13章 二人の強奪と奪還

第135話 コレットの書~強奪・1~

《ボソボソ》


「……」


 痛い。


《ヒソヒソ》


「……」


 痛い……。


《ウッ!》


「……」


 すれ違う人たちの非常に視線が痛い!

 しかも私を見て何かボソボソ話しているし、思いっきりしかめっ面しているし、堂々と鼻を掴んでいるし!

 理由を考えるまでもない、間違いなくこの悪臭!

 これは非常にまずい……このままだと悪臭女として顔を憶えられたら、もう街の中を歩けないわ……うん、ここはもう全力疾走で宿に帰ろう!

 または全力で走る羽目になるなんて、今日は本当についてない!!



「ぜぇ~ぜぇ~……ついた……はあ……」


 何だか、スケルトンとジャイアントスネークに追われて走った時よりも疲れた気がする。

 嗅覚や精神的にダメージを負ったせいかしら?


「だとしたら、早く部屋に戻って元凶であるこの体を洗わないと……」


 とは言っても、洗って落ちるのかしら。

 消臭剤的な物を買うべきだったかな。


「――ちょっと待ったああああああああああ!」


「っ!? 女将さん!?」


 宿の中に入ろうとたら、庭にいた宿屋の女将さんがすごい剣幕で怒鳴って来た!

 何!? 私何かまずい事をしちゃった?


「いくらお客様とはいえ、そんな格好でうちの中に入られたら困ります!」


「……あ」


 思いっきりまずい事をしかけてた。

 ここは宿屋なんだから、この悪臭で中に入ったら宿屋に大迷惑をかける所だった。

 女将さんが止めてくれて良かったわ……あぶない、あぶない。


「それはすみませんでした!」


「いえいえ、わかって頂ければそれで良いです。で、そのお姿は一体どうしたんですか?」


「え~と、これは――」



「――という訳なんです」


「…………それは……災難でしたね……」


「……はい」


 とはいえ宿屋に入らないと部屋に行けないから体が洗えず臭いが取れない、でも臭いのせいで宿屋に入れない、入るためには体を洗って……ってあれ? これじゃ負の無限ループじゃない。


「あの……中に入れないとしたら、私はどうすればいいんでしょうか……?」


「え? え~と……街の外にある川か湖で洗う……と言っても、もうじき夜になりますからさすがに危険ですよね……。ん~……仕方ない、ちょっと待っていてくださいね。あなた~! あなた~!」

 

「?」


 女将さんが宿のご主人を呼びに行った。

 一体何をするんだろう?




 ◇◆アース歴200年 6月22日・夜◇◆


 ――ザバー


「うう……冷たい……」


 暖かい時期とはいえ井戸の水はまだまだ冷たいな……。


「はあ~……まさか、こんな所で体を洗う事になるとは……」


 その場所は宿屋の庭にある井戸のそば。

 そこに大きめのタライを置いて、周りをシーツで目隠ししての簡易な浴室。

 辺りも暗いとはいえ、これは恥ずかしすぎる。


「早く出たいけど、臭いが全然取れない気がして中々出られない……そのせいで石鹸を丸々1個を使いきった……泡の量もすごい事……」


 教会でこんな事をしたらシスターの雷が落ちてるところだわ。

 そういえば、昔ヘンリーがイタズラで洗濯用の洗剤を教会の中でぶちまけて辺り一面泡だらけになった事があったわね……あの時はシスターの怒鳴り声が村中に響いてたっけ。

 私も洗い流すの手伝う羽目になって大変だったな~。


 っと、思い出を振りかえるのは後回し。

 体中が真っ赤になるまでやった私の体の成果はどうかしら?


「――クンクン。ん~……」


 まだ匂うような……匂わないような……。

 どうしよう、石鹸をもう1個使うべきかな。


「コレットさん~鎧は持って行きましたけど、今日はもう遅いですから明日に手入れをする事になったので夕方くらいまでかかるそうです」


「あっ! わかりました、ありがとうございます!」


「後、着ていた服は洗濯しておいたのでここに干しときますね~」


「色々と本当にありがとうございます!」


 鎧の洗浄は素人がやるより鍛冶屋に持って行った方がいいと、女将さんのお兄さんが鍛冶屋をやっているから持って行ってくれたし、悪臭の服まで洗濯してくれるなんて……女将さんにお世話になりすぎてるからいつかお返しをしないといけないわね。

 あ、そういえば女将さんのお兄さんはどこでお店を出しているのかしら?


「あの、鎧は私が明日取りに行きますのでお兄さんのお名前とお店の場所と聞いてもいいですか?」


 さすがにそれくらいは自分でしないと罰が当たるわ。


「わかりました~。兄の名前はブライアン・ストーンです」


 ブライアン・ストーンさん?

 はて、どこかで聞いた事がある名前のような。


「お店の場所は地図を描いておきますので、後でお渡しますね」


「……あ、はい」


 鍛冶屋のブライアン・ストーン……ブライアン……。

 ……ああ!! 確か親父さんの名前って――。


「あの! その鍛冶屋さんって路地裏にあって、主人はごつい体格をして周りから親父さんって呼ばれている人ですか!?」


「はい、そうです」


 うわぁあああああああ! やっぱりいいいいいいいい!!

 よりもよって、あの状態を親父さんに見られるなんて!!

 やばい……明日は親父さんの雷が落ちるのが目に見えている……。


「それを知っているという事は、コレットさんは兄の店に行っているんですか?」


「はい…………」


 でも、明日は行きたくありません……。


「そうだったんですか! いや~リリクスには多くの鍛冶屋と宿があるのにすごい偶然ですね」


「ハハハ……ソウデスネ……」


 すごい偶然ではあるけど、今の状態では何とも言えない複雑な気分。

 まぁこうなってしまったんだから仕方ない、諦めて怒られに行こう……え~と、そうなると明日はほぼ1日鎧が使えないから遺跡に行くのは無理ね。


「……あ~あ、また1日空いちゃう羽目になるのか」


 となると明日の予定は、まずギルドに顔を出してグレイさんに事情を話す、その後に拾った皮の鎧をカルロスさんに鑑定してもらって、夕方に親父さんに怒られに行くと……。


「……親父さん、怒って鎧を返してくれなかったらどうしよう……」


 いや、さすがにそれは……ない……よね……?

 いざとなったら偶然の女将さんを利用しよう、そうしよう。

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