第92話 ケビンの書~秘薬・5~

 俺もナシャータも得する、ねぇ。

 一体何を思いついたんだろうか。


「何そんな心配そうな顔をしているのじゃ。安心するのじゃ」


 心配そうな顔って……この顔でよくわかったな。


『……で、その考えっていうのはなんだ?』


「それはじゃな、わしがその万能薬を小娘に届け行ってやるのじゃ!」


 ナシャータがこの万能薬をコレットに届けに行く……それはつまり――。


『――はあ!? それってナシャータが街に行くって事か!?』


「小娘にそれを届けに行くのじゃから当たり前じゃろ」


「え~! ごしゅじんさまずるい! ポチもいきたいです!」


『ポチは少し黙っていてくれ!』


 余計話がおかしくなる。


「む~! たべちゃうぞ、エサ!」


 無視だ無視!


『いやいや! さすがにドラゴニュートが街に現れるのはまず過ぎるだろ!』


 ナシャータは意味もなく人間を襲う事はないから、その辺りの心配はないんだが。

 問題なのは、ナシャータを見て街が大騒ぎになってしまうのが目に見えている事。

 何が良い考えが浮かんだのじゃ、だ。全然良くないじゃないか!


「大丈夫じゃ、その辺りの事もちゃ~んと考えてあるのじゃ」


 そう言って自分の頭に指を指しているが……俺の頭の中には【不安】の二文字しかない。

 ろくな考えじゃない気がするし、ナシャータが俺の為に動いてくれるのは嬉しいが、どうにかして行くのを止めた方がよさそうだ。


「ん? なんじゃその目は。あ、わしの考えに不安を感じておるのじゃな!?」


 だから何でわかるんだ、こいつ。


「わかったのじゃ! じゃったら今すぐそれを見せてやるのじゃ。わしに付いてくるのじゃ!」


 よほど頭に来たのか、飛ばずに徒歩で歩き出したよ。

 何処に行く気なんだ?



『おい、一体何を探しているんだ?』


 ナシャータが連れて来たのは遺跡前で開かれていたバザー跡地。

 ぐちゃぐちゃになった店で何かを探しているみたいだが。


「お前の不安は、わしじゃとバレる事じゃろ……じゃから……あった、これこれ」


 ナシャータが出してきたのは布?

 いや、フード付きのロングマントか。


『もしかして、それを羽織るのか?』


「そうじゃ――よっと、どうじゃ? こうすれば人間ぽいじゃろ」


 ナシャータがロングマントを羽織って、見せびらかす様にポーズを取っているが……。


「お~ごしゅじんさま、人みたいです!」


 何処がだよ!


『どうもこうも……尻尾は下から飛び出ているわ、羽のせいで肩から後ろが変に盛り上がっているわで、どっからどう見ても人間じゃねぇよ!』


 頭隠して尻尾と羽隠さずだ。

 やっぱりろくな考えじゃなかった。


「そうか? このくらいはバレないと思うのじゃが」


『ねぇよ……』


 むしろなぜそれでいけると思ったんだ、こいつは。

 それをするなら、ポチの方が人に見えるだろうな……ただポチが行けばもっと大惨事になりそうだが。


「? ポチのかおになにかついているのか?」


『いや別に』


「む~しょうがないのじゃ、あまり使いたくはなかったが……ふん!」


 え? ナシャータの尻尾と肩の出っ張り部分がドンドンと引っ込んでいく。


「ふぅ……これならどうじゃ?」


『嘘だろ、完全に羽と尻尾が無くなった……』


「お~ごしゅじんさますごい」


 さすがに尻尾と羽が無くなれば人にしか見えんな、見える鱗が気になるが。


「無くなってはおらんのじゃ、無理やり小さくしただけじゃ。じゃが、これを維持するのは結構大変なんじゃよな~」


 ドラゴニュートって色々出来てうらやましいな、俺なんて宝箱に入ったり細い隙間を移動したりしか出来んのに。


「でじゃ、わしが届けに行く条件として――」


 ハッ、それを忘れていた!

 ここまでするんだ、一体どんな条件を突き出してくるのか。


「――あの菓子を毎日作るのじゃ!」


 へ? あの菓子って【母】マザーで作った奴だよな。


『……えーと、それだけ?』


「うむ、そうじゃ。あ、朝昼晩の3回じゃぞ!?」


『……』


 条件が軽っ! というか行く気満々だったのは菓子が食いたかったからかよ! どんだけ食い意地の張った奴なんだ……。

 しかし、あの姿なら街に行っても問題はないだろうし、菓子なんていくらでも作れる……よし、決めた。


『……わかった、条件を飲もう』


「交渉成立じゃな」


 菓子でだけでめっちゃ笑顔。

 これを見ると本当に子供みたいだな。


『ただロングマントを羽織っただけじゃ鱗の部分が見えてしまう、その下にも何か着ろ。後、万能薬を入れる袋と、割れない様に保護もしたいから布を何枚か拾ってくれ』


「了解なのじゃ」


 にしても菓子だけでここまで動くなんて、それほどあの菓子はうまいのだろうか。

 もしかして、中毒になる様な変な物でも入ってしまったのだろうか?


『……うん、考えるのはよそう』


「何がじゃ? ほれ、袋はこれでいいか?」


『いや何でもない。ふむ、ショルダーバッグか』


 大きさも問題はないな。

 これの中に万能薬と回りを布で覆ってと。


『これなら大丈夫だろ。それじゃよろしく頼むぞ』


「わかったのじゃ。それじゃ行ってくるのじゃ~」


「ごしゅじんさま~いってらっしゃ~い!」


『しかし、本当に大丈夫かな……』


 子供に初めてのお使いをさせる親って、こんな気分なんだろうか。




 ◇◆アース歴200年 6月19日・夜◇◆


『遅い……一体ナシャータは何をしているんだ?』


 もう夜になってしまったぞ。

 まさか、ばれて退治された?

 いや、ナシャータがそう簡単にやられるわけがないか。


「――くんくん。このにおいは、ごしゅじんさまがもどってきた!」


 良かった、無事だったか。


「……ただいまなのじゃ」


「おかえりなさい~!」


『おい、遅かったじゃ……ってどうした?』


 何か疲れている感じだな。


「色々あって疲れたのじゃ……じゃから今日はもう寝かせてほしい……あ、薬は小娘に届いているはずじゃから安心するのじゃ……それじゃお休み……」


『えっ? ちょっ』


 ――ドサッ


「すぴ~……」


 倒れ込んで寝てしまった。


「ごしゅじんさま、どうしたんだろう?」


『さあ……?』


 わけがわからん。

 それに届いているはずって、どういう事なんだよ!?

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