第46話 大事な物がない
健康飲料のおかげ? で、次に目覚めた時には痛みを感じる事もなく、精々左腕に力を入れたりすると痛むくらいになっていた。
致命的な欠点が何とかなれば、これ程有り難いものはないのに。
アリヤの焦げ跡も不思議なことに、つるりと剥いたゆで卵のように艶を出し元の色合いに戻っていた。
どういう原理なのそれ? と聞きたいところではあるが、ペトラの薬草汁の詳細を誰も知らないので気にしないようにしておこう。ファンタジー世界なのだ、突っ込んだら負ける事の方が多いに決まっている。
そして俺は朝から感じていた違和感に、皆が自然と振舞っていて俺だけがおかしいのかな? と聞くに聞けない事を思い切って口にした。
「ねえ、何で俺の左腕固定されてるの?」
そう、左腕が糸のような物で固定されているのだ。それもかなり強めにされている為、少しも動かせない。血流止まってると言われても過言じゃない。
皆がサッと視線を逸らし、俺と目を合わせないようにしている中で主犯のアラクネが口を開いた。
「そうしておけばァ、絶対動かせないでしょォ? フフフ、私頭いいィ」
「よくないよ! ガチガチに固定しすぎて却って気になるわ!」
そこから譲歩してもらい、骨折をした人のように腕を首から吊るすようにして少し稼働域も作ってもらった。気にはなるが、心配してくれてるのだから今はこの状態を受け入れよう。
ペイトンを助けてくれたレリーアと共同で作り上げた布の事をパメラと話していると少し疑問が湧いた。
「そういえばさ、あの布はどうしてレリーアの糸を使ってるの? ラヴィーニアの糸なら防具向きって言ってたけど……」
パメラが頬に手を添えて、困った表情を浮かべながら頭を捻るようにしている。
「ええ、それなんですが……、一度作ってみた品を見てみますか? 彼女に頼んで試作をしてみたものがありますので……」
うん? 何か問題があるのだろうか? とりあえず頷いておこう。
パメラとラヴィーニアが共同で作った布に興味を持った数名、ゴブリン達やアナスタシアが集まってきた。
そしてパメラの手に発光しているのではと思える程美しい、絹のような質感を持った布が握られている。ペイトンが身につけていた物よりも上質なものだというのは明らかだ。
「少し気を付けてください。ラヴィーニアさんが扱いに困るような物です」
「えっ」
あの呑気な長女が困る?
「ハハハ! パメラさん、冗談がお上手ですね!」
「いえ、ホリ様。本当に危ないんですよこれ。私も、最初はラヴィーニアさんに頼んでこれを作ったのですが、あまりにも危ないので使えなかったんです」
パメラが両手で披露するように布を広げ、美しい布地の全容を見せるようにしている。何をする気なのだろう?
「アリヤさん、そこの薪を下に置いてもらえますか?」
「? ハーイ!」
アリヤが薪を地面に置き、そこまでゆっくりと歩き出したパメラが、薪の上に広げた布を持ってきて両手を離した瞬間の出来事である。
とても布とは思えない重量を感じさせる音と、そしてあと少しの勢いさえあれば両断されていたであろう薪。その薪に突き刺さるようにしてそそり立つ布。言葉を吞む一同。
「なんじゃこりゃ……」
俺の放った一言に合わせるようにして、アナスタシアも顎に手を当て、不思議な物を見るように眺めている。
「凄まじい切れ味だな。確かにこんな物、扱いに困るぞ。どうしてこんな事になっているんだ?」
パメラは布を薪から引き抜き、再度慎重に折りたたみ俺に渡してきた。布自体に割と重量がある。見た目は綺麗な布なのに。
「ラヴィーニアさんの糸とホリ様の作る鉱石粉を混ぜ合わせた事により、糸自体の切れ味と強度がとてつもない事になっている様です。その粉の量によってはとても危険だと仰っていて、最初に作った物に至っては、ラヴィーニアさんが『危ないからすぐ燃やせ』と言う程でしたから」
「つまり、糸と粉の配合量を調整しないとペイトンの時みたいに体に巻き付ける事すら危ないっていう事かな?」
諸刃の剣ならぬ諸刃の腹巻。何その素敵アイテム、絶対装備したくない。
「ええ、その後、ラヴィーニアさんに言われて試しにレリーアさんの糸で作ると、彼女の糸の場合だと硬度のような物が加わり扱いやすくなりました。それでもアレを作るのにかなり苦戦をしましたよ」
何度か試作を繰り返してあの布が出来上がったのか、普段使う時にはまだレリーアの奴の方がマシだものなぁ。
持っていた布を興味深げに見つめているアナスタシアに渡す。
「ラヴィーニアの糸に鉱石を混ぜるとこの布のようになり、レリーアの場合だと純粋に硬度が増すか……。面白いな、トレニィアの糸でも試してみたらまた違う出来になるんじゃないのか?」
「そうですね、彼女も『どこまでやれるかみたい』と粉を一袋分持って行ってしまわれて……。検証と実験をしているのだと思います」
これを作成した本人は先程、俺の腕を固定し直すと「眠い」と言い放って巣に戻っていった。彼女の生活リズムが謎だ、朝元気な事もあれば、夕方元気な事もある。睡眠時間によるのだろうか。
布はパメラが処分するという事で返したが、少し勿体ない気もしてしまう。日常で何か使い道があるか? と言われたら全くないので仕方ないが。
「これに関してはパメラに任せるよ。ラヴィーニアも力を貸してくれてるのなら大丈夫だろうし、戦闘の時にこれの完成した物があれば皆の怪我も減るだろうしね」
パメラはそれに頷いて応えたので、俺とゴブリン達、アナスタシアは猫人族の場所へと向かった。俺とアリヤは怪我の為休養、ベルとシーとアナスタシアが監視という事らしく、今日一日同行するようだ。
「そういえばさ、アリヤ達とアナスタシアに聞きたいんだけど、オーガってどんな連中なの? 荒くれ者ってイメージしか湧いてこないんだけど」
「アイツラ、ヨクケンカシテマス。アト、ウルサイデス」
「ソーデス! ゴブリンヲバカニシテキマス!」
ベルが口にした言葉にアリヤが合わせる。こう話すという事は、良いイメージが無いのだろう。どの種族からもあまり良く思われてないオーガ達というのもどうなのだろう? 喧嘩っ早い、うるさい、力が強い。あれ……? 〇ャイアンかな。
「そういえば、種族で一番強いと自称していたオーガの女に一度挑戦された事があってな。お互いの武器がへし折れて辞めてしまったが、今この槍があれば楽に勝てそうだ」
口を開き、最後にはぽつりと呟くように言いながら槍を見つめるアナスタシア。彼女相手に競り合えるのならそのオーガの女性も強いんだろうなー。
俺なんて簡単に捻られちゃうな、間違いなく。アリ対ゾウみたいな物じゃないか。まだそっちの方がマシかもしれない。
戦争の時にアリヤ達がオーガから受けた嫌な事を、怒ってますと言わんばかりに表現しながら教えてくれるアリヤとベル。
そうして話をしている内に目的地についた。
猫人族の家は、建築用の石材が溢れるようにあるので、あとは住みやすい空間を本人達の意見を取り入れながら急ピッチで作り上げている。そして居住場所に選ばれたのはケンタウロスの厩舎の横である。
建築している風景を眺められる場所に、ヒューゴーとその子供? 孫? の姿を発見した。あの怪我をした少女も元気そうで、左へ右へと忙しそうに流れる人を眺めている。
「ヒューゴーさん、おはようございます。住居の方はどうですか? 何か不都合とかあったら教えて頂けるとありがたいのですが」
「おお、ホリ様。おはようございます。先程、ペイトンさんに同じことを言われましたので、心苦しくもありましたがいくつか要望を出させてもらったところ、あの方も快く引き受けて頂きました」
ニコニコとしている彼、こうして面と向かい合うと彼らは個人差というか、なんといえばいいのか? 猫度が違う。ヒューゴーは猫度が高い。顔立ちも猫で、体毛もふさふさしているが、後ろの少女はあまりふさふさしていない。どちらかと言うと人の姿に寄っているし、あの長身の女性に至っては猫耳つけた人間の女性って感じだったな。
個人差があるのだろうか? もしかしたら猫人にも部族別に特徴があるのかもしれないな。
「それならよかった。ペイトンには後でお礼を私からも言っておきます」
今は無理だろう。
「ええ、私も後でお礼を言わせて頂きます。それで、本日はどうされましたか?」
聞きたい事がいくつかあったので来た訳だが、話も長くなりそうだな。
「アリヤ達、悪いんだけど時間がかかるかもしれないから、この子と遊んできていいよ。アリヤは無理しないようにね」
建築風景を眺めている少女の肩を叩き、そう促しておいた。長々と話しているのを待っているのも退屈だろう。彼らは少女を連れ、そのまま完成したいくつかの住居に入っていった。
「アナスタシアも、俺は暫くヒューゴーさんと話そうと思ってるから、何か用事あるならそっちを優先してね」
「うん? ああ、大丈夫だ。それに監視の一人でもいた方がいいだろう? 何があるかわからないしな」
そう言ってくれる彼女にお礼を述べて、猫人族の事を聞いてみる。昨日は主に体調面や現状にしか触れていなかったし。
「ヒューゴーさん、猫人族っていうのは戦闘はできるのでしょうか?」
「ええ、力はありませんので大多数が弓や弩を使います。俊敏性はそれなりにありますのでナイフなどを愛用している者も。森での狩猟にもお役に立てられるかと思います。」
「なるほど、弓ですか……」
猫人族は力はあまりないが素早い分、それを生かした事が得意なのだろう。人間に比べて耳も鼻も段違いにいいというのもあるが、眼も特徴的だし。
昨日彼が驚いて見開かれた時に見えた眼、他の種族もそうだけど、瞳孔の大きさや角膜とかに違いが多いんだよなあ。
アナスタシアの方を見ると、彼女は俺の方に何か用か? と言わんばかりに首を傾げている。
彼女の眼と見比べると猫人よりも瞳孔が大きく広がっている気がする。細かい違いを上げたらキリがないだろうけど種族での特性もあるのだろう。
今挙げられる問題があるとすれば、武器の数だ。
ケンタウロス達は自分の持っていた武器をまだ使ってはいるが、悩ましいのが弓と弩。
以前大量に討伐したゴブリンの、それも上位の種族の大きい腕や足の骨から削り出し鏃を作ったので矢の数はある。
弓の在庫数が問題で短弓も長弓も、もう少し数が欲しい。出来れば全員が万が一、弓を同時に壊しても対応できるような数が。
弩とボルトの数も揃えたい。技術的な事を要求される弓に比べて、僅かな時間と練習で扱えるようになれるようだし。シーは今、使用したボルトを常に回収するようにしているらしいが、それでも数本無くしたとしょげていたな。
また行くか、グスタール。
今度も短期的に滞在する形になるが、以前よりも早く取引が終わるかもしれないな。徒歩で向かうとどれくらいかかるかな? 後で誰かに聞いてみよう。
俺が黙り込んでしまった為か、アナスタシアとヒューゴーの二名がこちらを見ていた。
「ああ、すみません。考え事をしていました。それと、猫人族は魔法とかはどうなんですか?」
「魔法ですか? うーん……。個人差がありますが、少しなら扱えますよ。主に風や土、それと火の魔法が使えるといった具合です」
おっと、これは……?
「火を扱えるんですか? どれくらいの規模でしょう?」
彼はくしくしと顔を掻くようにして眉をしかめるように唸っている。
「そこまで大規模ではないです、強い炎を巻き起こしたり、操って攻撃に使うことは出来ません。温度変化を出来る程度ですので、戦闘にはお役には立てないと思います」
あ、ただ――と彼は遠くで遊ぶように家を調べているゴブリン達と少女を眺めながら続けた。
「私の孫もそうなのですが、我々の部族の中には『猫又』と言われるタイプがいます。猫又は特殊な炎を扱えたりと、少し特別ですね」
「ヒューゴーさん達猫人族は、火の魔法を扱えるが戦闘向きではなく、猫又ならまだ戦闘に使えるかもしれないと」
「ええ、火よりも風や土の方が得意な子の方が多いくらいですから。……どうかされましたか?」
一度試してみたいな、うーん。
「アナスタシア、頼みがあるんだけどいいかな?」
「うん? 何だ」
「ケンタウロスの風呂に水入れてもらえる?」
「わかった、誰かにやらせてこよう、暫く待っていてくれ」
アナスタシアがリザードマン達に話をして、僅かな時間の内に浴槽に水がたまった。猫人族の人達を集めて、火の魔法を使ってお湯を作ってもらってみたところ……。想像以上の結果がもたらされた。
「ホリ様、恐らくですがこれくらいが限界です。これ以上は温度を上げる事はできません、心苦しいのですが……」
ヒューゴーはそう口を開き、仲間の猫人達も申し訳なさそうにしているがこれは想像以上だ。何せ今目の前のお湯が放っている蒸気によって、リザードマン達が逃げ出したくらいだし。
「いえ、沸騰するほど温度を上げれるとは思ってもいませんでした。ご協力感謝します」
まさか大量の水を、時間は少し掛かってはいるが沸かせる事が出来るとは……、それも沸騰するレベルで。
「貴方達を、猫人族をお湯係に任命します!」
きょとんとしている猫人族、そして俺の声が聞こえたのか? 風呂場の壁の向こうから歓声が上がっている。待ち望んでいた風呂の常用が目の前に迫っているのだ、気持ちはわかる。猫人族のおかげで風呂の燃料問題は解決だろう、あとは風呂場か。
「これは忙しくなるな。ホリ、私は風呂を使う各種族の要望を纏めておこう」とアナスタシアは俺の返答を待たずに駆けだし、彼女が走り出した事で外にいた人達もこの事態を皆に知らせに行ったようだ。
「ヒューゴーさんすみません。訳はゆっくり説明しますが、あなた方にはかなり頑張ってもらう事が多くなりそうですよ」
俺はこれから大変な事態になる事がわかってしまった。何せアナスタシアの周りに集まっているケンタウロスの数が尋常ではない。
彼らは極稀にしか風呂に入れない事で、ソレに飢えているのだろう。女性も多いし、仕方ないか。
「は、はい。微力ながらやらせて頂きます。役立てるようなら幸いですよ」
「フフ、ケンタウロス達にとって猫人族は大事な恩人になるかもしれませんね」
俺は遠くで行われている会議の、アナスタシアの前に整列しているケンタウロス達が意見を交換して、様々な案を出している様子が見て取れる光景が面白く笑いが漏れてしまった。
改めて、ヒューゴーに頭を軽く下げ手を出した。
「これからよろしくお願いします」と言葉を添えて。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
ヒューゴーはそう言いながら俺の手を握ってきた。手をお互い握りしめて、俺達はケンタウロスの様子を微笑みながら眺めていた。
猫なのに……、肉球がないだと……!!?
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