触が顔を襲っている。


「どうして……。置いて……」


 呟かれた断片だけ聞こえた声は少しだけ震えているようにも感じた。

 とりあえず今はト・ルースを呼びに行ってくれたトレニィアを待つとしよう。どうやら今回の痛みはいつもより重いようで、それを証明するような耐えがたい苦痛の片鱗が先程から襲ってきているからだ。


 震えるようにして何かをされているのはわかるのだが、その痛みを耐える事に集中していた為、顔面を襲っていたナイスな感触も堪能できなかった。


 程なくして息を切らせたトレニィアとト・ルースや他にも人の気配がする中でどうやら回復をされているらしい。体のあちこちがこれまた耐え難い熱を持ち始めてきた。この熱がまた以前より酷い、後遺症の重さがそうさせているのだろうか? つい呻き声を上げてしまい周りにいる者達に心配をかけてしまっているようだ。


「オババ! ホリが苦しそうだが大丈夫なのか!?」

「うるさいよゼルシュ、病人の前なんだ静かにしな。それだけ状態が悪いんだから仕方ないさ。あれだけの力を何の代償もなく発揮できる訳がないんだよ、ホリ様もそれは覚悟の上で使ってるんだ」

「うぐっ……!」


 いや、そんな覚悟はしてないんですが……。痛いのも辛いのも出来れば避けたいところだし、もっと言えば今回も『鉄打ち直せるの? マジで? やるやる!!』とかそういうノリに近い。高尚な理由があろう筈もないのだ。


 体のあちこちから燃え上がるような熱さが薄れてくる、今回は大分長い時間が掛かっていると思うが、それを喜ぶよりはこれからの事について考えておかないといけないな。


 それから少し時間が経つと、目を開ける事が出来たのだがまずその視界に飛び込んできたのは、何やら目元を少し腫らしているように見えるアラクネ長女。いつもとかなり違うその様が更に罪悪感を襲う。


「おはよう、どうしたのラヴィーニア大丈夫?」

「おはようホリィ。別にィ、何でもないわァ」

 動かすと激痛がまだ走るが、彼女の目元を軽く拭いながらそう声を掛けると顔を伏せて隠すようにしてしまった彼女。


「ヒッヒッヒ、ホリ様。おはようございます、体の調子はいかがです?」

「ト・ルース、おはよう。またお世話になっちゃったね、申し訳ない。うん、痛みがかなりあるけど、動かせない訳じゃない。大丈夫だよ」


 治療が効いたのだろうか? いつもと違いゴブリン達の介護なく上体は起こす事が出来た。近くにやってきていつものように手を貸そうとしてくれていたゴブリン達にお礼を伝えると、ある意味想定していた事態になっているようだ。

「ホリ、言い難いのだが今日は例の精霊が来る日なのだ。体を休めている時間がだな……」

 ゼルシュが悲痛な面持ちでそう口を開いてきた。どうやら二日間丸々とポーションに取られてしまったらしい。困ったな、飯が食いたいしまだまだ休みたいのに。


「そうか、わかった。ゼルシュ悪いんだけど、手を貸してくれるかな。ポッドのところまで行って少しでも治療してもらおう。ト・ルース、ポッドならもう少し回復できるんだよね?」

「ええ、ええ……。出来る事は出来るんですが、恐らくかなりの体力を削られます。あの大木の実をかじって力をつけるとええでしょう。今はまだ空が白み始めた頃合い、少しなら時間の猶予もありますで急ぎましょう」


 手足をまともに動かす事が難しい為、横抱きにされて運ばれているのだが運んでくれているのがトレニィア。彼女は既に泣きそうになっているのだが、罪悪感で押し潰されてしまいそうな為普段のように気軽に話しかけるのは止めておいた。

「トレニィア、ありがとうね」

「うん……、うん……!」

 まるでこれから俺は死ぬのかと錯覚してしまいそうになる反応をしている彼女、それよりも今は少しでも回復させないと、動く事が出来なければどうしようもないのだ。


 ポッドの根元に座らされた俺は早速彼に声を掛けた。

「ポッド、おはよう。やっぱり回復してもらう事になっちゃったよ、頼めるかい?」

「おう、こっちは準備しとったからな。安心せえ、それとこれ食っとけ。少しでも精をつけんとな」

 ぽとぽとと落ちてきた実をトレニィアが受け止め、俺に手渡してきた。数もかなりあるな、食い切れなかったら持って行こう……。

「悪いね、アイツラがいつ来るかわからないけど、最低限動けるようになっておかないとどうしようもない。早速始めて貰える?」

「ホイホイ、まぁそれでも食いながら待っとれ。若い子達も手伝ってくれるみたいじゃからな、すぐ終わらせてやるわい。アイツラもまだ気配はせん。来たら教えてやる」

 しゅるしゅると木の根が体に伸びてきて、巻き付いていく。とにかく腹に果実を入れ少しでも回復しておこう。

 そうしていると先日と同じようにして拠点の入り口から飛び出てきた白い光、朝のぼんやりとした明るさの中でもよく見えるケンタウロスやその後ろに続いてやってくる者達、空を見ればハーピー達もやってきていた。

「何か大変な事になってきちゃってるよな……、帰ってきたらぶっ飛ばされないかこれ」

「ホリはこれ、色んな意味で大丈夫かのう」


 ぼそりと呟いた俺の言葉に、これまたぼそりと呟いて返してきたポッド。

 俺達がそうしてひそひそと話していると、最後にペイトン達がやってきてこれで全員集合となってしまった。

「ホリ様、一応ですが身支度の方も準備はしておきました。あといつも使われている……鞄も……」

 パメラが言葉を言い終わる頃に少し涙ぐむようにして荷物を根に包まれてあまり身動きが取れない俺の傍に置く。

「ホリ、その……、鞄の中には我らの布を入れておいた。使ってくれ、その……、なんだ……」

 パメラの肩に手を置き、レリーアがそう声をかけてきたのだが途中で俯くようにして言葉を途切らせる。

「ホリ様……鞄ノ中ニ、鉱石モ入レテオイタヨ」

「アト、スライムノ弁当ト、魔石モイッパイハイッテルヨ!」

 ベルとアリヤはいつもの元気さが鳴りを潜め、ぽつりぽつりと報告をしてくる。シーに至ってはずっと下を向いてこちらを見もしてくれないのだが。

「うんありがとう、使わせてもらうね。皆、ここの事頼んだよ?」


 俺としては、ちょっと行ってくるね! あとよろしく! くらい軽い気持ちの一言だったのだが、その言葉を受け取った彼らにはまるで別の意味として受け取られてしまった。それを聞いてアリヤもベルも俯いて拳を握り、小刻みに震えてしまっている。

 そうして色々な人達が話しかけてきては、悲しさを見せて下がっていく。もう俺の心の中の何かがゴリゴリと削られていき、ネタバレをしてしまいそうだ。


「ホリ、そろそろ時間のようじゃ。アイツラがもうすぐ来るぞ。体の方も問題はないじゃろ。実もいくつか持って行け」

「ありがとうポッド。それじゃあ皆、そろそろ時間みたいなんだ。最後に各種族の代表者、前へ来てくれ」


 俺が呼び掛けた者達が前にやってきた。何かを耐えるように口を真一文字にしていたり、歯を食い縛っていたりしているし、俯いて表情を伺えない者達もいる。


「あんまり心配はしていないけど、君達で皆を纏め上げてね。新たに逃げ込んできた人達はアレだけど、少なくとも君達は喧嘩しませんように! よろしく!」


 そう元気に言ったつもりだったのだが、とうとうウタノハが膝をついて静かに泣き始めてしまった。これは辛い、パッサンの罰ゲームより辛いぞこれ。


「人間よ、準備は出来ましたか?」


 俺の心が何かに押し潰されそうになっている中、そう言いながら現れた二人の精霊。

 姿を見せた精霊達に向かって一同が一斉に殺気を放ち、それを隠そうともしないので一気に場の空気が張りつめていく。

 だが当の本人はそれに気づいているだろうが、涼しい顔と冷ややかな目で俺を見つめていた。


「ええ、おかげさまでバタバタとしましたがね。それじゃあ行きましょう」

 体の調子を見ながらパメラが置いてくれた鞄とマントを拾い上げ、身に纏っていると横から声が飛んできた。


「待っていただきたい」


 声を出したのはアナスタシア、彼女は俺と精霊の近くまでやってくると睨みつけるようにドリアードを見据えている。

「彼は事情があり、少々体調に難がある。彼の目的地の道中、私が運んでも宜しいか? それとも、これ程の無茶を言ってきた精霊殿はこの小さな願いすら取り下げさせる程狭量で?」


 うーん、飛ばすなぁアナスタシア。もう今すぐ殴りそうな空気を隠そうともしない。初めて会った時もそうだったが、相手が人間だろうとその言い分をちゃんと聞けるくらい常に冷静な女性なのに。


 その挑発のような発言を鼻で笑うようにした精霊は冷たい瞳をケンタウロスに移すと軽く頷いた。

「ええ、その人間がそれで少しでも早くこの地より去れるのなら構いませんよ。それと、貴方達全員はその内私に感謝するでしょう。まぁ魔族如きに何を言っても無駄かもしれませんがね」


 ビキビキという音が聞こえてきそうな程に凍っていくこの空間。

 まずい、このままでは戦闘になりかねない。空気を変えておかないと大変な事になる。


「おし、アナスタシア悪いね途中までよろしく!! じゃあみんな後は頼んだよ! 精霊さん、行きましょうか!」

 全身から怒りを見せる彼女へそう声をかけて飛び掛かるようにして背中にまたがる。

 それを見た精霊が先を急ぐように既に動き始めている中で、精霊の後ろ姿を睨み続けているアナスタシアの肩を叩いてみる。

「アナスタシア、落ち着いて。怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、アレと戦闘だけは絶対にしちゃいけないよ」

「ホリ……、ここまで怒りで狂いそうになったのは久々だ……。私は奴の顔を絶対忘れないぞ」


 歯を食い縛り、込み上げる衝動を抑えるようにしながらその精霊の後を歩き始めたアナスタシアと、その背に跨る俺にひたすら小声で謝り続けているもう一人のドリアード。もしかしたら彼女が一番可哀想な立場かもしれない、中間管理職的な胃の痛みに襲われてそう。


 道中精霊達と別れるまで、気まずい空間は続いた。

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