第16話 草職人。
ポッドが来た次の日の朝、みんなで食事を摂っている時に昨晩彼が来た事を伝え、一度纏まって挨拶に行こうという話をしていた。ペトラはトレントの、それも昔話に出てくる
俺は熱く語るペトラの言葉をポッドが嫌がらせに叩きつけてきた
「アアァーーーーー!!?」
「え、なに? ど、どうしたの?」
瞬時に俺の目の前、というか俺が持っている果実を指差しながら近寄ってきた彼女、どうしよう怖い。
「ま、まさかそれは……、ぽ、ポッド様のトレントの実!? 森の宝石をなんで持ってるんですか!!」
「え、なんかぶつけられたから……。え、貴重なのこれ? 食べる?」
俺は興奮の度合いが振り切れてしまった彼女の目の前にそれを出して歯形がついていない面を見せるようにそう問いかけると、既に俺の言葉が耳に入っていないかのようにじっと果実を見つめ続けているペトラ。その彼女の横から、ペイトンが「そういえば……」と顎に手をやり何かを思い出すかのように話を始めた。
「子供に人気の昔話の話の中で、主人公が傷つき倒れた所をポッド様から木の実を貰い傷を癒すというのがありましたな。ポッド様の実というのは魔族の中でも憧れている者も多いかもしれないですね」
「へー、貴重なもんだったのか……」
「そうです!」
フンッと息巻いて説明をし続けてくれるペトラ、興奮してるのか近い。鼻息が直に当たってるんだけど。昔話のあらすじも加えて、その実の事に一通り説明してもらい貴重な品だったというのはわかった。
栄養価も高いようだし、貰えそうならあった方がいいな。あとで聞いてみようか? と俺が出した提案に、まだわかっていないのかお前はと言いたげに彼女は興奮そのままに大きく首を横に振った。
「とんでもない!! そんな貴重な品を日常的に食べるなんて恐れ多いですよ!!」
「じゃあ食べない? 食べかけだけど……」
彼女の目の前に木の実を差し出してみる。少し小さいが鮮やかな青いリンゴのような形をしているそれは、反対側に俺の歯形がついているが殆ど原型のままだ。
ペトラはそれを凝視し、興奮そのままに「食べますよ!!!」と噛り付いた。頬を手で押さえ、味を噛みしめているのか彼女は感動し「おいしい……! おいしい……!」と小さく呟きながら満面の笑顔を浮かべて幸せそうだ。
そんな悶着もあったが、スライム君以外の全員で挨拶にきた。明るい時間に見る彼はやはり、この木なんの木と問いかけたくなる程雄大な物だった。
「ポッド、みんな連れて挨拶にきたぞ」
「ホリか、朝から随分騒がしくしておったの」
ああ、まあね。とチラリと騒ぎの
それから各々の自己紹介を経て、ポッドに聞きたいことを早速と
「この辺りの土はどうだろうか? 色々とやってみてはいるんだけど」
「そうじゃな、土自体の養分は十分じゃが……魔素分が大量にあり過ぎて草が芽吹けておらん。まずはそれを補える植物がいるの」
新ワードが出てきた。なんじゃ魔素分。霊魂使って土の中移動させりゃいいのか。
「魔素分っていうのは、どういうものなんだ?」
「空気中や、地中、水中。あらゆるところにある魔力みたいなもんじゃ。普通は過度に濃くなったり枯渇したりするようなもんじゃないが、戦争の影響かここはかなり濃いな。それが原因で種から芽が出んのよ」
魔素分と呼ばれるソレが原因で草木が芽吹かない。普通だと循環していく事でバランスを取っていた物が今は循環させていないから植物が育たない、植物が育たないから循環しない、循環しないから植物の芽が出ずに育たない……という事かな?
「どうすればいいんだ? たすけてポドえもん!」
「なんじゃそれは……。うーん……、この中で一番草木に詳しい奴は誰じゃ」
俺の声に悩むように葉を揺らして少し唸った彼が何かを思いついたようにそう問いかけてきたので、俺達全員が一人を、ポッドの登場で鼻息を荒くしてる彼女を見つめる。その彼女も自覚があったのか、ピシッと音が出そうな程に綺麗な直線を描くように手を上に挙げた。いや、緊張しすぎでしょ。
「わ、私です! 私が多分一番詳しいかと思います!」
「ほう、確かペトラといったな。お前さん、この実をつける草を見た事があるかの?」
ポッドの根が彼女の目の前に種を持ってくる。茶色の小さな実だ。……ん? あれ? あの実、どこかで見た事あるような? よくお世話になったような気がする……。
「は、はい! この前森にいった時にもいくつか見つけました!」
「それは
厳しい環境、強く……? それにあの見た目、知っている物に色々と類似点があるけど、まだ浮かれてはいけない。実は猛毒ですとかこの世界ならあり得る。
「なぁこれってさ、もしかして食える? 寒い環境とかでもかなりしぶとい植物じゃない?」
「食えるかどうかはワシは知らん。あんまり食う種族がいるとは聞いたことないが、動物がこの実を食っとるのを見た事はあるぞい」
動物が食べているのなら毒はない、一先ずはセーフだな。それでもこれを食べている種族がいないというのなら、少し期待外れだったかな? と考えていると、ペイトンがペトラの手の中にある実を覗き込んでいる。
「オークの中でもこれを食べるというのは聞いたことありません。ただ寒い環境でもよく育ち、実を成すのでこれを食べにきた動物を狩猟するというのは聞いたことがあります。ね、父さん」
「そうだな。確かにこれが成るところに罠を仕掛けるのはよくしていたが……。ホリ様何かございましたか?」
ペトラが俺の質問とポッドの解答にそう補足をしてくれて、俺は更に確信に近い物を感じていた。寒い環境でも実を成す。そして動物が食う……? いやいやまてまて、
「うん、ちょっとね。ペトラ、その実って結構数あったりしたかな? 現地に少し残す形で、できればできる限りほしいんだけど」
すると次に出した質問にはペトラだけではなくアリヤ達ゴブリンチームが跳ねるように元気に教えてくれた。
「コレナラ、イッパイ生エテル!」
「ウン! イッパイアッタヨネ!」
「アリヤさん達が言うように、かなりの数ある筈です。それに、割とすぐに実を成すので実が無くなっているっていうことはあまり見た事ありませんね……。先程も言いましたが、冬にはこれを目当てに様々な動物がやってきていたようですし」
もしこれを試すとなれば、その試みがもし失敗しても大量に数がいるのはわかっているのだし、それだけ沢山の量が見込めるのなら色々と期待できそうだな。ポッドがこの実について補足してくれる。
「その実を成す草は空気中と地中の魔素分を吸収し、他にも花を咲かせたり、実にすることで循環させる。土の養分をあまり使うこともないからな、他の植物がすぐ横に生えてきても関係なく群生するぞ。タフな奴じゃ」
「これが群生し続けてるところでその後に何か問題起きたりしなかった?植物に病気が広がったりとか害虫が大量に出たりとかさ」
ポッドはまた唸り、先程よりも時間を使うように目を瞑って思い出そうとしているが、お爺ちゃんだからか? 長い。
「いや、ワシの知ってる範囲でそういう事はなかったと思うぞ。土にも周りの草にも影響するような事はほぼなかった筈じゃ」
とりあえずは大丈夫そうだな。もし日本のアレと似たようなものなら他の作物までの繋ぎには最高かもしれないぞこれ。少しテンションが上がってきた!
「アリヤ、ベル、ペイトン、ペトラの四人は出来る限りのバッグとかを持って可能な限りこの実の回収を任せていいか? それと実は最低限残す形で頼む」
「「「「ハイッ!」」」」
俺が少し浮かれて出したお願いを彼等は全員力強く頷いて応えてくれた。どことなく全員楽しそうにしている。俺は続いてそれ以外の二人に視線を移すと、首を傾げてこちらと視線を交わす二名。
「シー、パメラ、少し作りたいものがあるんだ、協力してくれ」
「わかりました」
シーも力強く頷いてくれた。よし、時間が惜しいから早速行動開始と行こう。
「よし、それじゃあ探索班は怪我のないように。おいポッド、実の事について少し聞きたい。あと土を改良できるなら手伝ってくれ」
「ホイホイ、爺を大切に扱え」
焦る心を落ち着かせながら拠点に戻り、洞穴の中でぷるぷるしていたスライム君に頼み事をしておく。
「こういう具合なんだけど、頼めるかな? 少し食材を無駄にしちゃうかもしれないんだけど」
スライム君はポンと一つ跳ねている、どうやら了承してくれたようだ。お礼を言って俺は手頃なサイズの鉱石の塊を洞穴の中から表へ出して準備を進める。
「よし、さてとシー、パメラ早速取り掛かろう」
「あの、ホリ様……、いったい何を作りたいのでしょう?」
「石臼! というか鉱石を使った臼だね。少しさっきの実で試してみたいことがあるんだ! 作り方は知らないけど、二人はどうかな?」
首を傾げていたり、難しい顔を浮かべているシーやパメラ。どうやら二人とも見た事はあるが作り方を知らないようだ。まぁ無くても最悪すり鉢でゴリゴリやるつもりだからそれでいいんだけど……。
素人のにわか知識と素人三人のああでもこうでもない議論の末、それらしいものはできたのだが代案としてのすり鉢とすりこぎ、あと忘れてはならないとふるいも作っておいた。腕輪の道具を試行錯誤して作ってみたが、中々悪くないと思う。
試しにすり鉢とすりこぎで使う用途のない魔石をいくつか砕いてみたが、問題はなさそうだ。
まだ探索組は戻ってきてないしポッドのところにいって土の事について聞こう。できることがあればやっておいて損はないだろう。
「じゃあ、俺はポッドのところに戻るよ。二人はどうする?」
「私はこのまま、スライムさんと食事の準備に入ります。シー様は……、ホリ様を手伝うようですね」
シーに目を向けると、やる気満々のようで深く頷いて応えてくれた。
「よし、じゃあシーいくか」
ポッドのもとへ戻ると、少しポッドの本体やその根が揺れている。
見れば、あちこちの地面が根と同じように揺れポコポコと地中から石が自ら顔を出してきている。え、この木有能……!? 伊達に賢者って呼ばれてないってことだろうか……。
やばい、新しく仲間ができてもぶっちぎりで使えない俺どうすればいいんだ! という思いで胸が張り裂けそうになっている中で、その現象を起こしているであろう存在が俺に気付いたように声を出してきた。
「おう、きたか。少し土弄っておいたからの。そこらのちっこい石達をどかしといてくれい……ん? どうした、なんかあったか?」
くそ、負けない! こんな老木に負けてられるか!
「い、いやなんでもない。石退かせばいいのか。シー、探索班が戻ってくるまでに終わらせるぞ!」
気合を入れ直して早速地べたの表面にある石を拾い、一箇所に纏めていく俺とシー。そういえば、畑って一番最初作る時に砂利とか木の根とか雑草の根とかふるいにかけるんだっけ……? あまり知識として持ってないけど、ペイトンやポッドに任せよう。
「この辺りに草木が芽吹けば、少しは生き物が戻ってくるかな?」
小さな石ばかりではなく、大きな石もあちこちに転がっている。これも使い道がないかな……? 流石に石ころだし、どうしようもないか。石材として使える訳もないし。
「うむ、それどころかもしかしたら草食の魔族がひょっこり来るかもしれんぞ。あの森辺りにもチラホラといたしの。見た所お主らはまだまだ少数、手の数は必要じゃしの」
「え、あの辺り他の魔族いるの? ならむしろこっちから接触しにいってみるかな……?」
アリヤ達やペイトン達も、もしかしたら仲間と再会できるのかもしれないのだし。もしこういった時にも人手があれば楽になるだろうし……。
「やめといた方がええぞ。戦いや逃げる事に疲れてるもんは獰猛じゃ。追い込まれておる者の前にひょっこりと現れた人間がどうなるかなんて想像に難くないじゃろう」
ポッドは俺の考えを見透かすように大きく体を揺らしている。それもそうか……、今では気さくなペイトンですら最初は俺の言葉に耳を貸さずに槍で突いてきたもんな。
「それもそうだな、あくまで相手に委ねる形になるのは仕方ないか……」
「うむ、中には人族を嫌悪して虐殺を企てるもんもおる。注意せい」
「わかった。気をつけるよ」
少し残念だな、と思いつつポッドの注文を聞きながら続けた石の撤去作業もある程度は完了し、俺とシーはポッドの根元に腰掛けて少し休憩をしていた。
木陰で直射日光が遮られ、木漏れ日の溢れる木の下に腰を下ろし流れ出た汗が引くのを待っているとシーがコップに水を注いでこちらに渡してきてくれた。相変わらず気配り上手なことで……。
「シーありがとう、でもちゃんと休んでね」
彼は頷き、自分の分の水を作り出すと隣に腰掛けた。水も冷やしていた訳ではないのに飲み込むと冷たさが体の中心を通り抜けるのがわかる。うまい。
「おいホリ、ワシにもその水よこせ」
「はいはい。おじいちゃんさっき飲んだでしょ」
「おい!」
穏やかな陽気のいい日だな。昨日ゴブリンを殺して少し鬱屈としていたのが嘘のように晴れやかにさせてくれる陽気だ。ちらと隣のシーを見やれば、彼はポッドの根に水をあげている。こうして見ていても昨日のゴブリンとはやっぱり違うな。
少し付き合いがあるからというのがあるかもしれないが、それでも昨日のゴブリンとは何があってもこういう風に共存できるとは思えないしなー。
覚悟、ちゃんとしないとな。これから多分もっと酷いものを味わうだろう。
大きく息を吐いて少しポッドに寄りかかっていたら、瞼が重くなってきた。体を撫でる風が優しく心地良い。寝不足かな……? 眠い……。
「ホリ、おいホリ、そろそろ起きろ」
ポッドの声がする。いかん、寝てたか。体を起こして周りを見てみたがそれほど時間は経っていないようだが、どれだけ寝ていたんだろう。
「おぉ、ポッドごめん体借りてたよ」
「ファッファ。まぁええわい、できる大人は子供に背を貸してやるもんじゃし」
こいつが幾つなのかは知らないが、木の年齢からしたら俺なんて赤子のようなものだろう。こいつに寄りかかって寝てしまっていたのか。
「おかげでいい寝心地だったよ、どれくらい寝てた?」
「そんなに時間は経っておらんよ、そこのゴブリンもお主の護衛をしてたが少し休んで居るしな」
俺の太腿を枕に、シーが寝ている。静かに寝息を立てている彼の顔をつんつんとしてみたが熟睡しているようで起きる様子はない。
「森へ行っとる連中もそろそろ戻ってくるぞ。準備しとけ」
「ああ、ありがとう。シー、シー起きてー?」
軽くシーの体を揺らし彼を起こす。自分もそうだからわかるが、気づいたら寝ていたであろう彼も慌てて起きる。普段あまり見せない表情、恥ずかしさからだろうか? 少し照れている。
二人で改めて休ませてくれたポッドにお礼をし、探索組を待つ。それほど時間もかからず、探索組が遠くから手を振っているのが見えた。全員無事なようだ。
「おかえりみんな、無事で何よりだよ。どうだった?」
成果を早く見せたいのかみんな少し急ぐように鞄を下ろして、そのまま勢いよく開き「ジャーン!」とアリヤが言いながらその成果を見せてくる。それに合わせるように他のみんなもぎっしりと詰められた実を自慢げに披露してきた。
「おぉ……! すごい量だねこれ! 思った以上に採れてるけど、こんなに採ってきちゃって大丈夫なのこれ?」
「ええ、これでもかなり採ったんですがまだまだ残っていますよ。同じ量ならあと三回か四回は十分見込めるくらいにはありますね」
満足気なペイトンが報告してくる。彼の持っていた背嚢にもこれでもかとパンパンに成果が詰め込まれていた。
「みんなお疲れ様! よし、植えるのはまた後でいいから食事にしようか。スライム君にも頼んでおいたんだ」
みんなも結構お腹が減っているのか、俺の言葉に反応するように誰かの腹の虫が自己主張する。それだけで返事はいらないだろう。
「ポッド、悪いんだけど植えるのはまた後にするよ。探索組にも休憩させてあげたいから飯食って少し後くらいでいいかな?」
「おう、こっちはいつでも構わんよ。水の魔石を置いといてくれ」
わかったと頷いて、ポッドの根の上に魔石を置いておく。そのまま移動し拠点に戻るとスープのいい匂いが食欲を刺激して、一気に空腹感を煽ってくる。
「ただいま二人とも。スライム君、例の物はどうだい?」
スライム君はポンポンと跳ね、順調なことをアピールしている。ありがとうと言い、彼を一撫でしておく。今日もいいプルみ。
「パメラ、帰ったよ。それはなんだい?」
「あなた、ペトラもお疲れ様。先程ホリ様と一緒に作った臼よ。あとはすり鉢とすりこぎね、ホリ様が使うみたいだけど……」
「お母さん、ただいま! お腹減ったよー! いい匂いだけどご飯なに!?」
あちらはあちらで話をしている。
スライム君の料理を並べるのを手伝い、そのまま食事を始める。森の様子を聞きながらそれぞれが報告をしてくれる。しばらく収穫はしないだろうけど、どれくらいの感覚で再度実がなるのかもしっかりと把握しておきたい。
食事も終わり、種蒔きを……。と思ったけど先にすり鉢で実を潰してみよう。みんなに食休みと休憩することを伝え、俺は水を火にかけ道具を持ってきた。
シーには悪いが、少し手伝ってもらおう。
ゴリゴリと音を出しながら、時々風魔法ですり鉢の中の潰したものを軽く吹きかけてもらう。魔法の有用性凄いな。何度か続けていると殻がなくなり、実の中身が出てきた。
やっぱりこれ蕎麦の実だ。
細かいところは違うかもしれないけど、よく使った蕎麦の実に特徴は似ている。気づけば、すり鉢を囲むように全員が見ている。気になるよねそりゃ……。
もう少しゴリゴリしてみたら、かなりいい感じだ。粉末状のすり鉢の中身を一度ふるいにかけて、皿の中に粉が溜まっていく。
先程火にかけた水が湧いているので、別の鍋に粉を入れお湯を注ぎながら強めに混ぜる。おぉ、少し纏まって更にいい感触だ。よくお世話になったなぁ……。
「スライム君、さっき頼んだスープ貰える?」
ポンと跳ねてこちらにスープを運んでくるスライム君。それどこから出して……、というのは野暮だ。魅惑のボディには神秘があるのだ。
「あと、味のある油ってあるかな? スプーン一杯分くらい貰えると嬉しいんだけど」
「ほ、ホリ様! 一体何をしているのか教えてください! その粉はなんですか? 小麦粉のようにも見えますが、あの実から出てきたものですよね!」
ポンポンと二つ跳ねスライム君がどこからか油を出してくれたので、それを使おうと他の物に目を移した時にペイトンが堪らず聞いてきた。
「うん、ちょっと待っててね。もう少しでできるから、そうしたらゆっくり説明するよ」
スライム君のお手製スープインそばがきと、そばがきを焼いたものが完成した。スプーンで少し掬い、そばがきを一口食べてみる。昨日獲れたシューツボアのスープは比較的あっさりしていて、蕎麦の香り豊かな風味が鼻を抜ける。味もまんまそばがき。
「やっぱりだ……」
「ホリ様! 食べて大丈夫なんですかそれ!」
ペトラが血相を変えて聞いてくる。彼等には未知の食材だから、焦るのも無理はないか。それにこれは似ているだけで俺が知っている蕎麦の実とも限らない。もしかしたら毒があるかもしれないから、こうして先に食べているのだし。
「うん、試しに食べてみたけど俺が知っている食材にとても近いものだよ。ポッドに聞いたら毒もないみたいだし。これ食料になるね」
ホレ。とペトラの目の前にスプーンで掬ったそばがきを出す。
彼女は恐る恐るという具合に、それを口にした。目を強く瞑りゆっくり、じっくりという具合に
彼女はゆっくりと目を見開き、感想を口にした。
「おいしいです……。独特の風味がありますが、ふわふわもちもちとした食感で何とも言い難いのですが、とてもおいしいです!」
「これ、ソバの実っていってね。俺の国でよく食べられてるものなんだけど、見た目の特徴がかなり似てたから試してみたくなったんだ。みんなもどうぞ、ただ食べた後になんか体調に違和感を感じたらすぐに吐き出してね」
みんなにスプーンを手渡し、器を差し出すと少しずつ口にソレを運んでいく。ほぼ同時にそれを口に入れて、数回確かめるように噛んだ後に飲み込んだ。
「ウマイ!」「オイシー!」
ゴブリン達がまず一番にそう声を出すと隣のペイトンも頷いている。どうやら気に入って貰えているようで、顔を顰めるような悪い印象を見せない。
「これは……独特ですが、おいしいですね。あの実がこのような変貌を遂げるとは」
「小麦とはまた違う感じですね。食感もいいですが、私はこの風味が好きです」
「シーとスライム君はどう?」
シーは親指を立て、スライム君はポンポンしてる。大丈夫そうだ。個々で感想を言ってくれるが、心配なのはアレルギーだ。アレルギーってすぐに出てきたっけ……? 今日明日はみんなの様子に気を配ろう。
「気に入ってくれたようでよかったよ。この焼いた方も……うん、いい感じだ。むしろこっちの方が好きな人多いかもしれないな」
こんがりと焼いてしまったが、却って風味が強く出ている感じがする。スライム君がくれた油のおかげだろうか、味にも特徴があり少しピリッとする。この少し感じる辛味がクセになりそう。
うまい。
どうやらこちらの方がうまいというのは俺だけではなく、同じ様な感想を抱いた人が他にもいるようで表情も明るい物になっている。
「こ、これは……、私はこちらの方が好きですね、とてもおいしいです! 酒が飲みたくなりますな!」
「ホント、先程の物より風味が強く出ていて、味もいいですね」
「私はさっきの方が好きかな! こっちも美味しいけど!」
「アリヤモサッキノ!」「僕ハコッチカナ……」
シーは普通のそばがき、スライム君は焼いた物がお好みのようだ。好みが別れるところなのだろう。ペイトンの言う通り、酒が欲しくなる一品だ。ゆくゆくはこれで一杯やりたい。
「この味自体は、スライム君が出してくれた油のおかげかもしれないね。でもこれでみんなが受け入れられるなら、これも食料になるな。一気に食料が潤うぞ!」
肉中心の生活に一筋の光明が差し込んできた。何より、狩猟によって左右されることが減るから食事担当している二人の負担が減るだろう。俺の声を聞いて少し色めき始めた一同。やっぱり食材が増えるのは嬉しい。
用意した料理は皆が摘まんで、あまり量も作ってなかった為すぐになくなってしまった。
「さて、みんな休めたかな? そろそろポッドのところに行こうか。あまり待たせすぎてもいけないしね」
やはりスライム君を除いて、全員でポッドの前にやってきた。
「ポッド、お待たせ。早速取り掛かろうと思うんだけど、そっちは大丈夫か?」
「おう、ワシは別にいつでも構わん。お前らが動いてその実を撒いてくれればそれでいいのでな」
種の撒き方は「ばらまいてしまっていいが、上にちゃんと土はかけろよ」と注意をされながら一通り完了した。流石に日も高い、汗が滲んでくる。
「よし、それじゃあ後はワシに任せろ。少し畑から離れてくれ」
むにゃむにゃと何か呟き、なんだ? ボケたのか? と首を傾げていたらいきなりポッドの目と口がカッと光を放ち始めた! あ、あれは……ハロウィンとかであるカボチャの照明に似てる!
「クワァーーー!」
爺の叫びと共に少し畑が揺れている、気がする。そしてその揺れと共に、実が撒かれた地面の中からポコポコと芽が顔を出している。おいおいジブ〇か。
出てきた芽は、撒いた場所にちゃんと根付いてるようで風が吹いても飛ばされることもなく静かに揺れている。
「すごいなポッド、こんなことできるなんて……見直したぞ」
「ふん、ワシの力なら朝飯前じゃわ。しかし喉が渇いた。水をくれ」
おう、と先程渡した魔石を使い水を出し木全体に満遍なくかけておいた。気持ちよさげな声を出しているポッドがどこか面白い。
「これで少しは成長するじゃろ。あとはこやつらが勝手に実や花から魔素分を循環させてくれる筈じゃ。実が食いたきゃそれからにするがええぞ、しばらくすればこの辺りの土はまた普通に実りを齎す物に返るじゃろう」
「悪いな、こっちも食料としてこれをアテにさせてもらう事になると思うし、かなり助かるよ」
小麦を主食にするのは既定路線だ。だが、芋と蕎麦の実さえあれば非常時にも少しは余裕ができるし、これからも食料自給は高めていって損はない。主食で他に代表的なのだと米だけど、米はなあ……、食べたいのはあるけどあれこそ水の問題で病気になったりと怖いのはあるんだよなあ。しかも割と重篤な奴だった筈だし、確か日本でも近年まで水関係で米は苦しめられてたから、どうなるか。
魔石の水なら細菌とかいなそうだし、なんとかなるか? まぁ米は色々とハードル高いな、
今は食料が一つ増えたことを喜ぼう。まずは今夜、蕎麦を茹でよう。久々に腕が鳴るな! たまには料理班を楽させたいし!
「ポッド、そういえばさっきこの草が草食の生き物の餌になったりするっていってたよな?」
「ん? おお、なるぞ。実はそこまで食われないが、花を食べている種族とかが居た筈じゃ。実が割と残るから、すぐ新しい子が生えてくるがの」
まぁ仮にモンスターに食い散らかされて全滅しても、まだ実はあるからなんとかなるかな? 大事を取って、常に森に群生している場所には最低限数を残すように徹底しないといけないか。
「ポッド、改めてありがとう。食料増えるのはありがたいし、まだ土が死んでなかったと思ったら少し気持ちが楽になったよ」
「フン、感謝の気持ちがあるのなら、水だけじゃなく薬草煎じた汁でも持ってこい。そっちの方がまだええわい」
薬草汁……? そういえばもう一個の水筒に……。腰にある入れ物を手に、蓋を開けて中を確認してみるとよくわからない匂いが鼻をついてきた。
「おぉあるぞ、ペトラ特製の健康飲料だ!」
「なんじゃ、あるのか? ならそれでいいぞ! さぁ頼む!」
「ほ、ホリ様それは……!?」
ペイトンは制止しようとこちらに手を伸ばしているが、ポッドの根に水筒の中身を全てかけてみた。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
ペトラの健康飲料すごい。こうかはばつぐんだ!
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