第40話 幻獣というと

 自業自得により、恐るべし制裁を受けた。吊るされ出した時には気づかなかったが、時刻としては明け方だったようで既に空が白み始めている。

 どれだけの時間を吊るされていたのかはわからないが、この仕打ちを受けた俺は抱きかかえるようにして助けてくれたトレニィアに縋りつく小泣き爺として爆誕していた。


 ちょっとした悪戯心だったのに……。こんな仕打ち酷いよぉ!


「アレは……、ちょっとやりすぎ……。お姉様も怒る……」

 泣いている子供をあやすように、言い含めるトレニィア。子供のように抱き着く俺。


 トレニィアさん、姉ほどじゃないにしろ良い物をお持ちですね。いや、何とは言いませんがね。確かな存在感で、ふかふかです。

「ホリ……、そんな抱き着かれても困る……。もう……」

 顔を赤らめながらも、軽く許してくれる彼女は聖女だと思う。そんな楽しんで拠点に戻ろうとしている最中に多少怒気を含んだ声が二つ飛んできた。

「ホリィ、随分と楽しんでるのねェ?」

「姉上、骨の一本でも折っておきましょう」

 たらりと背筋に汗が流れた。くそ! 朝だからと油断してしまった!

「仕方ないわァ。ちょっと巣に連れて帰ってオシオキねェ」

 それは非常に惹かれる物があるな! 何してくれるんだこいつら! と思ったけど、糞真面目シスコンレリーアがいる中で、そんなオイシイムフフに期待できる訳がない! ほぼ痛い事だ! 逃げるが勝ちだ!


 スッ、と最後にトレニィアの柔らかみを右手で味わい、彼女の初々しい反応を楽しんだところで、一つお礼に頭を下げ、全力で逃亡した。


 アラクネ達は立体的な機動力はあるが、条件として糸を使える空間じゃないと速度は出せない。つまり、何もないこの荒地なら俺の脚が勝つ! レリーアが後ろから追ってきているが、追い付かれたら終わりである!


 朝からどうしてこんなに運動をしなくてはいけないのか……。とりあえず、ほとぼりが冷めるまで身を隠しておこう。

 流石にこの時間じゃ朝の早いリザードマン達だってまだ休んでいる。今から拠点戻っても、ゴブリン達を起こしてしまうかもしれない。いい頃合いの時間になるまで少し散歩をするかな。


 朝はいつも起こしてもらっているからなぁ。ヒンヤリとした空気が心地よい。

 地上を歩いているとちょくちょくトラブルに巻き込まれる為、嘆きの山の階段を登り、山頂を歩いている。景色が素晴らしい。


「ああー、今日もいい天気になりそう。たまには俺も森へ行って何か探してみようかな……。ゴブリンくらいなら多分何とかできそうだけど。まだ血を見るのに慣れてないし、難しいかな」


 出来ればリザードマン達がたまに持ってくる魚の採れる川に行ってみたいんだよな。大きな川なのかな、海が近いといいんだけどな。ここ。


「んー? あれなんだろう……? 前にもあったなこれ。今度こそUFOか!?」

 空の彼方で、白い星が流れていく。こちらに寄ってくるような事はなく、太陽の光に溶け込むように消えてしまった。

「うわ……、見えなくなっちゃった。流れ星かな? それにしては長い事あり続けてたし、もしかして……、ほっ、本物のUFO見ちゃったのか!?」

「ゆーふぉーって何かしらァ?」

「未確認飛行物体だよ! なんか不思議な空飛んでる奴! 宇宙人……が……?」


 後ろから抱き締められる。見覚えのあるパーカーの腕部分。もう、ダメだ。

「うちゅーじィん? 何かしらそれェ」

「い、いや、何か空の向こうで白い星みたいのが飛んでてね? そ、それで、何かなぁって」顔の横に綺麗な横顔が現れる。そしていつものいい香り。


「フフフ、どうしたの? 寒いのかしらァ、震えてるゥ。白い物ねェ、ユニコーンかしらァ? 珍しい物見たかもしれないわねェ」

 ガッシリと抱き締められている為か、全く動けないが首だけ彼女の方を向く。ラヴィーニアが教えてくれたその名前にそれどころではない! 

「ゆ、ユニコーン! いるの!? ホントに!?」

「あらァ、知らないの? たまに出てくるわよォ。あの糞駄馬ァ。色々失礼な奴なのよォ」しかも話をしたことがあるのか!


「凄いな! 羨ましい、伝説の生き物じゃないの? 異世界こっちでは違うのかな」

「こっちィ……? まぁいいわァ。いつも移動してるイメージねェ、だから見つける事自体は難しいわァ」

 常に移動をしているから見つからない、でも別に伝説の生き物って訳ではないのか。

「へぇー、いつか見る事出来るかな? 近くで一度見てみたいなぁ……」

「フフフ、運が良ければ見れるんじゃなァい? ところでホリィ……?」


 体を締める腕の力がキツく……! 力強すぎッ!?

「やっぱり、許してくれない?」

「うーん、どうしようかしらァ?」

 パッと体が自由になる、そしてくるりと体を回転された。ラヴィーニアが指をバキボキ鳴らしてるんですが……、暴力反対!!

「フフフ、歯を食い縛りなさァい? 少ォし痛いわよォ!」

 そう言いながら腕を振りかぶった彼女、俺は反射的に目をぐっと強く瞑る。殴られるのかー、嫌だな痛いの嫌だなー! 怪我が残ったら健康飲料の二重苦じゃないか!


 そうして目を瞑っていたのだが、待てども衝撃がやってこない。流石に少しおかしいと思ったので、ちらりと片眼を開けた瞬間にコツンと額から軽い衝撃と音がする。

「フフフ、これでオシオキ終わりィ。もうあんな事しないでねェ。ハーピーの問題も、私達だって少しは融通するわァ」

 軽くデコピンをされて、そう言い放つラヴィーニア。

 朝陽を浴びて輝くように見える笑顔に少し見惚れてしまい、死を覚悟し、それでも命が助かったと思った次の瞬間には小泣き爺が再誕していた。

「ヒィイイイン! ヒィィィイイン!」

「ちょっとォ、抱きつかないでよォ。濡れるじゃないのォ」

 そう言いながらも抱き締め返してくるこの姉力! ああ、素晴らしい感触が堪りません! 夢のようです! 何がとは言わないが最高です!!


「ホリ、姉上に何してるんだ……? いい加減に骨の五、六本は覚悟してもらっていいぞ? 私は何本目でお前が気絶するか楽しみだ」

「ホリ……、最低……」


「ちゃいますねん」


『人』の『夢』と書いて『儚い』。昔の人って偉大だなぁ、的確だもん。儚い至福の時間だった。最後にもう少しだけ味わっておこう。


 一通りレリーアにジャパニーズ謝罪スタイルのままで怒られ、合流して四人で拠点に歩き始めている。先程、ラヴィーニアが言っていたように少しは融通してくれるようだし、これでアラクネとハーピーの問題も何とかなるかな? 

 根の深い問題はこれからも出てくるだろうな。

「そういえばさ、ラヴィーニアがすぐ来たのもそうだけど、何で皆俺の場所わかったの? 完全に撒いたと思ったのに」

「姉様の糸に……、反応あったから……。この辺りは全部……、テリトリー」

「私とトレニィアの糸は感知などがしやすい。音を聞いたり、何かが掛かったりしたらすぐわかるぞ。この辺には私の糸が仕掛けてある」

「へえー、便利そうだね。ああ、前にルゥシアが言ってた『敵がいた跡』ってもしかして……」

「多分私達の糸だな。ハーピーにとっては見たくもない代物かもしれないな」


 なるほど。

「ってあれ? 二人がそれでわかったのなら、なんでラヴィーニアは一人で先にこれたの? というか、どうして先に一人で来たんだ?」

「私のは匂いよォ。貴方の体にィ、私の糸を巻き付けてある時に匂いをつけておいてねェ、獲物を纏めて捕まえる時によくやるのよォ。先に来たのは……内緒ォ」


 まぁ、良い思いをさせてもらったのだ、お礼を込めて拝んでおこう。

「感知したり、音を聞いたり、糸で色々やれるんだね。便利そうだ」

「私の糸はァ、そういうのは出来ないけどねェ」

「え? そうなの?」

「姉上の糸は強靭だからな。戦闘などには向いているが、感知に使うには強すぎるんだ。私達のドレスも姉上が作ってくれたんだぞ。姉上が感知をしたい時は私達の糸を使っているしな。ですよね? 姉上」

「そうねェ、私の糸は拘束したりィ、防具を作ったりィ、後は刃物みたいに相手の首を切り裂いたりするのに使えるわァ。だから妹達の方が使い勝手いいのよねェ」

 超便利なピアノ線みたいだな。……あれ? それにしては柔らかい感触だよな、服が。いや服も!

「そのドレスってラヴィーニアが作ってたんだね。ねえラヴィーニア、少し試したい事があるんだけどさ。協力してくれない?」

「内容によるわァ。何かしらァ?」

「ハーピーの羽根使った寝具を作ろうと思うんだけど、何に入れるか考えてなくてさ。ラヴィーニアが大き目の袋を作ってくれたら、それに羽毛を入れてみたいんだけど……、どうかな?」

 俺の言葉を聞いて、パーカーの紐を指で弄びながら少し考えている彼女。

「うーん、別にいいけどォ。条件はあるわよォ」

「何だろう? 出来る事なら構わないけど……」

「私の糸だものォ、ホリ以外は使っちゃダメねェ。ギリギリィ、アリヤ達くらいなら構わないけどォ。色々な種族に使われるのは嫌だわァ」

「そういうもんなの?」と聞くと笑顔で「そういうもんよォ」と返された。

 会話をしていく内に拠点の前についた。みんなもう起きているようで、朝食の準備をしているようだ。

「わかった。じゃあ大きさとかは後で話し合おうか。たまには皆で一緒にご飯食べようよ」

「姉様……、私の作る料理食べて欲しい……」

「フフフ、じゃあ頂こうかしらねェ」「トレニィア、楽しみにしてるぞ」

 末っ子のお願いを聞いてあげる姉達、たまにはいいだろう。彼女らも別に食べてはいけない物もないようだし。あれ、蜘蛛ってカフェインがダメだったんだっけ? 確か酔っ払うとかなんとか……。酒でもあまり酔わないみたいだし、その内彼女達にはカフェインを取らせてみよう。面白い事になりそうだ。

「ぐふふ……」おっと、つい顔が。

「ホリ、顔が気持ち悪いぞ。やめろ」「あれはァ、悪巧みを考えている顔ねェ」「不気味……」

 三者からありがたいお言葉を貰った。泣いてはいない、これは男の子の心の汗である。


 数日後には、羽毛が一定量貯まったので洗浄を繰り返し、シーに頼み魔法で色々とやりながら、完全に乾かした後にラヴィーニアとサイズを相談し、実験的に掛布団を作ってみた。これの出来が想像以上によく、試しに一度使ってみた所爆睡してしまうという事態を招いた。

 あまりにも危険な使い心地の良さに、これを手元に置いてしまうのはまずいと思ったので、第一号はラヴィーニアに差し上げた。

 そして、第二号には少し厚みを持たせた掛布団を作成。

 ラヴィーニアに小泣き爺がすり寄り、頼み込んだ結果、この第二号はハーピーのルゥシアに渡す事を許可してもらえた。

 決戦奥義土下寝を出すところだったが、流石に長時間何をされても不動の抱きつきを見せた小泣き爺スタイルに、渋々と彼女も折れてくれた。二つの意味でありがとう、柔らかくて大きくて最高です。何がとは言わないが。



「ルゥシア、これ。アラクネ達とハーピー達が協力して出来た布団だよ。使ってみてくれる? 大事にしてくれると嬉しいんだけど」

「おー? 何これくれるの? どう使うのさ?」

 ルゥシアは両手でそれを持ち上げたり、様々な角度から眺めたりしている。


「横になって、体にかけてみてくれ。使い心地は最高だぞ」

 言われるがまま、彼女は葉で出来た寝床に寝転がり、体にそれを掛けた。

「おお? おお、ホリ! あったかいなこれ! なんか気持ちいいぞ! なんだ……、これは……、……クカァー」

 寝てしまったようで。この布団の力は恐ろしいという事がわかり、隣で見ていたイェルムが不思議そうにルゥシアを眺めている。

「幸せそうね。そんなに使い勝手がいいのかしら? 私も少し興味があるわ。ルゥシアに頼んでその内一緒に使わせてもらおうかしらね」

 フフフ、と笑みを浮かべている。


 これで少しでもお互いに蟠りが減れば、と思っていたが、この出来は想像以上だったな。


 その後、ルゥシア、イェルム、ラヴィーニアはこの布団の虜になったようだ。

 なんせ寝坊が多いという事で、関係者たちに頼まれて何度か注意を行った。寝坊の主犯達は口々に『この布団が良くない』と罪をなすりつけていたが、没収をチラつかせたら命の危機を感じる発言をされたので、程々にしてくれとだけ伝えた。



「そういえばさ、前にユニコーンみたいなのを見たんだけど」

 拠点で夕飯を食べている時に、話のタネに以前見たアレの事を聞いてみる。

「僕タチ三人モ、見タ事アリマスヨ! スグ近クデ水飲ンデマシタ!」とベルが教えてくれる。近くで見たのか、凄いな。

「どんな見た目してるのかな?」

「白イ! 白イ体ト、角生エテマシタ!」今度はアリヤが教えてくれる。


 なんでも、俺が来る前は何度か近くまで来たらしいのだが、俺が来て以降見なくなったのだとか。何それ酷くない? 

「なんか俺嫌われてるのかな……? じゃあ間近で見れそうにないか」

「運ガ良ケレバ見レマスヨ!」と元気づけてくれるアリヤ。シーは先程から何故かずっと俯いている。顔が赤いような、風邪でも引いたのか? 焚き火の炎でそう見えるだけか。



 ユニコーン、そういえば何か色々伝承あったような気がする……。

 何だっけ、全く思い出せないからどうでもいいけど、割と酷いものが幾つかあったような? 実害はなさそうだし、あったら対処すればいいと思うけど。


「伝説の生き物ってこの世界どんなのがいるのかな、そういう話あまり聞いたことなかったけど、みんな何か知ってる?」

 俺のその発言から、ゴブリン達三人の熱が上がり途中から合流したラヴィーニアとトレニィアも混じり、白熱した伝説の生き物議論が始まってしまった。

 山よりも大きな魚や蛇、羽の生えた馬、災厄をもたらす竜などなど……。


「どれが一番強いの?」と俺が素朴な疑問を投げかけた所、議論は更に白熱を極め収集のつかないところまでいってしまった。

 後日、どれが一番強いのかという投票を全住民でやってみたところ……。


 第一位に輝いたのは魔王だった。


 伝説……!?

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