第70話 粛清パンチ

 世の中のバランスはうまく出来ていると思う。いい思いをした不届き者には天罰が下る。神様っていうのは、ちゃんと見てるんだなぁ。

「私がッ! アナタをッ!!」

「へぶっ! おぐっ!」


 下手人の俺と魔王は今、生命いのちの危機に瀕している。

 やった事、そして見た内容を思えば正直死んでもいいかもしれないとすら思ってはいるが、被害者である彼女達の怒りは俺の命程度では収まらないかもしれない。


 そして、俺以上に不憫ふびんな方がいる。魔族の頂点にいる彼だ。

「これだけッ! 愛しているのにッ!!」

「おごっ! うぐっ!」


 あの処刑が始まってどれ程立っただろうか。

 その映像の凄まじさに男性陣は震えあがり、即座に逃げ出すようにして水槽の魚を眺めてくると叫びながら消えた。

「私だけをッ! 見て欲しいのにッ!!」

「ふぐっ! ぐあっ!」


 俺と魔王はポッドの前に残され、その周りには鬼気迫る力強さを感じさせ何故か武装している女性陣に取り囲まれている。ここからはネズミ一匹逃げ出す事など出来ないだろう。


 ポッドの前で膝をつかされ、石抱きならぬ鉱石抱きをさせられている俺の眼前では魔王がツマに馬乗りのようにされてひたすら拳が振り下ろされている。

 魔王は攻撃を弾き返すバリアー的な物があると以前に聞いたが、ツマの一撃一撃が彼に確実にダメージを与えているように見える。


 だが彼の心配をしてばかりもいられない。

 何せ俺も追加と言わんばかりに持ってこられた新たな鉱石の角材を乗せられ、そしてその重さが増える程に下に並べられた丸い木の棒に脛が食い込み、痛みで叫ぶ事しか出来なかった。

「おぉおおおううう……っ!」

「おい、ホリ? 魔王様の方を心配するのは自由だが、まだまだお前の方も終わる訳ではないぞ? 姉様の裸体を見た罪はあと何枚鉱石の板を乗せれば神がお許しになるかなぁ?」


 シスコンのアラクネが嬉々として石を追加しながらそう言ってきた。

 今回ばかりは反論の余地など一切ない、助けも来ないだろう! しかし勝ち誇る彼女を困らせたいので意趣返しでもしてやる!

「レリーア、普段あまり気にしなかったけど綺麗な体だったぞ。特に胸が小さいと嘆く妹に隠れて妹と自分の胸を見比べている時なんていじらしくて抱きしめたくなった程だ! ありがとうございます!」

「なっ!?」

 負けじとシスコンに向かって感想を伝えるが、更に拷問は続く。


「ホリ……、そんなに死にたいのなら追加しておく……小さくてごめんね……!」

「うぐぅ……。トレニィア、美しい物を見せてくれてありがとうございます。それと姉にも負けないくらいの魅力を持っているぞ、最高に綺麗だった!」

「うぅぅ……、バカ……!」

 俺の断末魔に多少顔を赤らめながら彼女が下がると、次々とやってくる女性陣が鉱石を乗せていく。


「姫様に害を成すのならいくらホリ様と言えど許せません。まったく、覗くくらいならば姫様の寝床を襲撃してくれればよいものを……」

「オラトリ、手足が長くて綺麗だった。体の傷を気にしているみたいだけど、むしろ君の美しさを際立たせるアクセントになってたぞ! ありがとうございました!」

「は、恥ずかしいのでやめて下さい……!」


 また一段と足への加重が強くなる。

 トレニィアやオラトリ、他のオーガの女性達も一言呟きながら俺の膝の上へと鉱石の板を乗せていくのだが。

 どうやら彼女達の与えてくる罰は俺へ苦情を言いながら、俺の膝の上にある鉱石に更に鉱石を積み上げるという賽の河原方式の罰のようだ。

 助けてくれる仏様は勿論いない。


 俺の膝の上で積み木を楽しむように乗せ方すら楽しんでいる彼女達。サイコパスか! と思いながらも、怒りがこれで消えてくれるのなら耐えましょう。隣で虫の息になろうと構わず拳を振り下ろされている彼に比べたらこの程度……!


「余裕だなホリ、それなら私が多少その余裕を削ぎ落してやろうではないか。全く、伴侶パートナーの私だけにしておけばよい物を……」

「ダメよォアナスタシア、怒る時はちゃんと怒らないとねェ。それに、いい思いをしてはいお終い。じゃ私達が割に合わないわよォ。ホリィ、私の体どうだったァ?」


「ラヴィーニア、アナスタシア。二人共この世の物とは思えないほど綺麗で最高級の美術品のようだった。思わず君達に向かって祈ってしまったくらいだ! 罪があるとすれば男性を惑わす君達の美しさが問題! つまり、俺は悪くない! 魅力的な君達が悪いのだありがとうございました!!」


 言っていて自覚はしている、もう滅茶苦茶である。

 叫んでいないと、足の痛みで気がおかしくなりそうな重量に負けてしまいそうなのだ。とにかくそれからも鉱石を乗せてくる彼女達一人一人に感想を伝えておいた。


 何故か最後の方になりゴブリン達も乗せてきたが、もう声も出せないほど途方もない重さを耐えきり彼女達に意趣返しも済ませた。失った物が大きすぎたかもしれないが、今真横でズタボロになって『あいつ……ヤ無茶しやがって』な魔王に比べたら俺はまだ楽な方だろう。


「魔王様、魔王様。無事ですか……」

「ホリ殿、ドコデスカ……? 前が、前が見えませぬ……!」


 くぅ、ボコボコにされすぎていつもの怖い顔が鳴りを潜めて面白い事になっている。その彼の変わりように涙が出てきてしまう。


「ファッファ、お前さん方その辺にしといてやったらどうじゃ? 全員から罰を受けた者と一人から壮絶な罰を受けた者、裸体の一つや二つ見られた罪は充分にあがなったじゃろ。それに、その二人が使い物にならなくなったら困るのは主らじゃぞ。この後の宴会、出来なくなるぞい」


 ポッドからの助け舟が出された、ありがとう賢者様!!

 その言葉に渋々といった表情を浮かべた女性陣によって、まず俺の膝の上の鉱石が除けられた。そして魔王もポッドに回復を施されるために賢者様の根元へと寝かされているのだが、その際にツマがボロ雑巾のように魔王を放り投げたのは少々不憫だ。


 自由を取り戻した俺は木材によって負傷した足の治療をする為にポッドの根元に置いてある薬草汁の入った水筒を取ろうと立ち上がろうとして、そのまま前に倒れ込んでしまった。

「イタタタ……、立てそうにないなこれは……」

 仕方ない、ほふく前進でポッドの根元まで行くか。

 ずりずりと芋虫のように進んでいたらいきなり体を持ち上げられた。


「全く、世話を焼かせるんじゃない。大丈夫か?」

「もォう、折角お風呂に入ったのにィまた泥だらけじゃないのォ」

 白銀のケンタウロスとアラクネの長女が手を貸してくれる、よく周りを見れば数人が残って治療を買って出てくれるようだ。

 うう、優しくされると泣けてくる程に薬草汁が染みる。


「ホリ、王妃様を何とか出来ないか? 我々では恐れ多くてどうしようもないのだが」

「そうだな、王妃様に話しかける事すら恐れ多いのにあの状態をどうにかなだめるというのは私達では不可能だぞ」

 アナスタシアとレリーアがひそひそと声を潜めて問題の人物に視線を移している。

「ホリ様、どうにかできませんか?」

 足に薬を塗りながらペトラがそう言うと、周囲の他の人達がこちらに向き直り視線を集められる。

 こうなってしまった原因は俺にあるのだし、当然フォローはしないと、とは思っていたのだがあの壮絶な有様を見させられると二の足を踏んでしまう。

「まぁ、やってみるけどね。生きて帰ってこれるかな俺……」

 薬が効いたようで、立ち上がれるまでに回復した俺の肩に手を置かれた。手の主はアナスタシアだ。


「気を付けろよ、あの魔王様へ振り下ろされた拳はお前が喰らうと頭が吹き飛ぶからな。死ぬ気で避けろ」

「死なないでねェ」

「ホリ……、頑張ってね……」

 その言葉と共に親指を立てて健闘を祈るようにこちらに向けてくる彼女達。

「えっ、やっぱりあのパンチそんなやばい代物なの……? この拠点最弱の座は伊達じゃないぞ、自慢じゃないが避けれる自信なんて微塵もない。プチッと潰されてしまうぞ」

「どうして胸を張っているのですか……?」

 オラトリが困惑といった表情で呟いた言葉を聞きながら宴会席に座り、静かに泣いている女性の元へと向かう。


 足が重い、これ以上前に進む事を拒むような重さのこれは怪我がどうこうとは関係のない物だ。だがせめてちゃんと謝罪をしておこう。


「王妃様お詫びさせて下さい。客人である貴方に不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」


 顔を上げてこちらを涙ぐみながら見上げてきた彼女の前へと膝をつき、事の顛末を細かに説明をしながら誠心誠意、頭を下げる。


「……ではつまり、アノ人があのような愚行を犯したのは貴方が原因で、その理由も他の者達の為に風呂に入れなかったホリ様に付き合うように言ってきたアノ人への感謝の気持ちからだと?」

「えっと、はい、そうです。他の者達というよりは王妃様の、というのが正しいですが。楽しみに下さっていたようでしたので、その事を魔王様に言いましたところ、魔王様もならば自分もと。ついそのお気持ちに何か応えたくなり、魔王様をお誘いしました」


 頭を上げる事は出来ないので彼女がどういう表情をしているのかはわからないが、もし次の瞬間に頭が吹き飛んでも神様に自慢をしよう。死ぬ前に良いものが見れましたよと。


 神様に天罰を下されるかもしれないが。


「アノ人は若い子達の体を見たのですよね。そして私には見向きもしなかったのでしょう……。絶対に許せません」

「? いえ、恐れながらその時の事を話させて頂くと、魔王様は最後に呟くように仰ってましたよ。『やはりツマの美しさが一番だ』と。そして二人の馴初めや王妃様の可愛らしいところを一から説明して頂きました」


 正直、彼が白熱しなかったらバレていないというか、逃げれるタイミングもあったとは思う。聞き流す事も出来ずに言葉を返していたら、興奮の色を強めていった彼の声が大きくなっていってこうしてバレたのだし。


 結構頑張って作った幸せへの架け橋とも言える侵入口も、土魔法でぎっしりと土を盛られて封鎖されてしまった。

 得た物や経験は、俺の人生において忘れる事はないだろう。


「そ、そんな方便をつかれても私は騙されませんよ。アノ人の事です、どうせ様々な女性の体を見て鼻血でも出してたに違いありませんわ!」

「ええ、まぁそうでしたけど……。多分一番危なかったのは王妃様の御姿を拝見した時ですよ、噴水のように噴き上がり天井を血で染め上げてましたから」


 おかげで俺も魔王も割と血だらけである。

 既に鼻血を出していた我々はお互いを揶揄からかい合うようにして笑い合っていたのだが、『エッチな物を見て鼻血が出るなんてベタベタですぞホリ殿ぶほぁ』という彼の言葉と行動の流れは最早芸術、一つの作品として完成されていた。


「ではアノ人は私に飽きたという訳では……」

「それはないでしょう。あれだけ語っていたのにまだ話が続きそうなところを我々は捕まりましたから、どれだけ語りたかったかはわかりませんが、貴方との過去の思い出話をしている彼はとてもいい顔をしていらっしゃいました」


 正直、覗き行為している時に話すような事じゃないだろ! とツッコミたくなってしまったのは言うまでもない。その上、それで警戒心が緩み捕まるとは悔やんでも悔やみきれない。誘ったのは俺だから悪いとは思っているから何も言えないが。


「出来れば魔王様を、彼を許してあげて頂きたいのです。どうか、お願いします」

 平身低頭で懇願をしてみると、彼女の方から大きな溜息をつくような音がした。

「もういいです。私は覗かれた事よりも、アノ人が他の女性に目を奪われた事が何よりも嫌で、悔しいだけですから。今回の事はホリ様に免じてこれで水に流します。ですが、次にアノ人をそのような行為に誘った事が私の耳に届いたら……ホリ様でも許しません、いいですね?」

「感謝します。誠に申し訳ありませんでした!」


 彼女は俺を立ち上がらせるように手を貸してきて、立ち上がった俺の膝についた土を払う。それが終わると、治療を受けている倒れた魔王の元へと向かい歩き始めた。


 何とかなったか……? 魔王の方は彼女に任せておこう。

「さてどうするかな。……ん?」

 服を引っ張られる感覚、振り返るとムスメがホカホカとした状態でそこにいた。

「おいホリ、サウナはいいな! ネッパ? 面白かったぞ!」

 どうやら彼女は今の今までサウナを味わっていたらしい、彼女に付き添っていたウタノハが多少顔を赤らめながら俺に説明をしてくれた。


 そして彼女が声高に叫んだ。

「オーッシ! 早くエンカイやろうよ! お腹すいたー!」

「え、ええ。少し待っててくださいね。すぐ準備します」


 彼女の鶴の一声で宴会の席が埋められ、魚の様子を見に行っていた男性陣も帰ってきた。


 まぁ今回も俺は最初の内は酒は飲めない、前回と同じように揚げたてを食べてもらいたいが為に下準備しかしていないからだ。

 だが他の料理班の子達が作った料理が用意されていくと、やはり圧巻。


 量が凄い事になるな、とは思っていたが用意されたテーブルに処狭しと並べられた様々な料理に不思議と圧倒されてしまう。

「あ、そうだ。燻製燻製……」

 宴会をやる場の近くにあると匂いが気になるかと思い、少し離れた場所へ置いた燻製機。その中は既に乾燥が終わり、いい感じになっている。


「試しに一つ食ってみるかな……」

 急造も急造、朝方に収獲した魚などを見て思いついて、スライム君の協力が無ければ実現はほぼ不可能だった燻製。

 肉も魚もいい感じに照り、香りも強い。熱を感じる事も少ないからまずは肉の方から試食してみたが……。

「これはうまいな……。前に日本で作った物よりも味が染みているのに、固さが余りない。食感はサラミに近いな。噛めば噛むほど味が変わるのにしつこさもないし、むしろこの好きな味が少しずつ変化するのが楽しいくらいだ……」


 この世界のお肉のおかげからか、スライム君の腕がどこかで作用しているのか、使った木が良かったからなのか……。全部良かったのだと思っておこう。


「お、ホリ! それが完成品のクンセーか!」

「ムスメさん、ええ、いい味になっていますよ」

 彼女は相当お腹が減っているのか、あちこちの料理を眺めていたのだが俺が何かをしている事に気付いてこちらへ来たようだ。


「他の皆には内緒ですよ、どうぞ」

「ん……!? これがクンセー……!」

 一切れのジャーキーを彼女に渡すと、それを受け取り一通り眺めてから手の中のお肉を躊躇なく口にする。

「んんっ……? ん……! ンンッ……!?」

 彼女は噛みしめながら腕を組んで唸っている。口に合わなかっただろうか……? 俺としてはいい味だと思ったのだが。

「ウマイッ……!」

 彼女は静かに、まるで老齢の料理評論家のように重々しい空気を纏ってそう言葉を吐き出す。どこか面白いその反応と受け入れられた安心もあってか少し笑えてしまった。


「この肉ウマイな、私、魚はあんまりスキじゃないから今日コレだけ食ってるぞ」

「あれ? 魚嫌いなんですか?」

「まぁな! 食べるのにマルカジリ出来ないから面倒!」


 ああ、わかる。どうしても面倒だなって思ってしまう時はあるしな。俺もそれが面倒なのと小骨で痛い目を見てから魚が暫く嫌いだったもんなぁ。味は好きだったけど、煮魚とか焼き魚はあまり食べないで刺身ばっかり食べてたり……。


「ならこっちも少しだけ摘まんでみてください。これも魚ですけど、骨は出来る限り取ってありますよ。私もまだ食べてないので、今少し摘まんでみましょうか」


 魚の燻製、これはスライム君と出来る限り骨を除去してあるので、そちらは大丈夫だと思うのだが、味がダメな人はいるかもしれない。


 口の中で何度か噛みしめる、多少魚独特の臭みが感じられるがそれ以上に口に広がるのは圧倒的な旨味。魚の味がじわりじわりと強くなっていく。

 一緒に味見をしてくれているムスメは先程とは打って変わって恐る恐るといった様子で確かめるように噛り付いている。

「ンー? んん……、ん!?」


 その手にはもう魚の燻製はなく再度腕を組みながら目を瞑って味を確かめ、頭を数回捻るようにして唸りを上げている。


「ンマイッ……!」

 先程の繰り返しの映像を見ているのかと錯覚するほど同じように重苦しい空気を醸し出しながら彼女は味の評論を一言で纏めてくれた。

「最初ちょっとクサいなって思ったんだけど、味は好きだな。ニオイも慣れたらヘーキだし。骨がないのがイイナ!」

「臭みはやっぱり魚ですからね。それと、ムスメさんは魚の味は大丈夫みたいですから、あとで楽しみにしててください。丁度良い物を幾つか用意してますよ」

「おお、タノシミにしてるぞ!」


 意外な事に彼女が手を貸してくれたので、味の違う燻製を並べた数枚の大皿を一緒に運んでもらった。

 宴会の場の方には既に回復を遂げた魔王がツマといちゃついているのだが……。くっ、魔王のフォローをせずに致命傷を与えておくべきだったか! と考えてはいけない、彼には世話になっている。羨ましいなんて思ってはいけない。


 悲しい気持ちを振り払うように料理も並べ終えた、酒も行き届いた。

「さて、準備も出来たか。魔王様、ご無事で何よりです。挨拶をお願いします」

「心配をおかけしましたな……、了解しましたぞ。ふーむ……。諸君、たまえ!!」


 彼が酒の入ったコップを持ち大きく叫ぶと、全員が一斉に立ち上がった。

 俺はそんな彼らに見入ってしまった事で反応が遅れてしまい、一人だけ座っている状態だったので気付かれないように静かに立ち上がっておいた。


 魔王はコップを高々と上げて一言大きな声で叫んだ。

「乾杯ッ!!」

 その大きな声に負けまいと、一同が大きく「乾杯!」と叫ぶと宴会が始まった合図のように一人のリザードマンが卒倒した。


「あれでいいのか……。参考になるな、俺も次がもしあったら真似しよう」

「ヒッヒッヒ、ホリ様の挨拶、あたしゃ好きですよ。貴方には貴方の言葉があります、それを聞かせてくれりゃええんですよ」

 俺がぽつりと呟いた言葉にト・ルースが反応してくれたようだ。恥ずかしい。


 恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをして、ト・ルースに味付けが異なる魚の燻製を皿に盛り渡した。

「はい、ト・ルース。試食第一号をお願いするよ。何か問題がありそうだったら即座に吐き出すんだよ?」

「ヒッヒ、実はそれの匂いが気になってましてねぇ。どうしても目が弱くなってからは匂いに過敏になってしまいましてねえ……。では、未知の味を早速……」

 リザードマン達が挙って彼女の近くへと押しかけ、皿に盛られた燻製と自分達の族長を交互に眺める。

 その視線の中でト・ルースがスライスした魚の燻製を大きな口で一口。噛みしめるように大事に口を動かして、彼女が考える時によくやる顎を爪で掻く仕草をしながら味わっているようだ。


「これは何たる美味……。最初に香る魚の風味、加えられた調味料の味の中から染み出てくる魚の旨味、噛むほどに広がるという言葉そのままに口の中が魚で満たされるような感覚……。ここに魔王様の持ってきたお酒を……」

 そういいながら彼女はコップの中身をちびりと飲み込む。

「ヒッヒッ、堪りません。是非製法を学んで後世に語り継がねばならないモンですねえこりゃあ……」

「お、おばあちゃん。私も、私も食べていい!?」

「おお、リューシィや。お食べお食べ。魚の生育なんてまるで考えた事もないが、こんな上等なモンが食えるようになるなら皆のやる気の度合いが違うってもんさ」


 魚の方も問題はなさそうだ。

 大きな皿に肉と魚の燻製、そしてスモークチーズを並べて魔王一行の前へと置く。


 そこには待ち遠しいという言葉が顔に書いてある魔王、ツマ、ムスメの三人。似た者一家だな。特にツマの期待が凄い、体が小刻みに小さく跳ねている。

「味の評価は良いみたいです。宜しければご賞味ください」

「勿論頂きますぞ! 私は先程魚は食べられませんでしたからな、魚から頂きましょう」

「私は、私は……、私も魚からにします!」

「じゃー、私はニクにしよう! さっき出来なかったチーズとのキンダンのコラボだ……!」

 ムスメがキンダンのコラボをしようとしている横で、彼女の隣に座っていたゴブリン達からも視線を向けられた。

「ホリ様、俺達モ貰ッテイイデスカ?」

「勿論。味見お願いね?」

「ハイッ! イタダキマス!」

 ゴブリン達はまず肉から攻めるようだ。

 肉の方はかなり在庫もあるしな、早々無くなる事はないだろう。彼らもチーズと一緒に食べようとしている。このジャーキーの柔らかさならチーズにもあまり違和感なく合うと思うし、まずいという事も無いだろう。


 今度は魔王一行とゴブリン達を取り囲むように、リザードマン達だけではなく他の種族も集まって彼らの動向を見守っている中で、その視線の先にいる一行が自身が選んだ燻製を口に運ぶ。


 持ってきてもらった酒を幾つかちびりと飲んでみたら、魔王とツマの持ってきた酒は赤と白のワインだった。

 今日はどちらかと言えば魚中心の食事なので拠点に残っている白ワインが樽で一つしかないけど大丈夫かな? と思っていた所だったので助かった。


「これは……、うまいですなぁ。この魚のひとかけらを味わい、酒を傾けるというのは染み渡るような贅沢というべきですかな」

「そうね、この魚の味にこの白のワインがマッチしていて……」

「お二人共、宜しければその魚とチーズを一緒に食べてみては? 私は前にこれと似た様な物をスモークチーズと一緒に食べてワインを楽しみましたよ」


 彼らに俺がそう告げると、物凄い速度で振り向いてこちらを見てきた。

「そ、そんな悪魔的な組み合わせを……!」

「お、恐ろしい。アナタ、ホリ様は人ではないのでは……!?」


 酷い事を言われているが、試しに自分でやってみよう。

 彼らの前、もっと言えば周りを囲んでいる者達に見せるようにチーズと魚を同時に頂いてみた。

「おおっ、やっぱりこの魚でもチーズに合うなぁ。ワインワイン……」

「はい、ホリ様どうぞ」

「ありがとうパメラ」

 流石気が回る酒豪は飲ませるとなると動きが速い。彼女に渡された白ワインを頂くと、このワインにまた絶妙にマッチしている。


「うまいっ……! これはハマる……!」

「ほほう……、ツマよ。これは我らへの挑戦状だぞ? やらない訳にもいくまい?」

「勿論よアナタ。魔界の歴代でも最強の夫婦と名高い私達には引き下がる選択肢なんてないわ。やりましょう」

 視線を交わし、強く頷いた彼らは魚とチーズを食べ合わせ、そのハーモニーを一通り味わうと、くいっという音がつきそうな程軽快に白ワインで流し込む。


「カァーッ!! 堪りません!!」

「お酒、お酒を下さるかしら! 城のワインを全て持ってくるんでした!」


 気に入って貰えたようだが、少し忠告をしておこう。

「お二人共、飛ばしすぎないで下さい? 今日はここの料理班の子達が腕によりをかけて作った物が沢山あります。味わい尽くさないのは損になりますよ?」


 魔王とツマは我を取り戻すように再度お互い視線を交わし、俺の言葉に軽い笑みを浮かべた。

「そうでしたな、ツマよ。今日は心ゆくまで楽しめそうだな」

「アナタ。ええ、すぐに酔ってしまってはいけませんね。楽しみましょう」


 少し不思議に思えたのはムスメとゴブリン達。

 とても静かで何も言わないのだが、彼等はどうしたのだろう。口に合わなかったのかな? 

「アリヤ達はどうかな、おいしかった……どうしたの君達」

「ア、アリヤガ肉ヲ……」


 肉好きの彼にはこの味が堪らなかったようで、皿の上に盛ったジャーキーを詰め込みすぎて顔の形がおかしい事になっている。ムスメはアリヤを指差して爆笑するようにお腹を押さえて笑っていた。


「アリヤ?」

「モゴッ」

 彼は首を傾げて俺の言葉に反応している。良かった、野生に戻った訳ではなさそうだ。

「美味しかったかな?」

「モゴッ」

 力強く頷いた彼を撫でる。嬉しそうな表情を浮かべたアリヤは暫くの間、口の中のジャーキーと格闘し続けていた。


 魔王一行から評価も貰えたし、我慢の限界が来ている他の種族の皆にも振舞う。

 スモークチーズはダメだという人も結構いたが、それでも概ね燻製は好評だった。

「魔王様、次回の戦争時にこれを保存食に出来ませんか? 人族にも勝てると思うのですが?」

「ケンタウロス君、これを保存食にするのは難しいかもしれないぞ。その為にはまず……」


 オレグと魔王が二人でジャーキーを噛みしめながら話し合いをしている。ケンタウロスにもジャーキーは受け入れられたようだが、アナスタシアはダメだったようだ。

「ちょっと私には……。魚の方はウマイ、これなら幾らでも食べられるぞ!」

「食べすぎ注意だよ、まだまだ振る舞いたい物があるんだから」


 ケンタウロス達やラヴィーニア達、ハーピー達から感想を貰いながら次の料理の準備をする。

 魚の揚げ物なのだが、少し手を加えてあるから食べやすいとは思う。


 適温になった二つの鍋、その片側には春巻きもどき、もう一つにはフライを投入すると周囲に大きな音と独特な油の匂いが立ちこめる。


「ホリィ? これはなァに?」

「これは春巻きっていって、色々な物を包んだ料理なんだけど、今日は魚を使ってるよ。もう少しで揚がるから待っててね」

「ホリ、こっちは?」

「これは魚をフライにしているんだけど、両方とも少し工夫してるから待っててね」

 ラヴィーニアとレリーアが作っているところへとやってきて質問をしてくる。


 気付けば周りには人が集まっているが、揚げ物好きだなぁ君達は。その人だかりの中を突き進んできたムスメが、隣にやってきて俺の料理を見ている。


「なぁなぁー、ホリ」

「はい? どうされました?」

「私達のハダカ見たんだろ? 誰が一番キレイだった!?」


 彼女は楽し気に空気をぶち壊してきた。そしてその笑顔のまま言葉を続ける。

「パパはどーせママがイチバンって言うに決まってるけど、ホリは何ていうんだろーって今思ってな! で、誰!?」


 向けられる視線の中で、俺は料理を作り終えるまで物言わぬ地蔵になる事を貫いた。

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