第153話 ケビンの書~奪還・10~

 誤解も何も……今の話から考えるにそうとしか考えられん。

 ナシャータは、こういう事に関してはわかっていないだろうからそう思うだろう。

 まぁこの件についてはのちにグレイと男二人で話すとして……。


『ナシャータがマリーちゃんになっていた経緯はわかった。だが、どうして今日はグレイの横にいたんだよ? 一つ星の野郎の臭いで逃げたはずだろ?』


 街から逃げそうな勢いだったのに。


「え~と……それは……じゃな。実を言うと、今日はあのまま遺跡へ帰ろうと思ったのじゃ」


 こいつ、本当に俺を放うって帰ろうとしていたのかよ!

 どれだけあいつの臭いを嫌っているんだこいつ。


「そうしたら、人間が集まっている場所でいい匂いがしてきたのじゃ」


 ……うん、これは恐らくバザーで出ていた食べ物の匂いだな。


「さすがにその場に降りるとまずいと思ったから、離れた場所に降りそこに向かおうとしたら……おの男と鉢合わせをしてしまったのじゃ」


 やはりか、大方そうじゃないかなとは思った。

 予想通り過ぎて逆に面白くないぞ。


『鉢合わせしても、そんなの逃げりゃいいだけじゃねぇか』


 あの時のナシャータはグレイと一緒にいる意味がないしな。


「あ~それは~そうなんじゃが~」


 ナシャータの目が泳いでいる。

 ああ、そうか……こんな事は聞く必要なんて全くなかったな。


『……食べ物に釣られたろ』


「ギクッ!」


『やっぱりな……』


 今までの流れでそうだと思った。


「あははは! いや~その時不覚にも腹が鳴ってしまったのじゃ。それで何かを食わせてやると言ったから……食べ物の誘惑には勝てんのじゃ!」


 一つ星の香水の臭いにも勝てないだろ。

 しかしグレイよ、簡単に食べ物で釣れるのはナシャータとポチ位だからな。

 普通に考えて、食べ物では簡単に……。


『……あれ? そういえばポチはどうした? 話に全く出て来ていないが……』


 あいつの事だから、食べ物の話が出れば一目散に顔を出すはず。

 なのに、何で大人しく路地裏にいたんだろう?


「ポチが出てきたら、わしの食べられる量がへっ――じゃなくて……そう! ポチが出てきたらあの場がややこしくなると思ったのじゃ! じゃからちょっと便所にいくと言って、ポチの元へ行ききつくきつ~~~く言い聞かせたわけじゃ!」


『……』


 こいつ、明らかにわしの食べられる量が減るからと言いかけたよな。

 たったそれだけの理由で路地裏とは……さすがに理不尽に思うぞ。

 まぁでも、その食い意地のおかげで変な騒動は避けられていたわけか……。


「で、あの男に調子を合わせながら、食べ物を色々と食べておったら……何やら騒ぎが起き、そこに連れていかれたらお前がいたわけじゃ――あ! そうじゃ! お前のせいであのうまそうな果物を食い損ねたのじゃぞ! どうしてくれるのじゃ!?」


 なっ!? 果物を食い損ねただと?

 こっちは大変な思いをしていたというのに、そんなしょうもない事を言い出すとは!


『そんな事知るか! 俺は色々と大変な目に合っていたんだぞ! それに騒ぎの話をするならば、余計に騒ぎが大きくなった原因はお前じゃないか!』


「はあ!? わしのせいじゃと!」


『そうだよ! 挑発に乗って正体を現したじゃないか! つか前から思っていたんだがその年寄りくさい口調はなんだ!? 普通にしゃべれんのか、お前は!?』


「馬鹿にするな! 意識をすれば普通にこの通りしゃべれるわ! だが、あの時は誤魔化そうと必死でつい普段通りの口調になってしまったんだ!』


 ……普通のしゃべりをするナシャータってなんか新鮮だ。

 しかし意識すればって、一体何があったんだ?


『じゃあ、何でそんな口調になったんだよ?』


「それはじゃな、昔あの人間に言われたのじゃ。この口調の方がわしに合っているから、絶対にそうするべきですなと……」


 昔の人間で「ですな」と言う事は、ジゴロ先祖だよな。

 え? 何で? ナシャータはモンスターだが見た目は少女だぞ?

 どうしてその口調が合っていると言うんだ?


「最初は拒否していたのじゃが……あまりにもしつこく言うものじゃから、仕方なしに使っていたらこっちが普段のしゃべりになってしまったわけじゃ」


『そ、そうか……』


 そこまでして?

 うーん、あの一族の考える事はわからん。


「ごしゅじんさま~、もどってくるのがおそいので、もううめちゃいましたよ?」


「おっと、すまんすまん。ご苦労なのじゃ」


 もう埋めた?

 何の話をしているんだろう。


『埋めたって、何をだ?』


「鎧の奴じゃ」


『あっ!』


 寄生の鎧の事をすっかり忘れてた!


「わしもあやつに振り回されるのはこりごりじゃ。しかし奴も生きておるから無駄に命を奪うのも忍びない、じゃから地中深くに埋めて眠らせる事にしたのじゃ」


 いや……それだと生き埋めになるから、それはそれで残酷な気もするんだが……まぁいいか、あいつには随分苦労させられたからな。

 それに地中深く埋めたのなら、もう安全だろう……タブン。


『鎧の件がもう済んだのなら、俺は俺の用事を済ませるとするかな』


「何をするのじゃ?」


『手紙を書くんだよ』


 コレットにと言いたいところだが、グレイにな……。



 さて、研究室に残っていた紙を使ってさっそく取り掛かるとするか。


『えーと……まずは何から書くべきか……やはり、俺からの事かな……』


 となると、遺跡の入り口に書いた様な内容にするか。


「エサがなにかをしだしましたね」


「手紙を書くんじゃと――しっかしケビン、お前の字は汚いのじゃ……薬草を採る時に解読するのが大変じゃったぞ」


 解読って……俺の字は暗号や古代文字じゃないんだぞ。


『別にいいじゃないか、読めたんだから』


「それはそうじゃが……あっ解読と言えば、うちの入り口に彫ってあるのわしの知らない文字じゃが、何と書いてあるのじゃ?」


『……は? 何言ってんだよ、そのまま読めばいいだけじゃないか』


「そのままって、もしかしてあれも今の文字じゃったのか!?」


『そうだ。確かにあの時は慣れない指で字を彫るって事が難しくて、普段よりも汚くはなったがな』


「そうじゃったのか……案外小娘もわしの様に読めず、遥か昔の文字じゃと思っていたりするかもしれんのじゃ」


 俺の字が古代文字レベルって事かよ。


『それはない、お前と一緒にするな。コレットはちゃんと俺の名前を言っていたじゃないか、読めていた証拠だ』


「う~ん……確かにそうなんじゃが、なんか引っかかるのじゃ……」


 どこも不自然な所はないだろう。


『気のせいだ。ほれ、集中出来んからお前たちはもう寝ろ』


「……わかったのじゃ。それじゃポチ、寝るとするのじゃ」


「は~い」


 まったく、人の字を何だと思っているんだ。

 まぁ字が汚いのは認めよう……だが、古代文字はない。


『……ない……よな……?』


 何だろう、そう言われると急に自分の字がそう見えて来た。

 ……念の為に奇麗な文字を意識して書こっと。

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