第72話 最終兵器の彼女
魔王の合図と共に、フォニアと呼ばれるオーガがカップの中身を一気に飲み干す。
その飲みっぷりには見事としか言葉に出来ない、いっそ美しさすら感じるほどに清々しい。
「あらあら、では私も」
我が軍最強の酒豪、召喚されたパメラ。
それを見てさして焦る様子もなく、やんちゃな子供を見守る慈母の瞳を浮かべていたが、カップになみなみと注がれていたワインを軽く飲み干した。
信じられない、まるで今飲み始めたようにしているが宴会が始まって何体の亡骸がその辺に転がっていると思っているんだ……。
「へえ? オークのくせに中々やりそうだね。楽しくなりそうだなぁ」
「フフフ、頑張りますよ。ね、ホリ様?」
頬に手を添えて笑顔でそう言ってくれる彼女。そして再度自身の前に並べられた次の酒を飲み干したパメラ、負けじと飲み干す相手のオーガ。
「お、おう。パメラ、程々にね?」
「いえ、ここで負けたとあっては夫の友人でいてくれる貴方に顔向けが出来ません。限界を超えても、全てのお酒を飲み干して見せます」
何が恐ろしいか。
彼女は背後から炎が出ていると言っても過言ではない程にやる気に満ち満ちている、いつもと変わらぬ笑顔と態度の中で見せる闘争心が酒を飲むペースとなって、出されて数秒も経たないうちにカップが空になっていく。
相手のオーガの子も凄い、ワインをこのペースで飲まされてもついてこれているというだけでも素晴らしい。
彼女達の前に今日作った燻製と、他に喉が渇きそうなツマミを並べておこう。フォニアと呼ばれるオーガは並べられた肉を怪しむ事もなく口にした。
「んん? これおいしいね、何これ?」
「ああ、私が作った燻製という非常食ですよ。まぁお酒のツマミにいいので、飲んでばかりじゃ辛いでしょうし、食べてください」
「ホリ様、ありがとうございます。お酒が進みますよ。フフフ」
おつまみの効果もあってか、それから暫くの間パメラが飲み干す度に追加でテーブルの上へと用意されていく酒、酒、酒。
「ふ、ぐっ……。中々やるみたいだけど、まだまだ……」
黒い肌の中からも伺える良好な血色具合、キテるんだろうな。と思いながらもどこまで耐えられるのかが見物なので、個人的には面白くなってきた。
何せ、我が軍の最終兵器は顔色一つ変わっていない。いや、ホントどこに消えてるの? ワイン。
「美味しいですね、このワイン。王妃様が御用意してくれた先程のワインもこれも、幾らでも飲めそうな気がします」
その発言に驚愕をするのは俺達だけではない、相対しているあのオーガがもしかしたら一番恐怖を覚えているかもしれない。
「やべえ、やべえよ……」
「ペイトン殿の奥方は、とんでもないとは思っていましたが……。私はもう彼女に挑むのは辞めておきます……」
「ヒッヒッヒ! あたしらと飲んでいる時もそうだけど、ホントに美味しそうに飲むねえ。見ているだけでスカッとする飲みっぷりだよ」
ギャラリーからも様々な意見が飛び交っている。
何よりあのお酒を飲んだ後に微笑んでいる姿。底の知れない飲みっぷり。見ているだけで酔いそうになる程の量を飲んでいるにも関わらず、何よりお酒を楽しむ姿勢が素晴らしい。
「アナタ、私今日ここに来れて本当によかったわ。何て楽しいのかしら」
「ツマよ。私達の作った酒をああして楽し気に、そして美味しそうに飲まれる姿を見る事が出来ると言うのは作り手として最高の瞬間ですな。私も今日、ここに来れた事を神に感謝しているところだ」
パメラの飲みっぷりを見てお酒を飲み、料理を頂いて楽しんでいる彼ら。それよりも気になる事が……。
「あれ? あのお酒って魔王様が作ったんですか?」
俺の質問に、ワインを楽しむように眺めて笑顔を浮かべていた魔王が大きく頷いた。
「ええ、私の私有地にある農園で出来た果実などを使ったお酒ですな。私が面倒を見れない時はツマが見たり、ムスメが見たり……。広大な土地を余らせていたので始めた家庭菜園だったのですが、気付けばマカイ・モンド・セレクションの最高金賞を貰える程になりましたな!」
「お酒を販売して得たお金を使ってまた別の果実を育てていたりしたら、気付いたらまた賞を貰ったりして……。そうして増え続けて今ではどれだけの収穫になっているか、誰も解らないくらいの量になってしまっていて。楽しいわよね」
「それになー? サケを造る時に大体の良し悪しがわかるようになったぞ! タクミの技なんだ!」
一家三人、ほのぼのとした話をしているように見えるが、やはりロイヤルな身分の方々は話の規模が大きい。
「凄いですね。この拠点もあの首飾り……、というかあの大量の水を使って拠点内に水を通して、家庭菜園でもやろうかとペイトンと話していたところなんですよ。魔王様達に助言を頂けたら助かります」
「フフフ、ホリ殿。我らの指導は少々厳しいですぞ?」
「ノーギョーの道は長くケワシイぞ!」
「ムスメちゃんたまにしか手伝ってくれないじゃない……、もう」
お三方が談笑している中でも、一切ペースの変わらないパメラ。
彼女はスモークチーズが大層気に入ったようで、一切れ手に取り一口味わうとカップを空ける。それを飲み終えた時に方々からどよめきと感嘆の息が漏れている。
それもその筈、魔王の持ってきた酒樽の一つが空になった事を示すようにウタノハの侍女がそれを軽々と持ち上げ、逆さにひっくり返して俺達にその事を主張してきたのだ。
速い、とにかく速すぎる。普段からペースが速い時を感じる事はあったけど、この勝負に入ってからの彼女は普段とは違いすぎる。いつもは酒の残量を気にしていたのか? 今日の彼女は飢えた獣が久々の獲物に喰らいつく様な印象を受ける程だ。
だが当の本人だけを見ると、一杯のワインを大事に楽しみ、俺の作った料理を味わい、周りの声援に応える余裕を持ち続けている。
対するオーガ、フォニアの様子はかなりヤバイ。
肩で息をするように、コップを握り締めているがそのオーガの特性であるはずの力強さが感じられない程キテいる。
俺は魔王達の元から離れ、彼女に歩み寄る。うっ、かなり酒臭いなここ。屋外でこれってとんでもないぞ。
「フォニアさん? ギブアップしますか?」
「まだ、まだまだ……。絶対貴方を引きずり出してあげるからね……」
ガッツあるなぁ、俺なら多分もう半裸か全裸になって大地に寝そべっているくらいの量を飲んでいるのに……。
「そうですか、じゃあこれ、パメラと差が開いているんで一気に飲んじゃって下さい。どうぞ! さぁどうぞ!」
パメラは樽を一つ空けたところで待ってもらっている。差が開き続けても面白くないしな、一旦ここで追いついてもらって仕切り直しといこう。テーブルには酒樽に残っていたワインが入れられたカップが並ぶ。
俺はその一つを手に取り、彼女に飲ませるようにしてカップを口元に運ぶ。
「ま、待って……、まだちょっと……。ッ!? オラトリさん!? なんで私の体押さえてくるのさ!」
「ホリ様からの命令だ。大人しく飲まされろ」
抵抗される事は分かっていたので、事前に対応策を打っておいて正解だったな。
ギャラリーの方からは水を打ったような静けさ。
「アリヤ、ホリ様ガ悪イ顔ヲシテルヨ!」
「アノ顔ハ悪巧ミスル時ノ顔ダネッ! 王女サマ、アノ顔見タラ注意シテ!」
「おー、ジャアクな顔してるなぁー?」
何か言われているようだが気にしてはいけない、今はこのワインを彼女に飲ませるという重大な仕事が待っているのだ。休ませてはならない。
オラトリによって自由を奪われたフォニアの口に、ある程度零れても構わないように布を顎先に当てながら次々とカップを傾ける。
並べられたカップを全て飲み切る彼女、凄いな。
「くそ、くそう……。卑怯だぞこんなぁ……」
「卑怯? 卑怯で何か問題がありますかね。貴方の油断が招いてしまった事ですよ? フフフ、さあ! パメラお待たせ! 次の樽を開けるよー」
「はい、丁度喉が渇いてきたところです」
俺の目前で表情が固まっているオーガ。
傍の女性からワインを受け取り、笑顔でお礼を言っているパメラに見開かれた驚愕の目を向け、自身の前へとやってきたワインを震えて眺め直す。
「フォニアさん、こんな時だから言いますけどね。俺、反乱したオーガ達に対して多少腹も立ってたんですよ。折角戦争から生き長らえたのに、魔王様の想いを
彼女の前に置かれたワイン、彼女はそれをゆっくりとしたペースで飲み干し、それをテーブルに叩きつけるように置くと、こちらを睨みつけてくるがその目には既に力が無くなり始めている。
「それでぇ? 何が悪いのさぁ……?」
「悪いって事はないですけどね……、相手がどの種族だからとかいう舐めた態度、これは魔族の個々人でかなり違いますが聞いてみた話から察するにオーガはその傾向が強そうですから。少し考えを改めて貰いたいってだけです。それに……」
彼女の前にはその叩きつけられたカップに構わず新たに三つ程ワインが並べられる。おいおい、我が軍の最終兵器はいつの間に通常の三倍の速度で動けるようになったんだ、赤く塗らなきゃ。
「貴方達、まぁこれは魔族全体がそうなのですが、『命』という物を軽んじ過ぎている。一度『ソレ』を奪われ手放した者からすると、その態度は正直見ていて腹が立ちます」
俺は彼女の前に更に追加された二つのカップに入ったワインを一つを貰い、一気に飲み干す。
チラリと周りを眺めると、パメラやその傍にいるオーガの女性、今新たに酒を持ってきた金髪のケンタウロスに俺の言葉が聞こえてしまったのだろうか? 心配そうに俺を眺めていた。
「なのでこの勝負、貴方を勝たせるつもりは一切ないですし、謝るまでやめるつもりもありません。反逆したオーガは貴方が最後みたいですし。他の者達の尻拭いをして下さいね」
「上等らよぉ……、絶対貴方の命を貰って……こいつりゃの前で首を落としてやる……!」
回らなくなり始めた
「フォニアさん、パメラの方の樽がそろそろ空きますよ。アレが空いたらまたオラトリに手を貸してもらうので、急いだ方がいいのでは?」
「ううっ……、も、もう……」
恐らく彼女はギブアップをしようというのだろうか? 持っていたカップの中身をやっと飲み干したと思いきや、テーブルに力なく頭を預けだしてしまった。
そしてその時に、またギャラリーからどよめきが。
声をあげた者達の視線の先を見れば、パメラの横にあった樽が空になった事を証明するように高々と持ち上げられ、ひっくり返されている。
そしてフォニアの前へ追加で並べられていくワイン。テーブル上のこれを飲み切ってもまだ彼女側の樽には酒が残っている程に差がついている。パメラの完全勝利だろう。
「オラトリ、押さえて」
「えっ?! ホリ様、もう勝負はついているのでは……!?」
オラトリは俺の言葉が理解出来ないといった様子でこちらに困惑の表情で視線を送ってきたが、まぁそれはそうだろうな。誰が見ても勝負の結果はついているし、どう見てもこれ以上飲めるとも思えない。
「いいから。多少痛い目を見た方が彼女のこれからに繋がるよ。それに、命をかけてるのに勝負の内容も聞かず相手を舐めて、その結果負けてはい終わり。なんて馬鹿みたいな真似、二度と出来ないようにしておかないとね」
オラトリに向けて安心させるように言葉を出したのだが、彼女はそうは受け取ってくれなかった。
「ヒッ……」と小さく息を漏らして俺を見る目には何やら恐怖の色が。
観戦していた者達からも声が聞こえる。
「オラトリさん大丈夫かな……? ああなったホリ様は恐ろしいな」
「ホリ様、怖い。あの人たまに狂ったような行動するよな……?」
「私なんて未だにあの笑顔を浮かべながら他人に薬草汁を飲ませている彼の姿が目に焼き付いていますよ……」
酷い
「オラトリ?」
「ヒィッ、わ、わかりました。わかりましたから……」
彼女は俺の視線から逃れるようにしてフォニアの両脇に手を入れ彼女の体を起こす。ぐらりと揺れるその頭、頬に軽く手を添えて上を向かせると見える虚ろな目からも勝負の続きは無理だと思う。
「パメラ、こっちはもう大丈夫だよ。ありがとう。君のおかげで話が丸く収まるかもしれないんだけど、最後に一つ頼んでいいかな?」
「はい、御力になれたのなら幸いですよ。頼みとは?」
俺は彼女の耳元で魔王達から見えないように体で隠しながら、魔王一行を指差した。
「彼らの相手を少しだけ見ててくれ。勝負はついたけど、オーガとの揉め事に決着をつけたいからね」
「わかりました。でもホリ様、夫がいたら言っていた筈の言葉を私から言わせてもらいます。無理だけはいけませんよ」
彼女の言葉にお礼を告げて、勝負が決した事を魔王が叫んだ。周囲も歓喜の声でパメラを称えている。
「さてと、やりますかねえ」
「ほ、ホリ様……、これ以上何をされるんですか……?」
オラトリはフォニアを抱え、俺の行動を見守っている。
「うん? 彼女まだ怪我しているんでしょ? うちのルールだからね、『怪我人には飲ませないといけない物』があるでしょ? 飲みたいのオラトリ?」
彼女は俺がこれから何をするのかと察しがついたのか、先程まで多少お酒で血色の良かった肌がスッと青くなってしまい、全力で首を横に振り拒絶している。どんな時でも手放せないな、これ。
「さてと薬草汁とワイン、交互に飲ませたらどうなるのかな。薬草汁の効果の一つである解毒が勝つのか、酒精の強い魔王様のワインが勝つのか。見物だな」
「やぁ、ひゃめろぉっ……!」
首を力無く振り、多少の抵抗を見せるもかなり薄めた薬草汁を飲み込ませる。
彼女に飲ませる前に試飲してみたが、気絶するような濃さではない。青臭さが突拍子もない刺激の強い何かというくらいだ。これだけ薄めた物でこの味になるのかと、この薬草汁の本来の味の底知れない闇に多少体が震えた。
それを飲ませてから、魔王のワインを口の中へと注ぐ。
正直ここまで来ると拷問に近いのでは? と自分でもかなりドン引きしているが、ここは心を鬼にしておこう。もし彼女がこれから先何かがあってこの拠点に住む事になったとしても、他種族を軽んじるとエライ目に遭うと学んでくれると信じよう。
「ハァッ……、ハァ……。まらあるのぉ……?」
「これで半分ですかね? ……うーん、薬草汁は凄いな。ここまで薄めると意識が無くなりそうな人でも、逆にその意識を繋いでいられるのか。これは後々使えるな」
涙目になりながら吐息を漏らし、
彼女の育ちや、親の教えがいいのだろうか? 口にした物を吐き出すような事をしないのは偉いと思う。
ゆっくりと飲み続ける彼女、そしてこの薄めた薬草汁を飲み込んだ瞬間。
ある意味当然というか、よくここまで持ったなと思えてしまうようなある衝撃が彼女に襲い掛かったようだ。
「ま、まっへ……!? トイレェ、トイレいかへてぇ……!」
「ん? それはここにある物を全部飲み切ったらいいですよ。さぁ! あと半分です! 頑張りましょう!」
「むりぃ……、もうむりだからぁ……!」
ほんの数時間前、
「大丈夫ですよ。俺も昔、とある病で文字通り死にかけた時に人前で糞尿垂れた事が数回ありました。後処理はしてあげますから、どうぞ勝負の続きを心行くまで飲み切って下さい」
「やらぁ……、トイレェ……」
ゆらゆらと頭を揺らし、次のワインを拒む彼女に少しだけワインを飲ませる。流石にこれ以上は不憫だな、彼女の涙と鼻水が止まらないし。
一応確認をしてみよう。
「フォニアさん? トイレに連れて行ってあげてもいいですけど、勝負は俺の勝ちでいいですか? 負けを認めるなら大きな声で、姫巫女の一族や猫人の人に謝罪をするんです。そうすればトイレにいけますよ」
「わあったよぉ……、言うからァ……、言うからトイレにぃ……!」
彼女に肩を貸し、皆の前まで歩いたところで再度呼び掛ける。
「さぁフォニアさん。大きな声で言いましょうね? 『私達オーガが、皆さんに迷惑をかけてすみませんでした』と。はい、せーのっ!」
俺がそう彼女へと促すと、顔を上げた彼女。
その顔はもう涙やら鼻水やら
「ううっ、わらしたちぃっ! おーががぁっ……! うぅぅっ……」
言っている最中に、波が来たようだ。
トイレを我慢している時、この大海を思わせる波がいつ来るのか? それは自身にも解らない。そしてこれは一度寄せる物を耐えても次が更に辛くなっていく。酔っていても
「皆さんにぃ……、めえわくをかけてぇ……! ヒック……」
「ほら最後、頑張って?」
彼女は荒くなった息を整えるように、はぁと聞こえる程大きく息を吸って、最後の一言を皆に聞こえるように声を張り上げた。
「ふみまへんでしたあ!」
彼女はそう叫びきり、一気に体から力が抜けるように俺にもたれかかる。
「よし。それじゃあトイレまで連れて行くので、もうちょっとだけ辛抱してくださいね」
「はやく……、はやくぅ……!」
俺の声に小さく呟き服を握り締めてきたので、そのまま背負ってトイレへと向かう。
オーガって力のある種族なのに、体重は人間とそう変わらないんだなぁ。などと考えながら、拠点の中にあるトイレへと慎重に彼女を運んだ。……のだが。
その道中で、限界の一線を超えてしまいトイレまでもたなかった彼女。
粗相をしてしまった事で、俺の背中で背中や俺の頭をポコポコ力無く叩きながら大泣きを始めてしまった彼女と、彼女の熱い血潮を受け止めた俺の衣服を何とかする為に、猫人族が用意してくれたお風呂へとついでに足を運んだ。
「ウゥッ……。ちくしょう……ちきしょう……」
浴場の中で膝を抱えながら涙を流し、自分のやらかしてしまった事や俺へと悪態をつく彼女。
彼女の名誉の為に一度誰もいないペイトンの家に寄り、ペイトンの服を拝借してきたのでそれを彼女には着用してもらっている。俺はパンツ一枚なのだが。
「すみませんって。こうして後処理もちゃんとして責任は取りますし、他の者にも内緒にしておきますから……」
「とれよぉ、こうして辱めた責任っ……! 一生許してやらないんだからぁ……」
「はいはい。……いよし、落ちたな。後は乾かすだけだ」
彼女はじたばたと力無く暴れ、回らない舌で言葉を返してきたり悪態をついてくるので聞き流しながら汚れてしまった衣服を洗い終える。
というか、彼女はペイトンの上着で体を覆っているだけなので暴れすぎると大事なところが見えちゃう事を忘れているのだろうか?
「乾くまで時間かかるかなぁ。あ、そうだ。フォニアさん、体も綺麗にしておいた方がいいですよ。俺も貴方の後に風呂を頂くので、一汗流しちゃってください」
「うるへー!」
バタバタと小規模に暴れ続けているので、服を持って退散しておいた。
脱衣場で服を干しているのだが、すぐには乾かないよな……。と考えていた時、やはり頼りになる彼が気付いたら足元でプルっていた。
「スライム君いつの間に……。よくここがわかったね?」
俺の言葉にポンポンと跳ねると、彼は触手を伸ばして服を体内へと取り込む。
そして一度彼の体を通った衣服を触ってみると、水分がなくなり普通に着られる状態になっていた。
「どんだけ万能なんだよ本当に……。そういえば食器洗いも出来たね。衣服の水分だけを飛ばす事なんて造作もないのか」
綺麗になった服を着る為に体をお湯と布を使い綺麗にしながら彼に話しかけると、ポンと一つ跳ねた彼は浴場へとその乾かしたファニアの服を持って行ってしまわれた。
どうしたのだろうか? と首を傾げ不思議に思っていると、衣服を着用されたフォニアを頭に乗せて運び出してきたスライム君。
「何でもできるんだねえ、流石スライムさん。よし、このまま皆のところへ連れて行くか。もしかしたら心配させているかもしれないし」
「ひゃめろぉ……、これ以上なにをぉ……、
「はいはい、行きますよー」
呟くように
「そうだスライム君、あの水槽も頑張りたいんだけど、小規模な農園もやりたいんだ。野菜や果物、食べられる物の種ってある?」
ポンポンと高く跳ねながら隣を這っているスライム君、どうやら肯定という事なので使える種があるのだろう。彼と話をしていると、気付けばスースーと寝息が聞こえる事から背中の彼女は寝てしまったようだ。
「そうそう、名コックさんに頼みたい料理というか、とある保存食のような物があるんだけど聞いてくれる?」
彼と帰りの道中に懐かしい日本の味を説明しながら歩く。
明日の朝に向けて一つ料理を用意してあるのだが、そういえば魔王一行は今日ここに泊まるのかな? 寝床の用意なんて一切していないのだが……。
宴会の席まで戻ってくると、何故か恐怖に染まったような視線を向けられる。
背中の女性をポッドの根元へと寝かせて、体に毛布をかけておくと森の賢者からお言葉を頂けた。
「ファッファ、ホリよ。ちとやりすぎたみたいじゃぞ? あのオーガの娘への仕打ちが他の者達には大層恐ろしく映ったようじゃ。頑張りすぎたのう?」
「ああ、うん。大丈夫だよポッド、自覚はしているから。魔王様達にちょっと謝ってくるね」
がんばれよ、と楽し気に言うトレントに後押しされるように魔王一行のいる場所へと行くと、彼等は喋る事もなく、表情を変える事もなく、ただ静かに酒を飲んでいた。
「魔王様、王妃様、ムスメさん、お騒がせして申し訳ありませんでした。少々やりすぎてしまったようです。気分を害されたのなら何度でも謝罪をさせて頂きますので、申してください」
思い切り頭を下げて暫く待っていると、魔王達から笑いが巻き起こる。
顔を上げてそれを眺めてみたところで彼らからワインの入ったカップを渡された。
「面白い物を見せてもらいましたぞ。ホリ殿の新たな顔を見れましたし、今日はまだあまり飲まれていないでしょう? さぁ、宴会の続きをやりましょうか?」
「フフフ、ホリさん? 一番飲んで頂きたい人が全然飲んでくださらないからコノ人も寂しいんですよ。先程までの嗜虐的な顔も魅力的ですが、お酒などを飲んでいる時の貴方の方がここの者達は好きなようです。さぁ、これも自慢のワインです。味わってくださいね?」
「ホリは『どえす』だなー? まぁキライじゃないぞ!」
彼らとしては気に障るという事はなく、むしろ俺の行動を予想して楽しむようにしていたらしい。度量が大きいというか何というか。
ツマが俺の足元にいたスライム君を膝の上に乗せながらその感触を楽しんでいる。
「それでも、私達の作ったワインをあのように使われるのは少しショックですよ? まるで罰のように……。これはまた何かおいしい物を食べさせてもらって償ってもらいますからね?」
ムスメとスライム君のボディを堪能しながらツマがそう言ってきた。
「ああ、それなら明日の朝をまたお楽しみにといったところですかね? ちょうどいい頃合いでおいしい朝御飯を出せると思いますよ? ねえスライム君?」
彼はポンポンと縦に小さく揺れる。
それを聞いた魔王が膝を一つ叩き、俺のカップへまた別の酒を入れてきた。
「それならば今宵はここへ厄介になっても宜しいという事ですかな? 今回はそうなる場合にも備えて魔界一泊セットを用意しております。寝床の心配はいりませんぞ」
彼らの寝床の心配はいらないと。良かった、このままでは最悪雑魚寝という形で彼らに寝てもらう事になってしまうところだった。まずは一安心かな?
「それなら、今夜も長い夜になりそうですね。限界を超えて飲みましょうか」
「フフフ、酔い潰れた者達も戻って来始めましたし、宴会第二部の開演ですかね?」
「夜もヒッパレなんだ……!」
ムスメがよくわからない事を呟いてスライム君を撫でまわしているが、ポッドの方やトレント達の根元を眺めると頭を押さえて復活している者がチラホラ。
俺は魔王一行と酒を酌み交わしながら、酒と料理を楽しんでいたところへ一人の女性が近寄ってきた。
「ホリ様……っ」
「ウタノハ? どうしたの? あれ、そういえば大分飲んでたけど大丈夫?」
彼女は俺の言葉に応える事はなかった。代わりにその手にあるのは一際大きなジョッキサイズのカップ。それを思い切り呷り、中身を飲み切ると透き通るような声で俺に質問を投げかけてきた。
「先程ッ! 浴場にてッ!! フォニアと裸でいたのは何故なんですかッ!!」
彼女は俺の肩を掴み、この場にいる全員に聞こえるのではという程の声量で質問を投げかけてきた。
ああ、彼女の瞳の事を失念していた……!
魔王達や、酒の影響から復活した仲間達に事情を説明する訳にも行かず。俺の信用は底のない谷底へと落とされた。
こういう時は飲んで忘れよう。
俺は騒ぐ周囲を気にしてはならないと、心に誓って極上のワインを頂いた。
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