第69話 固い握手

 魔王の叫びを聞いて少し興味が沸いたムスメ、そして彼女と仲のいいゴブリン達と、それに加えて魚の干した物、これをゼルシュに食べさせた事により興味が沸いたリザードマン数人が燻製機の中を覗きこんでいる。


「面白い色合いだな。先程食べた物は最初にピリッと辛味が来たのだが噛みしめる程に独特な魚の味がやってきてだな……」

 自慢げに語るゼルシュも、それを魚の切り身を眺めながら頷いて聞いている他のリザードマン達もそうなのだが……。

「それはまだ出来てないから食べちゃダメだよ。さっきのはあくまで実験台なんだから、いくらリザードマン達が生で食べても平気だからってそれはダメ」


 彼らは俺の方を何度も何度も視線を移してきては、食べたいという欲求が込められたオーラをぶつけてくる。


 食べられないと解ると、吊り上がってふよふよと左右に揺れていた尻尾がガクリと力無く下がる。普段、好物の魚を食べられる機会がただでさえ少ない彼らには申し訳ないが、一度許すと際限がなくなり作った物が完成する前に無くなる事もあり得る。

 ここは我慢してもらおう。


「魚の保存食ならリザードマン達はいっぱい知ってるでしょ? どうしてああなるんだろうか?」

「ヒッヒッヒ、あの子達が知っているのは大量の塩で漬け込んである物が中心ですからねえ。ホリ様の作ったような酒のアテにしようという魂胆の見える物じゃないんですよ。かく言うあたしも興味が沸きますわい」


 流石年の功というのか、どうしてこれを作っているのかがバレている。いや隠すつもりもあまりなかったが。


 乾燥させてから煙を当て始めて、あともう少し煙で燻したらまた乾燥、そして暫く置いて冷ましたら食べられると思うし、今日の夜には彼らの胃袋に収まるだろう。

 それまでは我慢してもらおうかな。


 そしてあまり気にしないようにしていたのだが、今魔王の隣で静かに泣いているツマ。先程まで魔王が声をかけた数名と話をしていたのだが、一体どうしたのだろうか? 魔王に事情を聞いてみるとしよう。

「何かあったのですか? 先程までとは打って変わって落ち込んでいらっしゃいますが……」

「いやあ、参りました。ツマの誤解を解く為に保存食の評価を他の者達に言わせてみたのですが信じてもらえず……。一度魔界まで戻り、城の保存食をツマに食べさせてみたのですよ。そして先程の保存食の方がおかしいのだと解り、あらぬ嫌疑をかけてしまった自分を責めているのです」

「だって……、だって信じられなかったんですもの……。噛めば噛むほど味と香りが私を楽しませてくれて、そして少しずつ口の中で柔らかくなるあのお肉をまずいなんて。でも違いました、持ってこられた本来の保存食、これが塩辛くて塩辛くて……!!」

 辛さで舌がやられてしまったのか、多少回らない滑舌でそう話す彼女は魔王の腕の袖を軽く摘まみ申し訳なさそうにしている。

「保存食とは言いましたが、あれはどちらかと言えば嗜好品に近い物の作り方をしていますからね。あの肉や魚は今日の晩に宴会をやると思います、その席で皆さんに振舞いますから楽しみにしててください。先程よりもおいしくなるので、どれもお酒に合いますよ」

「何ですと!? 先程のアレよりも美味い!? ツマよ! 城の貯蔵庫の酒にいい物はないのか、アレより美味しいツマミで一杯やれるなら私は魔王権限で全部持ってくるぞ!」

「ええ、アナタ! 私も行きます! 確かシツジィが隠してある秘蔵の酒樽が数個ある筈よ! それを持ってきてしまいましょう!!」


 魔界最高の権力者とその妻はまさに光の速さで魔界へと跳んでしまわれた。

 少しハードルを上げすぎたかな、しみじみと味わえるような燻製はこの世界では嗜好品として一般的ではないのかもしれない。俺が言った保存食と、彼らの言う保存食は多分認識の齟齬がかなり開いていると思う。

 俺の言っている保存食という物は美味しさも追求した物の模倣だからな、それ程長い時間は状態も持たないだろうし。先人の知恵とスライム君の魔法技術に感謝だ。


「後は食べても大丈夫かの判断なんだよなぁ。食中毒とかは気を付けないと、この世界じゃ致命的に危ないよな……」

 正直食中毒になって、追撃とばかりに『異常事態ですね! これをどうぞ!』と飲まされかねない薬草汁が怖い。しかも効果が抜群そうだから尚怖い。


「ショクチュードクってなんだ?」

 俺の呟きが聞こえたようで、燻製機の中を眺める事に飽きたムスメが質問を投げかけてきた。

「うーん、どういえばわかりやすいですかね。傷んでいたり、体に良くない物がついた食べ物を知らずに口にすると、お腹を痛めたり吐いてしまったりする事ですね」

「体にヨクナイ物?」

「ええ、目に見えない悪い連中っていうイメージでいいんですが、それが食品を有毒にしてしまうんです。そうならない為に火で加熱したり、乾燥させたりするんですよ」

 ふーん、と彼女は再度燻製機の中を眺めて顎に指を置いて考えている。

「なら浄化魔法で悪い奴吹き飛ばしてみようか!」

 そう言いながら手を白く輝かせて燻製機の中へと掌を向けると、燻製機の閉められた蓋の隙間から光が漏れている。

 慌てて中を確認したが、肉も魚も何も変化はない。どうやら何か物理的な作用をさせる魔法ではなかったようだ。浄化魔法……? 言葉から察するに霊的な物でも浄化するのだろうか。

「これで安心だな! シンライとジッセキの浄化魔法だぞ!」

 彼女は小さい体を仰け反らせるように胸を張っている。不安なので、近くにいたト・ルースに話を聞いてみよう。

「ト・ルース、あれって……?」

「ヒッヒ、ゾンビやレイス、アンデットに有効な破邪の魔法です。呪いを解いたり、解毒をしたりも出来る回復魔法の一種ですね。我ら魔族には滅多に使い手はおりませんが、王女様は使えるようで。素晴らしい才能の顕れですねえ」

「回復魔法は数あれど、その最上位とも言われる魔法だ。素質と実力、弛まぬ努力の結晶と言われる程の魔法をあの幼さで扱えるとは、流石王女様だ」


 アナスタシアも説明をしてくれるが、取り敢えず満足そうにしている彼女にお礼を言っておこう。

「ありがとうございますムスメさん。でもまだ食べちゃダメですよ?」

「エッ? ダメなのか……?」


 先程ご飯を食べたばかりなのに、量が足りなかったのだろうか? がっくりと力と期待が抜けていくように表情が呆けている。

「今晩のおつまみですからね。魔王様達も楽しみにしていたでしょう? それを奪ってしまうのは可哀想じゃありませんかね?」

「ウグッ! ソーだな……、パパとママがあんなに楽しそうなのも久しぶりだし。ここは私が泣いてやる! 私はオトナだからな!」


 彼女は気を取り直し、ゴブリン君達と釣り竿を抱え走り出した。

 慌ててペイトン達御供集団も追従するように彼女を追って走り出し、先程行った上流へとまた向かったようだ。


「ホリ様、それはそうと少し問題が……」

「どうしたの、問題って?」


 ト・ルースは問題が起きている場所へと俺を案内するように歩き始め、ゆったりと向かう。

 そこは釣った魚をいれておく水槽を搭載した荷車。彼女はその荷車の水槽を指差した。

「目的の魚もそうでない魚も、かなりの量を釣れとるみたいでですねえ。この量、どうされます?」

「ああ、そうか。ちゃんと考えてなかったなぁ。うーん……、キャンプしようと思ったけどこれは無理だな。一度拠点に戻って目的の魚は生け簀へ。それ以外の魚は今日食べ切っちゃおうか? かなりの量になっちゃうけど……」


 顎先を爪で掻きながら彼女は少し考えている。

「ええ、ええ。目的の魚以外で、食用に向いとらん毒の有る物を川に戻してもそれなりの量になるかと。それでもあたしらだけでは食べきれない量がありますわ」


 更に食後にまた釣りに行ってしまった連中が釣り上げた分を考えたらこれより更に増えるしな。仕方ない、食用向きじゃない物は川に戻して残った物を拠点で料理してしまおう。今日は魚尽くしだな、久々に色々な魚料理が食べられそうでちょっとワクワクしてきた。


「ト・ルース、ちょっと魚の選定お願いしてもいい? 毒がある魚とあまり美味しくないのは川に戻そう。俺はスライム君とあと数人でこれを拠点まで運んで、そのまま料理の下拵えをしておくよ」

「ヒッヒッヒ、この様子なら今日は魚料理だらけですねえ。肉もええですが、私はやっぱり魚を美味しく頂きたいので、今日は楽しみですわ」


 彼女はリザードマンを一人呼ぶと魚の選定を始めた。

 よく考えたら中流で釣りをしただけでこれだけの量、大き目の箱に割と魚が入っているのだから、上流やリザードマン達の罠の分も考えたらエライ事になってしまうな。


「スライム君、スライム君。釣りを楽しんでいるところごめんね? ちょっと相談が」

 彼は釣り糸を垂らしていたのだが、こちらの事情を説明すると気合を入れるように大きく跳ねた。ありがたい、彼がいてくれれば何とかしてくれる筈。


「あとは荷車の運送だな、ケンタウロス達は……。殆どバラバラになっちゃったんだよなぁ。リザードマン達も罠を見に行ってるし」

「む? ホリ殿、どうされましたかな? 何か問題でも?」


 魔王とツマが城から帰還したようだ、彼らの明るい表情を見るに上手くいったのだろう。

「お二人共、お疲れ様です。いえ魚が獲れすぎて量がちょっと凄い事になってしまったので、拠点に一足先に戻って料理を作ってしまおうと思いまして。それで荷車を運ぶために人手を借りようかと」

「ふむ、それでしたら私がお手伝いしましょう。ツマよ、お前はどうする?」

「そうね、私はお役に立てそうにないからこのままここにいるわ」


 どうやら魔王が手助けをしてくれるようだ、彼ならどうにでも出来そうだからここは頼ろう。魔王とツマが何やら話をしている内にこちらは幾人かに声をかけて、料理班の子達にもお手伝いを頼もう。


「そうだ、ペトラ達にもお願いがあるんだけど」

「はい? どうされました?」


 ペトラと猫人族に山菜を鞄一つ分でいいので採ってきて欲しいと頼み彼女達が了承してくれた。猫人族は風呂の準備もある事だし、少し早めに戻ると彼女達が言っていたので、料理には間に合うだろう。


「すみません、最初は魔王様達にキャンプでもしてもらおうと思っていたんですが、これ程魚が獲れるとも思ってなかったので……。こちらの事情に巻き込んでしまって申し訳ないです」

「いやいや、私はどちらかと言えばホリ殿の作り上げる拠点の方が好きでしてな。今宵もたっぷりと楽しませて貰いますぞ?」

 にやり、と不敵に笑う彼。

 それに、とツマが続けてこちらへと口を開いた。

「私としては話に聞いている浴場が気になります。どの女の子達も楽しんでいるようなので、私も味わってみたいのですが……」

「おお、あれは良い物でしたぞ! ツマよ、お前もきっと気に入るだろう!」


 夫婦で仲睦まじい様子で風呂について語り合っている。


 料理班は先に帰るという事で荷物を纏め、魚の選定が終わった水槽と目的の魚を放す為にリザードマンのアギラールにも同行してもらう事になった。

 一足先に帰る者は主にパメラやトレニィア、リューシィやケンタウロスから数名、オーガの侍女から数名といった感じ。他にも料理班の子はいるのだが、この場にはいないので、どこかへと釣りに行っているのだろう。


「では、皆の者。準備はいいか? 少し飛ぶぞ」

「えっ」という他の者達が上げた声をしり目に懐かしい浮遊感。

 ああ、そういえば何時振りだろうかこの感覚。以前に人里の街から帰ってきた時が最後だったかな、慣れるまで怖いんだよなぁ。

 俺達は立った姿勢のまま全員が浮かび上がり、空を飛び山へと進路を取った。取ったと言ってもやっているのは魔王なのだが。


 俺以外の人達は皆初体験のようで、お互いに顔を強張らせていたり、青ざめさせていたり。トレニィアが俺の腕を掴んできたのだが、余裕がない代償か握力で握られている箇所が折れるのではという位に強く力が入っている。折れちゃう。


「ホリ……、怖い……」

「トレニィアは壁とか登って高い所は平気だと思ったけど、やっぱりだめそう?」

 彼女は悲し気な表情を浮かべながら俺の言葉に頷いた。

「怖い……。自分の足で高い所にいる訳じゃないから……」

 普段は見せない表情とカタカタと小刻みに震えている彼女、どうした物か。

「こういう時は何か別の事を考えようか? 皆はこの後この魚でどんな物が作りたい? 俺は今日は天ぷらとは違う揚げ物を作ろうと思うんだ」

 恐怖に支配されている彼女達へ、気を紛らわせるために腕を掴んでいる手を握り返しながら話を振ってみた。トレニィアも、俺が能天気な事を言っているにもかかわらず必死に考えて答えてくれる。

「私は……、さっきスライム君が作ってた魚を使ったスープ……。新しい風味がして、色々な味付けがまた楽しめそう……」

「そっか、魚の出汁といつも使っているお肉の骨の出汁、混ぜて配分しても面白いかもよ? あとはそうだな、キノコとかを乾燥させるとまた別の旨味が出たりするし」


 オーガの子がそれを俺達の会話に続く。


「わ、私はホリ様とスライムさんの作っていたテンプラを作りたいです。あの食感が好きで、自分でも試してみたい事が次々と湧いてきますし!」

「それなら事前に衣用の小麦粉と卵の混ぜ方一つで食感が変わるから、自分の好きなようにやってみるといいよ。あと、天ぷらを蕎麦と一緒にスープに入れるとまた違った魅力がね……?」


 そこから、自分はこうしたいあれを作ろうと思う、自分の里の郷土料理が久しぶりに作りたいなど熱が入る。

「あ、そうだ。トレニィア、少しスープに手を加えてみない? 俺の大好きな料理があるんだけど、おいしいスープじゃないと際立たないんだよね。どうかな?」

「? ホリが食べたい物ならやるよ……。姉様達も食べてくれるかな……?」

 あの妹への愛が溢れる二人なら満腹でも食べ切るだろう、大丈夫だと思う。


 そうして話していると、今度は意外なところから声がかけられた。


「あれー、やっぱりホリ達だー! アハハ! ホリが空飛んでるー!」

 周囲を警戒してくれていたハーピー達、その中でルゥシアが大きく羽根を広げて近づいて声を掛けてきた。


「ルゥシア、警戒お疲れ様。魔王様が拠点まで飛んで運んでくれているんだ、お魚も一緒だよ」

「ホントだー! うわ、魚がいっぱいだ!」

 彼女はその大量の魚を喜ぶように空を飛びながら回っている。バレルロールだったか? 優雅だなぁ。他にも魚を眺めたハーピー達が喜ぶように空を駆けている。

「こうしてルゥシア達が空を飛んでいるのを間近で見るのは初めてだけど、かっこいいね」

「おー! かっこいいだろー!?」

「うん、かっこいいかっこいい」


 褒められた事が嬉しかったのか、魚が大量で嬉しかったのか。

 彼女達はそのまま俺達が拠点につくまで同行をしてくれたのだが、相手は本領が発揮できる空の住人。様々な飛び方を披露してくれた為、見惚れている内にあっという間に拠点についてしまった。怯えていた人達も、ハーピー達の空の技を見ていたら恐怖を忘れていたようだ。


 俺達が拠点に着くとルゥシア達はそのまま踵を返すように魚を獲っている者達のところへ警戒へ戻り、魔王は転移の魔法でツマの元へと急いだ。

 そして荷車の魚をアギラールが分けてくれたので、俺達に許された僅かな時間を使い、この大量の魚達を調理し始めていく。


「ホリ……、さっき言ってた料理……教えて欲しい……」

「お、じゃあやろうか。小麦粉とお湯だけでまずは用意する物があるからね。そちらを先に作っちゃおう」

 トレニィアと二人で、準備を始める。

 作りたい物、それは餃子。水餃子が食べたいのもあるのだが、焼いてもいいし揚げてもいい。宴会向きの料理だと思う。作っている内にその場の全員が興味を持ち手伝ってくれた。

 小麦粉も混ぜ合わせる内にいい具合に固まり、固さは耳たぶだよというと全員が俺の耳たぶを摘まむというお決まりのやり取りも済ませた。

 それを丁度良い大きさと薄さの皮へと一枚一枚作っていく。人数が人数だし、それなりの数が必要だと思われるのでやはり量もかなりの物。


「さて、皮の準備は出来たから今度はタネを作ろうか。普通のお肉もいいけど、下処理をした魚の肉もおいしいよ。あとは……、ちょっと悪ふざけするか」


 ありきたりだが一つ二つ激辛な物や苦い物などを入れておこう。

「さて、タネも出来たし皮の準備も完了したので包んで行こう。ゆっくりでいいからちゃんと包んでいこうね」

 数個作り方を見せてから、わからない所があれば質問をしてもらいながら彼女達を見守るが、普段から料理をしている彼女達はすぐにコツを掴んだようだ。

「皆うまいね、これなら問題はなさそうかな?」

「これどんな料理になるんでしょう?」

「ホリ……、先にちょっと食べてみたい……」

「トレニィアさんナイス! ホリ様、ちょっと試食させてください!」


 彼女達が興味を持ってくれたようなので一個ずつ焼き餃子を作ってみた。

 タレのような物はスライム君が以前にも使った調味料をいくつか出してくれたので、そちらをつけて食べてみると香ばしさと肉汁が口の中に溢れてくる。

「うん、おいしい! 魚肉の餃子も久々に食べたな、やっぱり焼いた物もいいな」

「あつ……、熱い……、けどおいしい……」

「んー! 美味しいですね! でもこれだとスープには向かないんじゃ……?」

 皆が一口で餃子を頬張り舌鼓みを打っている。オーガの子が食べながら質問をしてきた。

「大丈夫、これがスープに入るとまた別のおいしさになるんだ。スープはトレニィアが作るんだったね。美味しいの期待してるよ?」

「任せて……! 頑張るよ……」

 彼女はトンと胸を軽く叩き気合を見せてくれる。スライム君と意見を交換しながら餃子の味に合うスープを作ってくれるみたいだ。楽しみにしておこう。



 そこからは各々が魚を好きに料理していき、俺もいくつか作らせて貰っている。

 料理の品目もその量も途轍もない量になってきてしまった。食べきれればいいんだけどなぁ。作っている内に猫人族が戻ってきたので、彼らにはお風呂の用意を頼んでおいた。いくつか俺が作った物を試食してもらったが、ヒューゴー的には煮付けが最高と尻尾をピンと立てて評価を下してくれた。


 それからも暫く料理を作り続けていると、オーガの子がある方向を指差して叫んだ。


「ホリ様、皆が帰ってきましたよ!」

「おお、割と早かった……ね……?」

 大勢の人影が遠くの方からこちらへと向かって来ているのが見える。だがそれよりもほぼ全員が泥だらけ、それに加えてずぶ濡れになっている者達もいる事に気を取られてしまう。何かあったのだろうか?

「魔王様、お疲れ様です。皆が結構酷い状態なのですが、何かあったのでしょうか?」

 魔王一行やアラクネの二名は比較的綺麗だがそれでも服の端々に泥が跳ねた跡が見える。

「ホリ殿、今戻りましたよ。いやあリザードマン達の仕掛けた罠にかなりの量が捕まえられていましてね。全員で力を合わせて捕まえていたら気付けばこうなっておりましたよ! ハッハッハ!!」

 彼は胸を張って空へ向かって笑い声を上げた。しかしこれだとすぐに食事は難しそうだな。


「それならまずは風呂にしておいた方が良さそうですね。猫人族が用意してくれているので、先に入ってきて下さい」

 俺と魔王がそう話しているところへト・ルースが歩み寄ってきた。

「ヒッヒッヒ、ホリ様? あたしらも酷いかもしれませんが、貴方達も大分酷い。あちこちに魚の血がついとります。今日はもう生きとる魚を全部水槽へと放して、あとは明日に拵えては如何ですかねえ?」


 自分の状態を見直してみると、なるほど酷い。服のあちらこちらへと魚の血や料理の汁、油などが飛んでいて衛生的にも余りよくない。

「あちゃー、夢中でやっていたからこんなにひどい事になっているとは……。三枚に下ろすのは俺とスライム君が中心でやっていたから気付かなかったな」

「ヒッヒッヒ、それだけ力が入っとったんでしょう? これは料理が楽しみですわい。魚もこちらの方は目的の魚以外逃がしておきましたから安心してくだされ」

 おお、それなら今ある魚を何とかすれば後は問題もないか。

 ト・ルース達が勧めてくれたので俺含める男性陣が最初に風呂へ入って良い事となったのだが、女性陣から『しっかりと体を洗って、周りから許可が出るまで風呂に浸かるな』と釘を刺された。当然か、気付いたら自分の手先や体のあちこちから生臭さがするし。


 魔王達と風呂に入っているのだが、この後女性陣も入浴をするというのもあるし、この後に控えている王妃の為にと皆は急いでいるらしい。

 どうやら彼女はこの浴場をかなりの楽しみにしているようで、帰り道にも色々な種族の子達とここについて話を聞きこんでいたのだとか。


「それならお湯に浸かるのは俺は遠慮しておくよ。王妃様にいい状態のお湯に浸かってもらいたいからね」

「ホリ殿がそう仰ってくれるのでしたら私も遠慮しておきますかな。貴方だけが風呂に浸かれないというのは不平等でしょう?」

 俺と魔王がそう言うと、サウナに入ろうとして肩にパァンと小気味良く布を叩きつけたゼルシュと、同じくサウナに入ろうとして股間へ布をパァンしたオレグが唖然とした表情でこちらを眺めていた。

 パァンしないと入れないルールでも出来たの?

 でも魔王にまで気を遣わせてしまうのは少し申し訳ないな……。そうだ! 以前に作った『アレ』を使うか。魔王がいれば最悪俺も逃げれるしな……。


「魔王様、魔王様……」

「ん、ホリ殿? どうされました……」

 隣で並ぶように体を洗いながら彼にか細い声で語り掛ける。


「男性陣に昔ここを作る時に頼まれた、『男が幸せになれる』スポットがあるんですが……。行きますか?」

「ホリ殿それはッ!? むぐっ」

 彼の口を即座に押さえ静かにさせる。そして俺が指を一本立てて口元へ持ってきて視線を送ると彼は静かに数回頷いた。

「勿論、魔王様次第です。ここにいる者達全員それは知り得ない事です。俺以外ソコを知りません。さぁ……どうされますか……!?」

「フフフ、この魔王を試すなど……! ホリ殿、貴方もかなり考えが悪魔じみてきましたな……! いいでしょう、一人の男として、魔族の王として、その悪魔の甘言に全力で乗りましょう……!」


 ――俺と魔王は素っ裸で力強く握手をして、静かに互いの幸せの為に立ち上がった――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る