第39話 敵対というか、犬と猿
トレントを植えて幾日か過ぎた早朝に、ポッドの所へ行くと少し怖い光景を見てしまった。植えたばかりのトレント達に、鳥というか鳥人間が何人も乗っており、こちらを凝視している。
この前の少女はあまり気にならなかったが、鳥目というのか? 独特な瞳がこちらを遠くから見ていたりしてるのだ。
ただ中には寝ているように見える子もいて、中々混乱する。とりあえずポッドに話を聞いていこう。
「ポッド……、これは一体どういう事なの?」
「おうホリ、いやな? 早朝にハルピュイアが集まってきたんじゃが、この辺りに止まり木がなくて、若い子達の体で休んでおるんじゃ。かなり無理をしてきたのか、疲弊しておったしな」
そうか、もしかしたら無理をさせてしまったかもしれないのか? 話をしたいが、疲れているのなら俺は少し時間をズラしておこうかな。
「わかった、それじゃあご飯を用意して昼くらいにもう一度来るから、ポッドの方で説明をしてもらっていいかな?」
「了解した。ホリよ、たっぷり用意してやれ。腹を空かせてそうじゃしな」
はいはい、と急ぎスライム君の元へ走り、事情を説明したら彼はポンポンと体を跳ねさせた。いつもありがとうスライムさん、助かります。
俺とスライム君、ペイトン一家で食事を運び、ポッドの元へ到着した。
「あ、ホリー!」
「ルゥシア、元気にしてたか? 無事戻ってこれたみたいでよかったよ。とりあえず、まず飯にしよう。腹減ってるだろ?」
うん! と興奮するように翼を振っている。
やはり人間がいるからか、警戒はされている。ただ襲ってこないところを見ると、ポッドかルゥシアが説明してくれているのだろう。助かった。
「それじゃあ、これから配っていくから皆ちょっと待っててくれ。たっぷり用意してもらったから、じゃんじゃん食ってくれよなー」
「おぉー!」とルゥシアは元気に答えた。他の者は警戒心を剥き出しにしているが、襲い掛かって来ないだけでも本当にありがたい。彼女達は二十名程だろうか? 一人一人に好きなように食べてもらっている。
流石スライム君だなと思わせたのは、基本全て手で掴める物で出来ている。そばがきを焼いた物、パン、スープは仕方ないにしても、ミンチにした肉を丸めて揚げてある物まで! いつ用意してんの? ホント。
スライム君の料理は今日も大好評だが、俺は少し寂しい物を感じていた。
その理由として今回は俺も一品用意したのだが、手の事情を考えてなかった。俺の作成した料理の前はまさに閑古鳥が鳴いている。
くう、久々に作った鳥受けしそうなローストビーフ風お肉料理が! こっちの世界の素材を使ってるけど、味は良い! 肉も新鮮な物を使っているから大丈夫なんだけど、食べる相手の事を考えていなかった。
「ホリ? なんだこれ肉か?」てくてくとルゥシアが来た。
「あぁ、ルゥシア。俺が作ったローストビーフっていう料理だよ。ごめん、ルゥシア達の手じゃ食い難いかもしれないから、これはなかったことに……」
ルゥシアは首を傾げて肉を眺めている。
「? 普通に食えるぞ、こうすれば」
爪で肉を刺し、そのまま口に運び咀嚼する彼女。
咀嚼に合わせ、プルプルし始めた。ちょっとピリッとする油やアルコールを飛ばしたワインを使っているが、ダメだったか? 味見で一切れ食べた時は問題なかったんだが……。
「る、ルゥシア? 大丈夫か?」
「ウマーイ! これ好き! ホリ、もっとくれ!」
彼女の笑顔に救われる、ああよかったと思わせてくれるいい笑顔。
「良かった……。たっぷりあるから、全部食っちまってもいいぞ!」
「ワーイ! ウーン、ウマーイ!」
「あらあら、そんなに美味しいなら、私も一口頂けますか?」
後ろからそう声をかけられ、振りむくと黒い、全身の羽根と毛がまさに烏羽色という色を体現した者がいた。艶やかな毛並みを誇るその美人さんは、笑顔を絶やさずルゥシアに近づいてきた。
「あなたは……?」
近くで見ても真っ黒だ、そして人肌の部分は少し焼けているようにも見える。軽装なのもあって、年齢はわからない。ルゥシアに顔立ちが似ているから姉とかだろうか?
「あ、かあさま! 戻ってきてたんだね!」
「フフフ、美味しそうねルゥ? 私にも一口貰える?」
おっとりとした口調で、ルゥシアに語り掛ける女性。
うん! と元気良く言いながら、爪で肉を食べさせるルゥシア。大きく口を開けて食べる美人さんについ目を奪われてしまった。ってかあさま!? これで経産婦だとぉ!? 小柄なのもあるが、こんなデカい子供いるって幾つなんだよ!
「あら、本当にこれ美味しいわ。私の分も頂けるかしら? えっと、ホリさん……だったわよね? ポッドさんに聞いたわ」
「あ、はい。すいません気が利かなくて。……どうぞ」
ありがとう、と俺から皿を受け取り、ルゥシアと笑顔で食べていくかあさま。これで経産婦……? 詐欺だろ絶対。
その時、後ろから服を引っ張られた。
「ん?」とそちらを向くと、小柄な彼女達の中でも頭一つ小さい子が俺の傍にいる。
「私も、それ、欲しい」とシンプルな要求を言ってきたので、どうぞ。と渡す。
「口に合わなかったら、無理せず戻してね」と言うと、頷いて離れていった。
少し離れた所でその子が肉を摘まんで食べたのが見え、ドキドキしながら眺めているとじたばたと手足を動かしている。辛かったかな? つい心配になって水を持って行こうと水筒に手を伸ばしたら……。
「大丈夫ですよ」とルゥシアの隣から笑顔で声をかけてくれる経産婦。
その子を再度見たら、もう二枚目の肉を頬張ろうとしている、気に入ってくれたようだ。よかった……。
そこからは忙しかった。何せその三者が食べ終わり、この肉がうまいというのがわかると他の奴らからも次々と要求され、たっぷり用意してあった俺達の料理を完食するまでそこまで時間はかからなかった。
人間の用意した物なぞ食えるか! という心理があったのだろうか? あの三人には感謝をしておこう。
落ち着いて話が出来そうかな? 代表者は……誰になるんだろう?
「ポッド、彼女達の代表って誰になるのかな? 話をしたいんだけど。食後だし、丁度いいと思うんだ」
「おお? 全身黒い奴がおるじゃろ。そいつじゃ。割と長生きしておるハルピュイアじゃからな。見た目に騙されると痛い目見るぞ」
「あらあら、ポッドさん? 人がいないと思っていると痛い目に遭いますよ」
うぐ、というポッドの呻き声。笑みを零すように微笑んでいる女性は年齢不詳だが、見た目だけで言えば俺より全然若い。健康的な肌に艶のある黒い羽根が特徴的な人だが、少し厄介な感じもする。
「あぁっと、自己紹介がまだでしたね。ホリと言います。よろしく」
そう言いながら右手を差し出す。彼女は少し考え、口を開いた。
「フフ、存じてますよ。私はイェルム、本名が長いのでイェルムでいいですわ。ルゥシアの足に目印を付けたのは貴方でしょう? あれのおかげであの子が忘れずにいたのよ。うまいやり方をしたものね」
ゆっくりと、そう言いながら彼女は俺の右手を握りしめた。なるほど、ポッドの言う通りこの人は長生きしてるんだろうな。その手で握手する文化なんてないだろうに、即座にこちらの意図を理解するなんて。しかも、爪で引っ掻いてしまわないように、だ。
「いえ、苦肉の策でしたけどね。後で外しておきますから、ルゥシアさんをお借りしますね」
「あら? あの子はアレを気に入ってるようでしたから、もしかしたらあのままでいいと言うかもしれません。そう言ったらあの子の好きにさせてあげられませんか?」
意外だ。人間の物をうちの可愛い娘につけんな! とか言われると思ってた。
「貴方達の種族は、というより貴方は私を嫌悪しないんですね。他の種族は最初は敵対心を出してきてましたが」
「ええ、私達は人間と少し縁のような物がありますからね」
横からポッドが口を挟んできた。
「ホリ、こいつらはな? 人間を、人間のオスを
少しからかうようにポッドが言い放った。
こんな美女に……! 攫われて番……!? 是非お願いします!
「ポッドさん、お静かにね? じゃないと貴方の体で爪を砥いでしまいますよ?」
フフフと小さく笑っているイェルム。
「おうおう、かなり前にされたのを忘れとらんぞ? ありゃ痛かったからのう。黙るとしよう」
フォッフォと大きく笑ったポッド。
二人は旧知の仲なんだな、深く聞こうとしたら長くなりそう。
それから少し話をしていき、彼女たちには少し高い位置にある洞窟に木材で巣を作って貰う事となった。
そこは以前に魔王が目をつけていた高い場所。あそこにブーツのおかげで難なくいけるようになった為、鞄のおかげもあり、拡張もできるようになった。二十数名という人数なら十分な広さはあると思う。
彼女達も狩猟の手伝いをしてくれるようだし、周囲の警戒もやってくれるみたいだ。ポッドと一度別れて、彼女を連れ洞窟を案内したところ、少し広すぎるから巣作りのし甲斐があると息巻いている。
「あ、そうだ。イェルムさん少しお願いが……」
「はい? 何でしょうか?」
くりっとした大きな赤い目に見つめられる。彼女達に少しお願いして、試してみたい事があったのだ。
「この袋に、抜けた羽根や羽毛を入れておいてもらう事って可能ですか? 少し試してみたい事があるんです」
「ええ、丁度換羽の時期……、羽根が変わる時期ですからそれは構いませんが。どうされるんですか?」
試してみたいのは羽毛布団だ。
寝具の類はあまりないからな、この拠点。需要はあるだろう。
「それらを使って寝具などを作ると、保温性の高い物ができるんです。寒くなったら使いたいなと思いまして。今いる仲間にも渡していきたいですし、これから仲間になる種族にもしかしたら寒がりの種族もいるかもしれないですから、備えておければいいかなって」
「あら、それなら羽軸のある物は折っておいた方がいいかしら? 結構硬いんですよ? これ」彼女がそう言いながら、こちらに腕を伸ばし、片翼を見せてくる。体は小柄だけど、やっぱり翼が大きいな。
失礼します、と断り大きな羽根の軸を触ると、確かに硬い。それに鋭いような? これが入ってたら袋がズタズタになってしまうな。
「そうですね、これだと少し使う時困るんで、無い方がありがたいです。お願いしてもいいですかね?」
彼女は一つ頷いた。
「ええ、こちらは貴方に恩義のある身、それに報いれるのなら受けましょう。大丈夫、私や他の子にもチェックさせて使いやすいようにしておきますよ」
「わざわざそこまで……。ありがとうございます」と頭を下げ、お礼を言っておいた。取れる羽毛の量にもよるが、これで寒い時期が来ても何とかなるかもしれない。
彼女は微笑みこちらに言葉を返してくる。笑顔を見てもそんなに年齢を感じさせない経産婦。何歳なんだ……?
「いいんですよ、もう少ししたらほぼ全身の羽根が生え変わりますから、量が大変なんです。毎度燃やしてしまったりして処分している物ですから、お役に立てれば幸いです」
先程見た限りだと、羽毛の生え方も様々で全身生えていたり、一部だけの子がいたりと個人差がある事はわかった。ルゥシアや目の前のイェルムは翼や腰の側面、足の膝あたりに羽毛があるくらいだが……。あまりジロジロ見るのは失礼か。
あまり長居するのも良くないだろう。先程からちょくちょく入り口の方から鳥の眼が覗き込んでいるのが見える。楽しみにしてるのか、不安だからなのかはわからないが、彼女達の新居である。早く中に入ってみたいのかもしれない。
「あまり長居するのもアレですし、そろそろ失礼しますね。改めて、これからよろしくお願いします」
俺がそう言うと、彼女は目の前で跪くような感じでゆっくりと応えた。
「ええ、ホリさん。我らハーピー一同これから末永く、よろしくお願いしますね」
これが経産婦。異世界ファンタジー。
そこから何本かのトレントが少し葉狩されていたり、ポッドの葉がかなりサッパリとしており、早速ハーピー達の技が光っている。
「ん? どうしたんだアレ」
一本のトレントが凄く、こう、なんていうかファンキーな感じにされてる。他のトレントが綺麗に揃えられている中で異彩を放っているというか。
それはまるで、七三分けのサラリーマン達の中で一人だけモヒカントゲ付き肩パッドが佇んでいる感じ。そういえば、あの子は前に濃い目の薬草汁で元気の有り余っていた子じゃないか。
「ポッド、あの子どうしたの? なんか葉の形が独特すぎじゃない?」
「おお、ホリか。いやあれはな……。お前に襲い掛かってきたハルピュイアがおったろ。名は確かルゥシアとか言ったか? あれが葉を整えたのじゃがな」
どうやら、彼女達の中でもルゥシアは過激派だったようだ。
「芸術は爆発なんだ!」と言い放ち、大きくなりすぎてしまったあの若木のトレントを彼女の思うままに刈らせてしまったらしい。
トレントの方も嫌がってる感じではなく、むしろあの状態を楽しんでいるからいいらしいが……。ルゥシア恐るべし。
そんな会話をしている時に、ゼルシュが血相を変えて走ってきた。
「ホリ! ここにいたか! ちょっと問題が起きている来てくれ!」
「ゼルシュ、どうしたの? そんなに慌てて。ポッド、ちょっと行ってくるね」
ほいほいと返事を聞きながら、ゼルシュに連れられ問題の現場に走る。
到着したそこには……。
「お前ら! 何でここにいるんだ! またルゥシアの仲間に手を出すなら許さないぞ!」と中空で翼をばたつかせ、威嚇をするようにしてるルゥシアと。
「貴様らハーピー如きが生意気な! 息の根を止めて、その耳障りな羽音を消してくれるわ!」と前の脚を上げ、威嚇のポーズ? をしているレリーア。
両者共、既にかなり興奮しているように見えるが……、戦闘になっても困る。早めに止めておいて損はないな。怪我でもしたら大変だ。
「二人共、どうしたの? 何かあった?」
「ホリ! どういう事だ!? 何故ここに鳥共がいる!」
「ホリ! なんでこいつらがここにいるのさー!?」
レリーアとルゥシアが同時に声を出してくる。二人を宥めつつ、事情を聴いてみた。それによると、アラクネとハーピーは種族の特徴として巣や根城にする場所が似ていて、敵対する事が多かったのだとか。
アラクネが張った罠の蜘蛛の巣にハーピーが引っ掛かってしまったり、アラクネの巣に使っていた木材をハーピーが持って行ってしまったりとお互いに長い軋轢の歴史があるようで。
更には、アラクネの種族によってはハーピーを捕らえて食う者達もいれば、ハーピーの中にもアラクネを襲って捕食する者達がいるらしい。
レリーア達もルゥシア達もそれはしないが、彼女達の仲間がその被害に遭っているらしく他人事ではない。ある意味では当然の流れで今揉めているという状態。
話を聞いていく内に売り言葉に買い言葉で、また喧嘩を始める二人。
うーん、どうしよう? 下手に抑えつけるようにすると、根深い問題だけに後からもっと大きく揉めるかもしれない。
「レリーア、ラヴィーニア呼んできて貰える? ルゥシアはイェルムを。少し話があるから急ぎでお願い」
二人はギャースカ文句を言っているが、あの二人を交えて話をした方がいいだろう。それぞれの種族の代表としても、話を付けておいた方がいいと思うし。
程なくして、アラクネ三姉妹とハーピーの大多数が集まった。お互い険悪なんですが……。胃が痛くなってきた。
「ホリィ? どういう事かしらァ? 何でここにこいつらがいるのォ?」
パーカーのポケットに手を突っ込み明らかにいつもより不機嫌なラヴィーニアと。
「ホリさん、これは何事かしら? 蜘蛛がいるみたいですが退治してもいいかしら」
表面には出さないが、少し威圧感のある笑顔を浮かべてゆったりとした口調で不穏な発言をするイェルム。
両者が出揃ったので、話し合いを始めよう。更にはこの騒ぎを聞きつけた他の種族も集まってきている。
「いや話はレリーアとルゥシアから聞いたんだけど、喧嘩されても困るからさ。いっその事後腐れのないよう、勝負をしてもらおうと思って」
二人が声を揃えるように「勝負?」と言うのが少し面白かった。
お酒を飲むときに使うかなり大きめのカップを六つ用意した。
「ああ、俺がこれから出す飲み物を、先に飲み切った方が勝ち。吐き出したり、飲みきれなかったら負け。勝った方が負けた方に命令できる。どうだ? シンプルだろ? そして、もし両者が敗北したら俺に従ってもらう。まさか逃げるなんて言わないよな? 両者とも」
彼女達にわかりやすく挑発を込めてそう言い放つと、カチンと来たのか、どうやら受けるようだ。
しめしめ。
しかし、俺が何を出すのかいち早く察した者がいる。アラクネ三姉妹の末っ子トレニィアだ。彼女は全力で二人の姉を止めている。
「姉様……、これはホリの罠……。ダメ……、やっちゃ……ダメ……!」
「トレニィア! ハーピー如きに臆する事もあるまい! なーに、酒でもなんでも何杯でも飲んでやるわ!」
「トレニィア? どうしたのォ? たかだか早飲み勝負でしょォ?」
対して、ハーピー達はというと……。
「かあさま! 代表は私とかあさまと、あと誰にする!?」
「そうねえ……、エンツォ。お願いしてもいい?」
「わかりました! お任せを!」
全身の羽根が明るい緑のロングヘアーな女性が三人目の代表になったらしい。お可哀想に……。
さて、トレニィアに交渉を持ちかけよう。
「トレニィア、参加を辞退するのなら認めよう。ただし、それ以上『何か』を言うようなら強制的に参加させる。どうする?」
今、彼女は揺れているだろう。
種族の面子をかけて、勝負を受けるか。姉達を売り、戦略的撤退をするか。
「ホリ、ひどいッ……! ……ウウッ! うぅ……ッ!」
彼女は頭を抱えて、身悶えるようにしている。
そして、力なくだらりと手を下ろすと小さく「辞退します……!」と呟いた。
よろしい。賢い子だ。
「よし、ルゥシア。数合わせでお前も見届け人としてここに来てくれ」
「えー!? なんでだよー! 私もやるよー!」
「死にたい奴には……、やらせればいいのに……!」
トレニィアは少し荒んでいる。姉達を裏切ってしまった自分を責めているのだろう。
「じゃあルゥシア、この勝負が終わったら一杯ご馳走してやるから。それじゃあ代表者の四人は前に出てくれ」
そういうと、二人のアラクネと二人のハーピーが前に出てきた。両者共、絶対に勝ってやろうという気概が見て取れる。
俺は自分の鞄の中に入っていた水筒と、拠点にあった水筒の中身を全てカップに注ぎ両陣営の前に並べていく。
ギャラリーとして並んでいるケンタウロス達。中には震えている奴もいるのに、彼女達の目にはそれが映らないみたいだ。
「じゃあ、お互い準備はいいかな?」と大きな声で聴くと。
「ええェ、いいわよォ」「姉上、私にお任せください! 一番に飲み干してみせますよ!」と気合を見せるアラクネサイドと。
「エンツォ、勝つわよ」「イェルム様、私頑張りますね! 見ててください!」とやる気のハーピーサイド。
四人は力強くカップを握り、中を確かめる事なく開始の言葉を待っている。
あまり長い事待たせてカップの中の劇物に気付かれても面白くないな。早くやってしまおう。
――俺は彼女達の前で手を高く掲げ。
「それでは、勝負開始!」その言葉と共に一気に振り下ろした――
勝負は一瞬だった。
カップに口をつけ、傾けた奴から即座に倒れ込んでいったのだ。
死屍累々のそこには争いからは何も生み出さないという教えが残されている。
「喧嘩両成敗って奴かな? じゃあ勝利者は俺っていう事で。ハーピー達もアラクネもそれでいいね?」
俺がそう言うと、争いの火種を起こしていた全員から無言で何度も首肯しているのが見える。うんうん、平和が一番。
「ルゥシア、それじゃあカップの中身が少し残ってるからご馳走しようか?」
「いい、いい!! いらない! ごめんなさい! もう喧嘩しないよー!」
自身の母親が白目を向き、口から緑の液体を垂れ流している様を見て、何か恐怖を感じたのだろう。レリーアも泣きながらうわ言のように何かを呟いているのが見える。ラヴィーニアはうつ伏せのように倒れてしまっているが、健康飲料の事知らなかったっけ?
ありがとうペトラと健康飲料、ここには何故かペトラがいないけど。
「ホリ……、ここまでやると……。姉様達は許さないと……思う……」
「かあさまとエンツォも……、怒るんじゃないかなー?」
聞かないようにしていたが耳に入ってきた不穏な言葉。
――彼女達の予感は当たっていて、皆が寝静まっている夜更けに大変な事件が起きた。
「うぅん、寒ッ……、っていうか何か風強いような。……ヒィイイイイイ!」
俺は山の断崖に糸で体を縛られ逆さに吊るされていた! 目の前には月明かりでぼんやりと逆さに見える地上! 高い高い!!
「何じゃこりゃ! どういう事!? 怖い怖い怖い!」
俺の悲鳴に応えるように、一つの艶のある声が聞こえてきた。
「お目覚めェ? ホリィ?」こ、この声は……。
「ラヴィーニアか!? これはどういう事! ていうかこれは何!」
「私もいるぞ、ホリ!」こっちはレリーアか。
「フフフ、私達もいますよ」と目の前にイェルムとエンツォと呼ばれたハーピー達が飛んで現れた。
「素敵な飲み物をくれたホリにィ、少しお礼をしようと思ってねェ」
「い、いやその……。争いを無くそうと必死だったんですよ?」
本当だぞ! たまには他の奴も健康飲料の被害に遭ってみろとか少ししか思ってなかったんだ! その中で、目の前の漆黒の美人が笑顔を崩さず、だが確かな殺意を持って俺に語り掛けてくる。
「フフフ、ああいうやり方、私は好きじゃないです。素晴らしい体験をさせてもらったお礼に、ホリさんにも素晴らしい体験をしてもらおうと思いましてね」
「あ、その、あのですね……?」
「そうだな、争いを無くすために頭を冷やすとするよ。だからホリも一緒に頭を冷やそうな? そこで。私と姉上はもう帰るがな」
「私とエンツォも、もう帰りますね。言われた通り頭を冷やす事とします」
ウフフ、と言いながら空の彼方へ行ってしまったハーピー達。カチカチッと規則正しい足音も遠ざかってしまう。
「まって! 謝るから! もうしません! 許してー!」
それから哀れに思ったトレニィアが助けてくれるまでの時間。
大の大人のマジ泣きが止まらなかった。
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